06
「あ゛ぁ゛……二十三時まで起きられていたのにそこから寝落ちしちゃうとは……」
「もう二時だな」
早寝早起きタイプだったのが今回は裏目に出た形となる。
寝ていたら絶対に起こしてねと頼まれていたのに頼まれた俺が寝てしまったら意味がない。
「初の馬鹿っ」
「まあまあ、今年もよろしくな」
「……よろしく」
人間体になれるようになってからはとことこ付いてくることもなくなった。
いまは真夜中にわざわざ外に出たがっていた糸瀬のところにいっている、まあ高身長だから効果的だと思う。
そのまま二人きりで存分に仲を深めてくれればいい。
「こうなったらお年玉を貰って豪遊でもしないとやっていられないよ」
「計画的にな、大体は金がなくなったところで欲しい物が出てくるから」
「初にも付き合ってもらうからね、いつものように見ているだけとか許さないから」
「あいよ、それなら初日からおでんでも食べるかな」
鍋、焼肉、おでん、と一年に一回は最低でも食べたい料理は多い。
去年は何度も誘惑されながらも食べないまま終わってしまったから終わってしまう前に食べておこうという作戦だ。
いやほら彼もこう言っていることからそもそも金を使うことは避けられないからなと自分に甘くしていく。
「もうこの状態なら起きていても眠たくなるだけし寝るだけなんだけど……眠気がどこかにいっちゃったよ」
「ここになにか楽しめる物はないからな、俺らもやっぱり出るか?」
「でも、絶対に寒いよね?」
「だろうな」
太陽が出ている時間に歩いたって寒いのだから真夜中にそうしたらどうなるのかなんてわかりきっていることだ。
だからいまはとにかく寝るしかなかった、実際に俺は寝られた。
中途半端な時間に起きたせいで十時まで寝てしまうというアホなやらかしをしてしまったものの少なくともあのまま起きていたままよりはスッキリできている……はずだ。
「おはよう初、邦恵を連れてきたよ」
「おう、お疲れさん」
昨日の汁が余っているからそこに餅でも突っ込んで食べるか、もう昼も兼ねているようなものでも軽くでいい。
それでもしゃもしゃ食べていたんだが連れてきたと言う割には静かすぎて気になった。
クロはソファに足を組んで座っているだけ、ここにいるはずの昇もいない。
「昇が戻ってきたら万智さんに挨拶しにいくか」
「そうだね、これからもお世話になるだろうからね」
「で、その昇は?」
「実はいまトイレで大格闘中なんだ」
あるある、たまに俺も強烈なやつに襲われる。
そのままの流れで糸瀬のことを教えてくれると思ったがそんなこともなかったから洗い物を始めようとしたら台所に糸瀬が倒れていた。
「大丈夫か?」
「うぅ……あれ、ここはどこですか……?」
「冗談はよしてくれ」
「いえ、実はずっと黒さんのせいで寝られていなくてですね……」
なにをしたんだクロの奴。
「や、やめておいた方がいいですよっ、にこにこ笑みを浮かべて恐ろしいことをしてくる存在なんです!」
「と言っているけど」
「ただ昇の真似をしてみただけだよ」
「あ、可愛いって言葉を重ねたんだな」
「うん、効果があったのかはわからないけど少なくとも冷たい顔だったのは最初だけだったよ」
え、あ、そういう、つまりチャラい奴なのか。
これまではただただ可愛い奴にしか見えていなかったがまさかこうなるとは。
でも、俺は知らないまま押し付けていたようなものだから彼が悪いわけでもないか。
「あぁ……新年早々最悪だよもう……」
「お疲れさん」
「ありがとう……」
悪いわけではないが俺よりももっと相応しいご主人様が二人もいる、となればこのまま俺が預かっておくのは違うよな。
「ところで昇か糸瀬、クロを貰う気はないか?」
「黒さんが家にいることを考えるだけでどうにかなりそうです、私は無理です」
「ただの黒猫だったらちゃんとお世話をしていたところだけどチャラ男だからねえ」
「そうか」
俺としてもこれが当たり前になって当たり前のように喋りかけてくることを考えるとひえとなる。
いまはまだいいが猫相手にコンプレックスを爆発させる自分を直視することになりそうなのが一番嫌なんだ。
「初……? 君はなんで最初からそんなに誰かに僕を渡したくなるんだい?」
「相応しいご主人様が他にいるからだ」
「はぁ……他の人がいいなら最初からその人に近づいているよ」
「初ってたまに自分のことを下げるときがあるんだよね」
「私も昔はよく自分を下げていたので理解はできますけどね」
譲るという話から自分を下げているという話になってしまった。
三人はわからないだろうが俺は自分を守るために譲ろうかと言っているだけなのでまあクソみたいなもんだ。
だから下げているのではなく自分のせいで下がっているだけでしかない。
「この姿だから気になるんだよね? だったらずっとあの姿でいれば初も不安にならずに済むよね」
「いや、変身したいならすればいいんだ、そこは誰にも制限されるようなことじゃないだろ」
「初は難しいね」
そう、難しい。
みんなが納得できるような案というのが出てくることはなかった。
「やっぱり岸原先輩といられているときが一番落ち着きます」
そりゃそうだ、なんたってなんにも影響力がない人間だからな。
高身長でもイケメンでも爽やかでもない、ただただ女子と似たような身長の男でしかない。
なんなら俺より低い女子でも俺より格好よく生きている人間は多いだろう。
駄目だな、身長に関してはやはり駄目だ。
「実際、クロといられているときだっていい意味で慌てるだけだろ?」
「でも、可愛いって何度も言われても言葉の価値が下がってしまうと言いますか……気に入られたいからしているわけではないでしょうがいい加減にしか見えないじゃないですか」
「実際に可愛いなら何回も言うと思うけど」
「そうですかね」
相手がドストライクな存在だったらなにかがなくたって出てしまうときはあるだろう。
一緒にいるかどうかは好きにしてくれればいいが少しでもいい感情があるのなら素直になった方がいい。
「それに黒さんは岸原先輩のことが大好きですからね」
「好きかどうかもわからないし死にそうになっていたところを助けた命の恩人とかでもないのにな」
「別にみんななにか大きなことがあったから気に入るわけじゃないですよね? だったら一目惚れなんて言葉は出てきていないはずです」
ベンチに座っていたときにたまたま現れただけ、自身に触れることができたから認められているわけではないだろうしよくわからない。
猫を見るなり乱暴を働くような人間はほとんどいないだろうから俺が他の誰よりも優しかったとかでもない。
「はは、仕返しか?」
「ふふ、そうです」
「糸瀬は手強いな」
「そうでもないですよ」
いや、手強いよ。
でも、一緒にいたくないと思ったこともない。
「私は岸原先輩みたいになりたいです」
「俺みたいに? はは、それなら身長は同じぐらいだからもう叶っているな」
気になっていることで冗談みたいに言えるようになったのなら成長できたと言えるのではないだろうか。
そう考えるとやっぱり一人でいるのは駄目だ、そして関わってくれている彼女達には感謝しかない。
「なにか食べるか、奢ってやるよ」
「それなら肉まんが食べたいです」
「任せろ」
全ての味を好んで食べられるだけに無駄に時間を消費してしまったがなんとか選んで買ってきた。
糸瀬にも渡してから自分の分にかぶりつく、当たり前のように美味しい。
「あれじゃ黒さんが可哀想ですからもうあんなことは言わないでくださいね」
「おう、約束だ」
「破ったらどうします?」
「そのときは糸瀬にクロを預けるよ」
「もう……守る気がないじゃないですか」
自分よりも大きい人間が何度も怖い顔をするようになったら終わるからもうやらないさ。
「っと、ここまでですね、送ってくれてありがとうございました」
「おう、また学校でな」
今回もまだまだ早い時間だったから寄り道をしていくことにした。
こっちに引っ越してきてすぐに歩いていて発見したお気に入りの場所がある。
「あ、そういえばこのお気に入りの場所でも猫とゆっくりしたことがあったな」
あのときのは茶トラ猫だったからそれがクロだったとかもないよなあ。
野生にいる猫でもたまに人懐っこいのはいるというか猫だけには避けられたことがないんだ。
そういうパワーがあったから昇と出会う前もやれてきていたのかもしれない。
「やあ」
「見間違えか、俺も疲れているな」
「見間違いではないよ、僕だよ」
いやそりゃ自分で言っておきながら見間違えるとかないが……なんでここにいるんだ?
糸瀬に呼ばれたから来いよと言っても全く聞かずに歩いてくるとか言って出ていったくせに自由人すぎる。
「というかその僕って言うのやめないか? どう見ても俺系のビジュアルだろ」
「俺の方がいい?」
「ビジュアル的にな、嫌なら無理をしなくてもいいけど」
これだって制限をかけられるようなことではないからな。
だからどうしたって無理なら云々と付け加えておくしかない、結局これも自分を守るためではあるか。
「ちゃんと初の言葉が欲しい、どっちがいい?」
「……無理じゃないなら俺の方がいい」
「わかった、それなら俺に変えるね」
な、なんだこいつぅ……。
い、いや、そういう自然と自分を守ろうとしてしまうところが他者からしたら丸わかりということなんだろう。
今回も悪いのは俺、それで終わらせておけばいい。
「初、そろそろ帰ろう、体が冷えてしまうでしょ?」
「おう」
久しぶりに来たが変わっていなくて安心した。
これからも大して変わらずにそこにあってくれるんなら何回でもいけるから今日残り続ける必要はない。
あとこのイケメン君に自由にやられても困るから帰るんだ。
「おい、なんで俺を運ぼうとしているんだ?」
「ご主人様に楽をしておしくてね」
「そんなことをしなくていい」
都合のいい存在を求めているわけではないんだ。
存在してくれているだけで俺にとってはそうかもしれないが周りから人を使っているように見えるのは嫌だった。
「もう学校か、これでまた相手をしてもらえなくなってしまうね」
「それぐらいがいいだろ、しつこく絡んできたらきっとうざく感じるぞ」
猫語がわからないから鳴いているなあぐらいにしか感じなかったが……恐ろしいな。
猫のときは思いきり性格が違うなんてこともないだろうから悪く思われていた可能性がある。
こういうにこにこしているタイプが一番怖いんだよな、寧ろよくわからない彼に比べたらすんと冷たくなる糸瀬なんて楽なのかもな。
「でも、昇が相手でもそんな感情は出てこないんだよね」
「しつこくはこないからな、いまのは俺がクロにそうしたらって話だ」
「俺もいこうかな、制服を着ていれば問題ないと思うんだ」
「してもいいけどサポートはできないからな」
とかなんとか言いつつ期待している自分がいた。
このイケメン君に女子はどういう反応をするのか、仮に女子的にイケメンではなかったとしても高身長なのは大きいだろう。
「あれ、なんかおかしくね?」
「はは、俺の姿は初とか以外には見えないようになっているんだよ」
「勝手だけど言っていいか? がっかりだ……」
「はは、仮に見えていても大して変わらないと思うけどね」
そうだよな、彼がイケメンできゃーきゃー言われようと俺にとっては一ミリも得ではないか。
もう本当にあと十センチぐらい大きく育って百六十七センチぐらいだったらよかったのに。
そうすればこの特徴がなにもない顔も身長やスタイル込みで多少はマシに――やめよう。
「あ、邦恵だ」
確かに糸瀬だが後ろ姿だけ見ると滅茶苦茶元気がなさそうに見えた。
こういうときこそということでなんとかしてもらうために近づいた。
「あ、おはようございます……」
「おはよう――あれ、邦恵眼鏡は?」
「どっちも壊れて駄目になってしまったんですよ……」
そんなことがあるのか……ってあるからこうなっているんだよな。
眼鏡をかけていない糸瀬は少し違うように見えた。
「それは残念だったね――あ、それならこれはどう?」
「え、見えました!」
すげえ、ここまでは無理でも相手が嬉しそうな顔をしてくれるのが理想だ。
「初、今日は家に帰るまで邦恵といるね、見えないままだと危ないからさ」
「おう」
周りから見えないうえにサポートしてくれるなんて最強の存在ではないだろうか。
あまりに差がありすぎて傷つくどころかすげえとしか思えないのもあって朝から一人テンションを上げていた。
「初、おはよう」
「おう。なあ、クロってすごいぞ。こう……さらっと相手のためになることをしてしまうんだよ」
「そうなの?」
「おう、きっと昇が困っているときだってクロなら助けてくれるぞ」
ふむ、となるとやっぱり見えないってもったいないな。
でも、俺になんとかしてやれるような能力はないしなあ、というか本人が意図的にコントロールしているように見えるしなあ。
俺が変わってやれればいいんだがそれはそれで両親を裏切るみたいで気になるし……難しい。
「ま、初がそれならそれでいいよ」
「え? おい?」
「もういいかな? 僕はちょっと違うクラスの友達と話したいんだ」
いや、ま、まあ、前もクロのことを褒めたときは呆れたような顔や冷たい顔をしていたからいつも通りか。
だが、やっぱりおかしかったみたいで今日はそれから話すことができなかった。
始業式だけで終わるのも悪かったのかもしれない。
なんか内側が凄く中途半端でぼけっとしていたらいつもより早い時間に設定されてある完全下校時刻ギリギリまでいてしまった。
「ただいま」
「おかえり、遅かったね?」
「ああ、ぼけっとしていたらな。それでもまだ十六時とかだけどご飯でも作るよ」
さっさと食べて寝る、それに限る。
冬休み中から気を付けていたから学校のときのリズムに戻すことは難しいことではない。
「それより俺はなにがあったのかを聞きたいんだ」
「はは、ただ昇と上手く喋れなかっただけだよ」
「俺だって最後までいなかったけど影響度が違うんだね」
「いや、冷たかったからなにかあったのか気になっただけだ」
怒っているわけでも悲しんでいるわけでもないから気にする必要はない。
明日もあのままだったら今度こそ空気を読んでやればいいだけだ。
「ご飯を食べよう、そうしたら元気が出るよ」
「はは、そうだな、ちょっと待っていてくれ」
急に卵焼きが食べたくなったからそれも焼いていく。
結局俺的にそれに合う物を作った結果、おにぎりと味噌汁と卵焼きになった。
「クロは牛乳とおにぎりか、まるで中学生のときの給食だな」
「温かくてもそうではなくても美味しいよ」
ご飯と一緒のときに飲むなら冷たくていいな。
おにぎりは温かい状態でも冷めていても好きだからどちらでもいい。
「ごちそうさま」
「少しは元気出た?」
「ああ、クロがいてくれているおかげでもあるからな、ありがとな」
「昇と仲直りしてもらいたいな」
「まあ、喧嘩をしたわけじゃないけどな」
一方通行では意味もないどころかわかっていないのに謝ったところで酷くなるだけだと思う。
今回は守るためではないから動かないことが相手のためになっている気がした




