08
「あの」
「おう」
昇やクロと楽しそうにしていたのに何故こんな不安そうな顔になっているのか。
俺がしつこく絡んだとかではないから自分のせいなんてことはないが気になる。
「あの……」
「ちゃんと聞くぞ」
「黒さんが欲しいです」
が、ここまでは望んでいなかったんだよなあ。
え、なに急に、仮にそのままだとしてもクロ本人に言うべきだと思うが?
「あ、変身したらイケメンさんだったからじゃなくて猫さんだからですよ?」
「細かいことはいい、その話をクロにしたのか?」
「いえ、そもそも黒さんが納得してくれてもご主人様の岸原先輩が許可をしてくれなければ意味がない話ですからね」
「クロを呼ぶか」
「はい」
最近は見えないのをいいことに色々なところを歩いているらしいからすぐに現れるかどうかは彼女次第だ。
で、今回は一時間後の休み時間に戻ってきた形になる。
「なんでそんなに汚れているんだ?」
「はは、小さくなれるのを利用して隙間ばかりを狙っていたらこんなことになってね」
「ま、まあいいや。それより糸瀬がクロに頼みたいことがあるんだってよ」
ここから先は見ているだけでいい。
「頼みたいこと? また猫になってほしいとか?」
「黒さんが欲しいです」
「え、求愛?」
「似たようなものですね」
表情一つ変えずに言ってのけやがった、一人で勝手にやられそうになる俺達とは違う。
「初的にはどう?」
「クロ次第だ」
あれだけ譲ろうとしておきながらこの大事なところで止めるわけがない。
「ん-それなら一週間ぐらいお試しで邦恵のところにいてみようかな、それでもいいなら俺は構わないよ」
「はい、お願いします」
なんか面白いことになった。
だから共有するために友達と話していた昇のところにいくとこの前の糸瀬のときみたいに中断してくれた。
「え、やっぱり女の子はイケメンの方がいいのか……」
「え、なにもないんだよな?」
なんらかの感情があるとしたらクロを渡してしまった手前、応援することができなくなる。
そういうのもあって誰か好きな人間がいるとしても他の異性であってほしかった。
「そうだけどやっぱりか……って残念な気持ちにならない?」
「ならないな、その方が自然だろ」
結局大事なのは中身だからそこでも残念な気持ちになることはない。
寧ろ内が残念でもないのに全く興味を持たれないイケメンを目撃したら気になって仕方がなくなるから現れてほしくないな。
「ま、いいや、初には僕がいればいいんだからね、僕らにとっては少し前までの状態に戻っただけなんだからさ」
「そうだな」
「お、いま認めたね?」
「ああ」
ただこの前みたいなことがまた起きる可能性はあるから常にそのつもりでいなければ危険だ。
糸瀬だって動いたしクロもそれを受け入れた時点で確定していることなんてなにもない。
「早く春にならないかなあ、そうすれば一年になるから楽しみだよ」
「俺は桜が見たい、歩いて見にいこう」
「それなら初にお弁当を作ってもらいたいな、食べながら見られたら最高じゃない?」
「はは、花より団子だな」
俺としてはそういうときこそ店の美味しい物に頼るべきだと思う。
でも、それでもって求めてくるなら作るくらいなら別にいい。
いつもと違って恥ずかしさが勝ちそうだから距離を作って食べてくれるならだが。
「でも、その前に一年記念日のお祝いをしないと」
「はは、カップルかよ」
「友達でもそういうのは大事だよ」
まあ、そこは好きにしてくれればいい。
その記念日とやらにはどっちかの家で集まってなにか作って食べるぐらいでいいだろうな。
外で食べる場合と違って全く恥ずかしくはない、というかもう何回もしているのに恥ずかしがっていたらアホで疲れるだけだ。
「おわーねむたーい」
「はぁ、学校なんだから気を付けろよ」
「な~」
ん-……やっぱりクロと違って撫でづらいな。
だから基本的には抱いているか足の上で自由にさせておくぐらいだ。
勢いに任せてわしゃわしゃ撫でてもやべー奴になるだけでしかない。
「はは、困っていたね、そこが可愛いんだよ」
「猫として求めているって言っていたし糸瀬にあげようかな」
少女漫画の主人公の近くには可愛い系や格好いい系が集まってみんなが主人公のことを求めるから悪くはないだろう。
それに前々から一緒にいて格好いい系よりも主人公のことを知っているのがキャラ的にも強いと思う。
「僕は僕のだからあげられませーん」
こういうふざけるところもいいはずなんだ。
なので次の休み時間にでも届けてこようと決めた。
一層のこと俺が頭を撫でたら強制的に猫に変えられてしまうとかそんな能力があればよかったのにな。
「ほい、岸原ペットショップからお届けだ」
「なんで変身しているんです?」
「なんでも聞くかわりにやってもらった。糸瀬は猫を求めているんだろ? だからやるよ」
「それなら貰います」
おお、最近はすんとなって冷たくなることはなくなったな。
それどころか自分の欲求に正直になったように思う。
理解できている昇が暴れたりすることもなかったから安心して離れられた。
「ただいま」
「あれ、まだ一週間経過していないぞ?」
「邦恵がもういいって」
ということは昇の方がよかったということか。
まあでも仕方がないよな、好みとかの前に一緒にいて安心できるかどうかは大事だ。
「振られた俺は初に慰めてもらうんだ、どーん」
「ちょ、重いぞ……」
「それは俺の方が大きいから当たり前だよね」
「ふ、振られたからって俺に八つ当たりはやめてくれ」
「八つ当たりではないよ、初に甘えているだけさ」
決めつけみたいになってしまうがそれにしては傷ついていなさそうに見えるのは勘違いなのか?
とりあえず好きな牛乳を温めて渡しておく、別に機嫌をよくしてもらいたくてしているわけではないから引っかかる必要はない。
「クロとシロならどっちが好き?」
「どっちも好きだな、黒色も白色もこっちに来てからは野生では全く見られていないからなあ」
野生の猫がいないならいない方がいいから悪いことではないとはわかっている。
だが、俺みたいに人間と積極的に上手くやれない存在にとってはそういうパワーが必要なんだ、触れなくたって見られるだけで違うもんだ。
「初」
「え、おい? 男相手にする顔じゃ――なんかカリカリ音がしないか?」
「あれだよ」
「昇か、なんで変身しているんだ……」
少なくとも自ら猫になれる存在は変な奴ばかりのようだ。
扉を開けるとそのままとことこと中に入ってきた。
またなにか拗ねているのかクロに攻撃を仕掛けている昇がいる。
「痛いって」
「ふん、初相手に欲情しているクロが悪いんだよ、本当にそのままだと黒だよね」
「欲情ってご主人様に甘えていただけだけど」
「振られたからって甘えるところがずるいんだよ」
甘えてくれてもいいが大きさを考えてくれると助かる。
「あ、ちなみに昇も振られたんだ」
「そうなのか?」
「うん、なんかやっぱり違うんだって」
その気で動いてみたら想像とは違ったなんてことは普通にあるからなにもおかしくはない。
他者の時間を使ってしまっていたからこそちゃんと言って終わらせたというところか。
俺は遠回りな言い方をして伝わらずにそのまま続けてしまいそうだから糸瀬はすごいと思う。
「真っすぐに求めていたのに結局それで面白いよね」
「僕としては誰かを一瞬でも求めるようになって嬉しいけどね」
「うわ」
「なにその顔、僕は邦恵ちゃんが自信を持てていなかったときから一緒にいるんだから当たり前でしょ」
「だってさらっと知っていた自慢をしてきたからさ」
「自慢なんかしていないよ」
今日はひたすら真面目モードでトーンもマジだった。
だから流石にクロもそれ以上はやめて猫に戻って俺の足の上で休み始めた。
昇は床に座って窓の方に顔を向けている。
「初、今日はもう帰るね」
「おう、気を付けろよ」
「うん。クロもじゃあね」
「にゃ~」
まあ、不仲になってしまったわけではないから心配もいらないか。
俺もいつまでもだらだらとしていないでご飯でも作って食べることにした。
今日は味噌汁とキャベツと白米だけ、腹が膨らめばそれでいい。
「ごちそうさま」
「初、なんとなくだけどいまから昇のところにいった方がいい気がする」
「なんでだ? って、今度はそんな大真面目な顔か」
すぐに終わりになってもそのままコンビニにでもいってなにか買って帰ってくればいいか。
「うん、勘だけどいってきた方がいいよ」
「わかった、じゃあ風呂に入ってからいってくるわ」
「先の方いい」
「そうか、ならいまからいってくるよ」
門前払いをくらうと悪いことをしたわけでもないのに恥ずかしくなるからいくことを連絡してから家をあとにした。
悪かったのは離れていなくて見られる前に着いてしまったことだ。
「アホだろ俺……」
でも、人の家の前でじっと待っていても怪しいからインターホンを鳴らすと「あ、初君」と今日も万智さんが出てくれた。
なにか言う前に上がらせてくれて「昇は二階にいるからね」と言ってくれたため二階へ、上がったすぐのところにあるからノックをして少し待っていると「お母さん……?」と中から声が聞こえてきて俺だと返した。
「初? 初から来てくれるなんて珍しいね」
「クロにいった方がいいって言われてな」
「ああ……やっぱりバレていたか」
やっぱり糸瀬に対するなんらかの感情があったんだろうかと考えているときに「また駄目になりそうだったんだよね、だけどクロに助けられちゃった」と。
「邦恵ちゃんの対応を見て怖くなっちゃったんだよ、初から同じようにいらない子扱いされたらどうしようって」
「糸瀬もいらない子扱いはしていないだろ、それに俺だってするつもりはないぞ」
「本当に……?」
「ああ、だって俺だぞ?」
糸瀬といられているのだって彼のおかげだしクロだってただ不思議なだけだしで不安になるのがよくわからない。
俺に昇と同じぐらい友達がいたとかなら――いや、それでも俺が俺のままならわからないな。
「……またこういうことになったときに安心できるようななにかが欲しい」
「またそうなったときにこうしていくんじゃ駄目なのか?」
「駄目だよ」
「でも、なにも思い浮かばな――最近は甘えん坊だな」
思いきり力を込めてきていて本来なら痛いはずなのにそれよりも必死なそれに意識がいく。
猫のときよりも抵抗できないときに自由にしている感はないから頭を撫でてみた。
「はーい、お母さんも来ちゃった」
「え!?」
うわっ、耳がやばいなこれ!
くらっとするほどではないが耳元で大声を出されたら困る。
そもそも万智さんが来たぐらいでなんだと言うのか、キスをしていたときに入ってこられたとかでもないんだから気にしすぎだろう。
「はははっ、すっごい大きい声だね」
「ちょ、ちょっといまは……」
「慌てすぎじゃない? 初君もそう思うよね?」
「そうですね、ただ昇にも甘えたいときがあるってだけですからね」
「だよねー」
それでも息子のために出ていく、こともせずに躊躇なく中に入ってベッドに座った万智さん。
昇はゆっくりと抱きしめるのをやめて「なんでここにいるの?」とまあ普通の質問をぶつける。
「クロちゃんは付いてこなくなっちゃったんだね」
「はい、どこにでも付いてきてしまうと流石に困るので昇に言ってもらったんです」
もういまは普通に言葉を交わせてしまうからあれだが。
「嘘だって言われちゃうかもしれないけど実はクロも人になれるんだよ?」
「へえ、見てみたいな、いまからって無理かな?」
「いえ、それなら連れてきますよ」
「やったっ、流石初君!」
やっぱり気に入られたいように見えてしまうだろうか? だが、簡単にできてしまうことだから無理なことでもなければこんな風にやるよなみんな。
「なんかさ、お母さんって凄く初に興味を持っているよね、怪しいよね」
「そうかな? あ、まあ、遺伝だよね」
「は、はあっ? な、なにを言っているの!」
親と好みが似ているのも血が繋がっているんならなにもおかしくはない。
あと興味を持っているかどうかの話なんだから俺にバレたって恥ずかしいことではないだろう。
慌ててしまった方が怪しく見えてくる、いちいち首を突っ込みたい人間ならツッコミを入れられていてもおかしくはなかった。
「見てこれ、本当に余裕がない子だよねえ」
「はは、それじゃあいってきます」
とにかくクロを回収してこよう。
あ、そういえばなんでも一つ言うことを聞くというあれをいつ持ち掛けてくるのかが唐突に気になり始めた。
他の誰かがいる状態では無理だろうから明日の学校のときにでも話してみようと決めて家に向かって歩き始めた。




