05
今日は何故か俺だけ誘われて糸瀬の家に来ていた。
特に確認をしたわけではないが昇は予定があって誘えなかっただけらしいから気にする必要はないんだろうが気になることではある。
しかも脱線しないように見ていてほしいというのがここにいる理由だからなんとも言えない気持ちになるんだ。
「あれ、それいつもと違う眼鏡だな」
だからなにか必死に探した結果、いつもとは違う眼鏡をかけていることに気が付いた。
邪魔をするなよという話ではあるが黙っているのも気まずいもんだ。
「気づきました? 家で主に使っているのがこの眼鏡なんですよ」
「そっちの方が糸瀬に似合っているかもしれない」
「え、そうですかね? 外でなら私としてはあっちの方が落ち着きます」
会話終了……。
まあ、自分のためにずっと喋り続けるのは害悪だからここいらでやめておこう。
本なんかもないから天井でも見ておけばいい。
どこにいっても大体は白色で単色なのに意外と飽きない。
それにこんな状態なら彼女だって長く一緒にいようとはしないだろうからすぐに解散になるだろう。
「あーもう駄目だ……最近はあんまり集中できないんですよね」
「クロがいるからか?」
「それもありますけど多分それが全てじゃないと思います」
いまは課題を頑張っている彼女の足の上で丸まって休んでいる。
自分だけにはなりたくないみたいだからこれからもこういうことは増えそうだ。
昇がなんらかの事情で無理にならない限り二人きりになる可能性は低いだろうが。
「このままだとあれだからどこかにいくか?」
「はい……」
最近いっていなかったとかなんとかでカラオケ屋にいくことになった。
俺はそもそも経験がないからそわそわしていた、だがそこで「そう緊張しなくても大丈夫ですよ」と柔らかい笑みを浮かべながら言われたもんだから恥ずかしくなったぐらいだ。
それでも年上ならしっかりしろと言い聞かせてなんとかする。
「これで予約できますからね」
「おう」
「先に歌わせてもらいますね」
いやもうなんかすごかった。
ストレスが溜まっていたのかどこから声を出しているのかと聞きたくなるぐらいの迫力、一気にすんとなる怖い存在だからやめておくがここにいて大丈夫なのかと不安になり始める。
アイスとジュースと鞄の中から絶対に出てこないクロがいなければ俺は金を払ったのに一曲も歌わずに走り去っていただろうよ。
「ふぅ、少し落ち着きました」
「もしかして昇といられないからか?」
「いえ、だって岸原先輩と出会う前だって昇先輩と毎日必ず一緒にいたわけじゃないですから。今回は本当にわからないんです、それが気持ちが悪いんですよ。だから思いきり歌うことでなんとかしたかったんですよね」
「そうか、それなら邪魔をするのも悪いから一時間全部糸瀬が――あ、駄目か?」
「はい、歌ってみたら気持ちがいいですよ」
払ったからにはという考えがあるからここで無駄な抵抗をしたりはしなかった。
曲の方は家事をしているときによく歌っている曲にした、設定で点を出せるみたいだがそんな設定ではなくてよかったと思う。
「お上手ですね」
「ありがとな」
……いや世事を言わせるのってどうなんだ?
これは息抜き、気分転換のためなのに意味がない気がする。
やっぱりここには昇がいなければ駄目だったんだ……。
「岸原先輩、もう終わりですよ」
「お、おう、金払って帰るか」
腹が減ったとかでそのまま解散にはならずに飲食店にいくことになった。
ここでなら世辞を言ってくることもないだろうから安心していられる。
安くて美味しい料理を頼める店だから財布的にもありがたかったな。
「ありがとうございます、これでやっと課題に集中できそうです」
「それならよかった」
「でも、岸原先輩的に昇先輩がいた方がいいと思いますから次は三人で集まりたいですね」
安心しろ、今度は絶対に連れてきてやる。
なんとかしてやりたいが俺では役に立てない、明るい昇でなければならないんだ。
「あ、初ー」
「よう、用事は終わったんだな」
それでも連絡をしないで俺の家にいくところが彼らしい。
これは四月のときからそうだった、初対面のときからぐいぐいきていた人間だから違和感はない。
だとしても時間を無駄にしないために連絡はした方がいい、俺だって使用頻度が低いだけでスマホは持っているんだから。
「うん、実は猫になれるということがバレてね、モデルになっていたんだ」
「え、なにがきっかけでバレたんだ?」
って、最近は自由に変身できるようになったからどこかで見られていたということか。
どうやら男子に見られたみたいだが早速絵の練習に使われるとは、だが絵の練習のためだからいいがこれからエスカレートしていきそうだ。
彼の友達が簡単に大事な情報をぺらぺら話してしまうような存在だとは思いたくないものの最悪の場合も考えておかなければならない。
「家に招いたときにちょっとね……」
「ちゃんと寝ておけ」
「うん、夜更かしはもうしないよ、少なくとも初や邦恵ちゃん以外の友達と遊ぶ日の前日にはしない……」
それよりも気になったみたいだから糸瀬をなにをしてきたのか説明したらまた「ずるい」と言われてしまった。
「いまから僕もカラオケ屋さんにいきたい……はお金的に無理でも初を独占したい」
「もう帰っているところだから暇なら付いてくればいい、クロもそろそろ出してやらないといけないからな」
件のスーパーには不味いだろということで連れていかなかったのにもっと問題になりそうなら飲食店には連れていってしまったことになるから今更ながらに心臓が慌て始めた。
やっぱりクロが付いてくるから仕方がないで片付けるのは不味いよな、そろそろなんとかしなければならない。
「昇、クロに待っているように言ってくれないか?」
「わかった」
これでいい、言うことを聞いてくれないんであればどっちにとっても幸せにならないから昇の家に任せるしかない。
「よいしょっと、嫌だけどわかったって」
「ありがとな」
「ううん、これまではただ猫になれるだけだったからこれを活かせてありがたいぐらいだよ」
あ、可愛いとよく言われるのはそういうところから影響を受けているのかもしれない、と唐突に思った。
とりあえず宮本家の人間がいればそっちにいく特性を利用してこちらは少し早めの夜ご飯作りを始める。
後になればなるほど面倒くさいことになるのは自分だからこれでいい、体感的にはというかマジで食べた後すぐではあるが。
食材がいい感じになくなったから作り終えたら買い物にいこう。
一人になってからはずっとこのスタイルだった、食前にいくよりもなんか心的にいい感じがするのだ。
「ちょっと買い物にいってくる」
「それなら僕もいくよ」
「おう。クロは留守番頼むぞ?」
「にゃ~」
クロのご飯を買いにいくためでもあるからきっと大人しくしていてくれるだろう。
三十分もかからずにスーパーにはいって帰ってこられるためそこまで急いでもいなかった。
これは冬休みだろうとそうではない普通の平日だろうと同じだ、ただやっぱり誰かが一緒にいってくれているのは大きかった。
「お母さんが言っていたように僕の家で住むのは駄目なの?」
「駄目だろ、俺は知っていても両親は知らないから相手が大丈夫だと言っているからとか言ったところで許可しないよ」
必要な物は……よし、大丈夫だから会計を済ませて帰ろう。
途中にあるコンビニのおでんがどうちゃらこうちゃらという誘惑にも勝って家へ。
「はは、黒色のモップだ」
「柔らかくて器用だよな」
「僕もできるけどね」
「張り合わなくていい」
カリカリと温めた牛乳を与えると今回も大好物の牛乳の方に食いついた。
いい舐めっぷり、飲みっぷり? だからじっと見ていると急に光始めて困惑している間に真っ白になってしまったクロがいた。
「これは昇の真似か」
「ちょ、駄目だよクロ、白は僕の特権だよって、なあ!?」
「うん、昇の真似だな」
目の前にいるのはどこからどう見ても昇だ。
一応服を捲り上げて確認してみても顔に似合わないバキバキだったから間違いない。
それでも人間の言葉を発することはできないみたいでその状態でも「にゃ~」といつものように高い声をこちらに聞かせてきていた。
「ぼ、僕が本物だからね!?」
「おう、それはわかるよ、クロもやめてやってくれ」
こちらもまたいつものように黒一色に戻ってくれた。
馬鹿みたいな話だがまあ時間が経って冷めてしまったから温めて食べていく。
「うぅ……まさかもう裏切られるなんてぇ……」
「落ち着けよ、ほら、クロは相変わらず昇に甘えているだろ?」
「こうやって媚びつつ裏では恐ろしいことをしている子なんだよ」
ああ、気が付けば腹の上にいて寝返りを打とうとした際に落としそうになるのが怖いところだな。
横を向いて寝ている際にも器用に乗って休むから気を付けなければいけない、で、変に意識をしていると寝られないから寝不足にもなりそうだ。
「そうだ、僕がこっちに住めばいいんだ、そうすればクロと二人きりになんかさせなくて済むんだから。ふはは、ふひひ」
「落ち着け。まあ、不安で仕方がないから泊まればいい」
寝室とメインの場所が別れているから寝るぐらいならもう二人ぐらい増えても余裕だった。
そのうえで心配ならクロを抱いて寝ればいいし結局は昇の知らないところで仲良くしすぎるなんてことはない。
まあ、いつもとことこ付いてきて丁度踏み出した足の先に現れるから危ないぐらいなんだが。
「言質は取ったからね? 連日泊まっても文句を言わないでよね」
「言わないよ、クロだって昇のことが大好きだからな」
「クロだって……? ということは初もってことだよね!?」
「好きだからな、に変えておくわ」
「えーなんでだよー!」
流石にまだそこまでではないからだ。
だがこの先どうなるのかなんてわからない。
俺の中のなにかが変わる前に彼がどこかにいくか誰かと付き合い始める方が先な気もする。
でも、変わってしまったばかりに素直に応援をしたりおめでとうと祝えなくなるぐらいなら変わらない方がいいと思う。
最初から言っているようにこの距離感が落ち着くのもあった。
「……ん?」
「おはよう初」
昇より大きい男子がいた。
何度か目を擦ってみたが消えることはなく「目が痛いの?」と聞かれたので首を振る。
そういうことか、どうやら昨日は喋れないふりをしていただけらしい。
「起きたところすぐで悪いんだけど牛乳が飲みたいんだ、いいかな?」
「おう、ちょっと待っていろ」
現在は九時十三分か、中途半端だな。
それでもいつまでも寝ているわけにはいからないから助かった。
朝ご飯作りはやめてクロ用の温かい牛乳を用意する、結局その途中で誘惑に負けて自分の分も確保した。
「やっぱりこれ美味しいね」
「ああ、同意見だ」
「飲み終えたら昇の家にいこう」
「そうだな」
こうしてクロ本人、本猫が自分の方からいきたがっていることがわかったら昇も安心できるはずだ、だから意図していなくても絶妙で効果的なタイミングだった。
「なっ!?」
これは人間に変わったことよりも自分より身長が高いからだろうな、わかるわかる。
でも、なんだろうな、二十センチぐらい離れているから悔しさとかも出てこない。
これがまた数センチの差とかだったりしたら本気で宮本家に預けていたところだ。
「おはよう昇、少し二人きりで話したいことがあるんだけどいいかな?」
「わ、わかった。初はリビングでゆっくりしてて、僕らは部屋で話してくるから」
「おう」
冬休みなのは俺らだけで今日万智さんは仕事でいないみたいだ。
高頻度で出入りしているから助かったかもしれない、毎回試される時間があるから結構大変なんだ。
上がらせてもらうだけでトイレに何回もいったりごちそうになったりしているわけではないのも安心できる点だった。
「お待たせ、さあお散歩でもしようか。外にいたときと比べて運動不足だったからそろそろ動かないと不味いんだ、ついでと言ったらあれだけど邦恵とも会いたいな」
「な、なんだこの子は……」
「とりあえず糸瀬の家にもいくか」
十分もしないで着いて今度は糸瀬家のリビングにいる。
隣に立っている巨人を見ても全く驚かずに現在家主の糸瀬は「格好いいですね」なんて言っていた。
「寧ろ知らなかったことに驚いているんですが」
昇のクリスマスプレゼントを選んでいたときに既に見せていたようだ。
ということはクロ次第で糸瀬のところに渡す可能性も出てきたと、そういうことだよな?
「邦恵ちゃんのこと気に入っているの?」
「邦恵のことは好きだよ?」
「その言い方だと本命は別ですね」
「流石にね」
何故か三人に見つめられて俺も馬鹿みたいに見つめる羽目になった。
そのまま全員なにも言わないまま今度は十分ぐらいが経過、流石に困ってどうしたものかと考えている間に「そろそろやめよう」とクロが止める。
「この状態だとクロちゃんじゃなくて漢字の黒の方がいいですよね、黒さんですよね」
「クロでいいよ、黒って漢字にすると本当に人みたいじゃん」
「はは、この状態の僕が人ではないなら昇もそうなってしまうよね」
「僕はいいの、猫になれるっていう特殊能力を持っているだけなんだから」
「ふふ、すごい発言ですね」
攻撃とかしてこないんであれば人でも人でなくても構わない。
仲良くする気があるなら俺は相手をさせてもらうだけだしないなら追わずに去るのを見ているだけだ。
「昇は怖いから味方をしてくれる邦恵の後ろに隠れておこう」
「ふん、身長が高いから邦恵ちゃんでガードしようとしても無駄だよ」
「でも、乱暴をしたら邦恵が傷ついてしまうかもしれないよ?」
「うわーんっ、初助けてぇ!」
こう言ってはなんだが昇は素直に受け取りすぎな気がする。
こういうときは普通に返すか逆にからかうぐらいでいいんだ、そうでもなければ獲物みたいなもんだ。
「遊ぶのもほどほどにな」
「初がそう言うならここでやめておくよ」
糸瀬には流石にくっつけなかったのかこちらにくっついてプルプル震えている人間がいた。
でも、すぐにそれも止まって「いまの言い方だと大して味方になってくれてはいないよね?」と鋭く指摘してきて離れたくなったが無理だった。
なにを言っても自分でもその通りだと思ってしまっている時点で意味がない、二人が助けてくれそうな気配もない。
「あー実際にいま昇の味方はしていなかったな」
「ほらあ!」
「だけど落ち着け、いまのままだとクロにいいようにやられるだけだぞ」
別にそれを見て楽しみたいとか変な趣味はないから止めることはする。
結局のところは俺が自由にやられたくないからだがまあ昇にとって効果がゼロということはないだろう。
その場だけだったとしても対象から外れられたらいいはずだ。
「でも、でもさあ……」
「冷静にな」
「うぅ……」
なんて身長程度でいちいち引っかかっている俺が言うのも変か。
ただ黙るのもずるい気がしたから違う話題にしておいた。
クロがにこにこ笑っているだけで気になってしまって仕方がないみたいだったがそれでも言い争いなんかにはならずにそれなりに緩い雰囲気だった。




