09
「黒さんは一緒にいてくれましたけどやっぱり岸原先輩のことが大好きだとわかったのでやめたんです」
「そうだったのか」
「はい。だけどこれは私に振り向かせられるだけの力がなかっただけなので岸原先輩のせいにしているわけじゃありませんからね?」
「おう、疑っていないぞ」
この件はこれで終わりか。
時間を無駄にしないために云々と考えた自分だが、いや、後からならなんとでも言えるか。
「それでですね、岸原先輩は昇先輩と黒さん、どっちがいいんですか?」
「え、あー」
最近の俺は似たようなことを聞かれてばかりだ。
どっちがいいと言われてもどっちもいいとしか答えられない……のは駄目なんだろうか?
露骨になってきたらこっちと出さなければいけないよな。
「そうですよね、まだ教えてもらえるような仲じゃないですよね」
「い、いや、どっちもいいから変わっていないだけだ」
「そうですか、確かにすぐには出せないですよね」
「ああ」
とりあえず今日のところはどうにもならないから切り替えるしかない。
授業中なんかは横を向かないと昇が見えないようになっているのがいまはよかったかもしれない。
熱烈な視線を向けていたら誰かに見られて昇に迷惑がかかるかもしれないからな、仮にやるとしても裏でやればいいんだ。
「お弁当、食べませんか? 今日は食欲がないんです」
「それでも食べなきゃな、午後が辛くなるぞ」
「お願いします」
「それならまあ……食べさせてもらうよ」
振ったように見えて振られた感じなんだろうか。
なにがダメージを与えるかわからないから糸瀬作らしい弁当を食べている間にごちゃごちゃも消えた。
自分のためではなくても誰かが作った物は本当に美味しく感じる、新鮮さもいい。
「上手だな、見習わないといけないな」
「やっぱりなにか貰ってもいいですか?」
「おう、俺は全部貰ったから全部自由に食べていいぞ」
「流石にそこまでは、それじゃあ卵焼きを貰いますね」
そうだよな、だって他のは冷凍食品を温めただけだから味を確かめるならそれぐらいしかない。
「美味しいですね」
「卵料理だけは得意なんだ、面倒くさいときは目玉焼きばかりに頼る」
スクランブルエッグか目玉焼きかという感じだからそこまで卵焼きは作らない。
少し面倒くさいだけで一番好きなのは卵焼きだから作るときは他の料理のときよりも真剣だ。
だが、どうしても一個では不安定になってしまうから二個は使ってしまうところがマイナス要素かもしれない、上手くなれよという話だがな。
「ふふ、それでは駄目ですよ」
「それが本当にやる気が出ないときがあってさ、だけど食べないわけにもいかないだろ? だから簡単にできて美味しいそれに頼るしかないんだ」
「昇先輩にいてもらえばいいと思います」
「そりゃ客が来てるときは作らないわけにはいかないな」
だからって毎日来てもらうのは現実的ではない。
高頻度ではないからこそ万智さんだって怒らずにいてくれているだけだろう。
「あ、でも、昇先輩だと岸原先輩に甘くて二人してダラダラしてしまう可能性がありますね。となると、私がいくのが一番いいのかもしれません」
「え、厳しそうだからいいわ、一人で頑張るよ」
「は? 何故ですか?」
「そ、そういうところだぞ」
自覚なしなのが一番やべーって。
それとなく指摘をしても気づいてくれないんじゃ大変すぎる、その都度クロや昇を頼ることもできないんだから大人しくしていてほしい。
「来てほしいと言うまでいき続けますからね」
「ま、まあ、クロも話し相手ができるならいいか」
これからはさっさとご飯を作ってさっさと家に帰そうってどうせ嘘だよなこれ、頑張れよと言ってくれているだけだ。
「というかその黒さんはどこにいるんですか?」
「今日もお散歩タイムだな、最初は昇に絡んでいたんだけど相手をしてくれなくて拗ねたみたいでそこから見ていないんだ」
「自由ですね、私の家でも――ひゃ!?」
急に変な声を出したからぎょっとしたら「俺はただ邦恵の部屋でゆっくりしていただけだけどなにを言うつもりだったの?」と原因を作ってくれたクロが現れた。
見えないようにできるからってやりすぎだ、あとそれはただのセクハラではないだろうか。
でも、それを指摘しようとすると猫になった際に頭を撫でたりしている俺にも刺さるかもしれないから黙っていることにした。
「へ、部屋はよくてもベッドで寝ていたじゃないですか!」
「うわあ」
「ちょ、起こすためにちょっと乗っただけだからねっ? 初も流されないでよ」
「違います、この人は私の上に跨って見下ろしてきたんですよ!」
「ち、違うから違うからっ」
あ、うん、まあどっちでもいいや、してこないだろうが俺を同じような状態にさせなければそれでな。
それにクロによっていまの話もなしになりそうだったから安心している自分がいた。
「ぐす……初も邦恵も酷いよ、俺をすぐに悪者にするんだから」
「なんで横に寝転んでいるんだよ……」
「ご主人様なんだから慰めてよ」
「だったら猫になったらどうだ? いまの状態じゃ頭を撫でることもやりづらいだろ」
ここで素直に聞くならこうなってはいないということででもでもだってを繰り返した。
流石にあれだから諦めてもらうために頭を撫でたら猫に変わってしまって困った。
すぐに戻ってくれたのはよかったが、
「初の手はやばいよ、勝手に変わってしまったからね」
と、変なことを言われて更に困ってしまったという……。
「昇にするときも気を付けないと不味いかもね」
「外で撫でることはないぞ」
「これからはわからないでしょ? 我慢できなくなった昇が他に誰もいない教室でがばっと抱きしめてしまったりとか普通にあり得るよね」
流石にないと思うけどなあ、とまで考えて学校で猫になろうとするところを思い出して微妙な気持ちになった。
いやでもあれは家だからこそかもしれないからないと信じておこう。
「俺があげるように言ったせいだけどホワイトデー辺りで仕掛けてきそうだよね」
「どうだろうな」
そんな起きなさそうなことを気にするよりももう三年生になるということを気にした方がいい。
大学を志望しなければ七月ぐらいから動き出さなければならないんだからな。
「それより落ち着いたか?」
「全く落ち着けていないよ」
「なら散歩でもするか、早く起きたから余裕があるからな」
嫌なことを翌日まで引きずってしまったときはいつもこの方法でなんとかしてきた。
彼にとっても効果があるのかはわからないがじっとしているよりはマシだと思いたい。
もうすぐ三月になるところまで来ていてもまだまだ寒かった。
猫のときに温かいのかどうかはわからないがこういうときにもふもふであることは羨ましく感じる。
「で、今更だけどクロは俺のなにを気に入ったんだ?」
「本当に今更だね」
「だって危ないところを助けた命の恩人とかじゃないからな、出会ったときなんて昇がいてくれなければただのぼっちでしかなかったんだからさ」
本人に聞いていなかったなんてアホみたいだ。
でも、こういう機会がきたのなら丁度いい、いまならいいところで誰かが来て中途半端に答えを知ることにはならない。
「あそこで一人で過ごしていたから支えてあげたいと思ったんだよ」
「はは、猫に心配されるなんて俺もアレだな」
「猫のようで猫ではないからね。あとね、試してみたいことがあるんだ」
「ん?」
は? 頭の上に手を置かれたと思ったら何故か下から彼を見つめる羽目になった。
いやまあ身長差的にそれは元からだとしてもここまで極端ではなかった、明らかにおかしい。
「やっぱりできた、初だって猫に――犬? 狼? になってしまったよ」
「戻してくれよ、あ、喋れた」
「はは、すごいね初は。よし、このまま昇のところにいこう」
まずは万智さんが出るだろうがこの前連れていったときにクロに対してきゃーきゃー盛り上がっていたから大丈夫か。
とりあえずいまどういう姿でいるのかを見たいな。
化け物みたいになっていなければいい、犬とか狼なら格好いいだけだよな……?
「おはようございます」
「おはようクロ君、って、初君も動物になっちゃったの?」
「はい、万智さんにはなにに見えますか?」
「ワンちゃん……かな? ちょっと抱いてみてもいい?」
うわ、動物のときのことも覚えているって最悪かもしれない。
つか恥ずかしすぎるだろこれ、万智さんもなんでこんなに優しい顔をしているんだ。
「あの」
「わっ、はは、初君だね」
「恥ずかしいのでここらへんで……いいですか?」
「駄目ー昇が起きてくるまでは続ける――あちゃあ、なんで今日に限って早いのか」
悪魔か、そして今日は昇が天使のように見えた。
「お母さんその子は?」
「初君だよ」
「嘘っ? 貸して!」
痛い痛い、なんでこんなに乱暴なのか。
しかもいちいち二階に戻る意味は? 暴れたりしないというのに。
「なんで教えてくれなかったの?」
「これ、クロの力なんだよ」
「あ、じゃあ本当に犬……になったわけじゃないんだ?」
「ああ、鏡あるか?」
「うん、はい」
なんだこれ、いやマジで犬とも言えないだろこの化け物。
可愛くもないし格好よくもない、これに自由に変身できる身ではなくてよかった。
「お、っと、戻ったな」
「初はそのままがいいよ」
「だな。一階に戻るか、昇は朝ご飯を食べないとな」
「うん、の前にいい?」
こちらが答える前に抱き着いてきた昇、なんのために聞いてきたのかがわからない。
「毎回俺がいいって答える前にやるよな、それってずるくないか?」
「だ、だって待っていたら断られそうだから」
「なら聞かない方がいいな」
「え、断る前提なの……」
「まあ、そのときの気分次第だな」
まあいいか、一階にいこう――ではなく帰らないとな。
挨拶をして別れて家へ戻った際に「万智さんっていいよね」と言われて頷きかけてやめた。
「友達の母親を狙うとかやめておけよ?」
「人としていいだけだよ、急にそんなことを言ってくる人の方が怪しく見えるね」
「うるさい」
「あら、怖いから猫になっておこう」
最初からそれでいい。
また頭に触られて無駄に変身することになっても嫌だから大人しくしていてほしかった。




