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百ニャン一首 ―まこと継ぎし猫たち―  作者: くろのぼっち


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プロローグ:まことの継承

『百ニャン一首』のプロローグ。

忘れられた力が、遠い未来で再び歩みを始める――

その最初の一札です。

※この作品はフィクションであり、一部史実をもとに創作しています。


仁治二年 夏 京都・小倉山


夜風がゆるやかに梢を揺らし、葉擦れの音がわずかに響く。


遠くには山を渡る風の音がかすかに聞こえ、


それすらも時の流れに溶け込んでいた。


中腹にある山荘の奥深くに灯る、かすかな蝋燭の光。


それは、闇の中に浮かぶ唯一の燈だった。


虫の鳴き声も、すべてが息をひそめるような夜――


闇深き座敷にて、ひとり静かに佇む者がいる。


その者の名は、藤原定家。


後に“百人一首”の撰者として名を遺す、ひとりの歌人である。


しかしこの夜、彼は歌ではなく、何か大いなるものを記していた。


指先で握った筆がわずかに震え、墨の香が空気に滲む。


定家は、ひとつ息を吐くように呟いた。



「……この《まこと》が、幾世を経てなお……


魂の奥底に永く刻まれんことを」



目元には深い影。


けれど、その声音には揺るぎのない決意が宿っていた。


筆を置く定家の視線の先――そこに一匹の猫がいる。


白銀の毛並みに、うっすらと月光が差し、


その瞳は星のように淡く輝いていた。


その姿は、まるでこの世のものとは思えないほど静謐せいひつで、


神性さえ感じさせる佇まいだった。


定家の足元にはいくつもの札が散らばっており、


その一枚一枚に、名高き歌とともに《力》を封じる符が記されていた。


彼はそのひとつひとつを、撫でるように拾い上げ、白銀の猫に視線を向けた。


猫の瞳に、遠い未来の幻影が淡く映る。


暗い夜空の下、戦う者たち、


咆哮する悪鬼、崩れ落ちる荘――



定家はその光景に気づかぬまま、


札の片隅にひと筆、こう書き記した。



《百魂の楔、果てにつむぐ、故に此処にかんする》


「……これを、人には託せぬ……伝承を」



定家は痩せた腕を持ち上げ、


そっと猫に向かって手を差し伸べた。


指先から何かが放たれるように、空気が震え――


その瞬間、


墨の表面に淡い光が浮かび、そのひとすじの光が猫の額を射し示す。


それは灯火でも月明かりでもなく、見えざる《力》の証であった。


猫は瞬きもせず、ただその光を受け入れ、


その姿は、まるでそれが当然であるかのようだった。


どこからともなく風が吹き抜け、山の気配がざわりと鳴り、


葉擦れの音が一気に高まる。


舞い上がる落ち葉は渦を描き、座敷の周囲を巡るように、回り始める。


だが、猫は動かない――


ただ、じっと定家を見つめる。


その瞳には、まるで古の記憶が宿っているかのような、


深く澄んだ光が揺れていた。


静寂の中、白銀の猫はゆっくりと歩み出す。


一歩、また一歩とまるで行く先を知っているかのように、


山荘の縁を渡り、夜の帳へと消えていく。


定家は、それを見送りながら、


最後の力を振り絞るように、声を漏らした。



「……時が来れば、おまえたちは目覚める。


――が狩られ、――が枯渇するそのとき……


――を知る者だけが、再びそれを呼び覚ます……」



彼の言葉は、もう誰に向けたものでもなかった。


ただ、歴史の深奥に、種を埋める者の祈りとして、


夜の空へと解き放たれた。



《ことのね、ただ顕わしにあらず。そは、常しえに継ぎしことわりなり》



託された想いは、やがてそれぞれの猫の身に宿り、


そして未来へ――《まこと》を継ぐ者たちへと受け渡されていく。


時代を超え、それは静かに再び目覚める。


そのときが来るまで、


この伝承は決して明かされることはない――

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

このプロローグは、物語全体の“始まりの札”となるお話です。


本日、序章第三話まで投稿しています。

少しずつ、“彼女たち”と“猫”たちが姿を現していきますので、

気になる方は、続きもぜひ読んでもらえたら嬉しいです。

感想やブクマも、大いに励みになります!

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