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「春休みは短いよね」
「それでよくないか? あんまりに長すぎると学校にいくのが嫌になるぞ」
友達が多くいる人間ならいいだろうが友達がいない人間にとって長い休みはいいことばかりではない。
なんに対してだって興味を持てた小学生時代ならまだよかったものの中学とか高校生になるとそれはもう時間をつぶすのが大変なんだ、それでもまだ中学のときは部活があったからいまよりはマシだと言えるがな。
「うーん……いくら休んでもそれはそれこれはこれだからね、学校にいかなければならないときなら切り替えて楽しめられるけど」
「あ、はい、友達のいない者の意見ですみません」
「いや、僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよ、ちゃんとどっちも楽しんでほしいんだ」
正直に言うと学校にいくかどうかが違うだけでほとんど変わらないんだ。
雑ではあっても家事をしなければならないことには変わらないし休日が全てなくなればいいとは思っていないが土日の二日だけで十分な気がする。
贅沢なあれで社会人になったら春休みや夏休みがちゃんとあることに感謝することになるとしてもいまは学生での見方しかできないから変わることはない。
「なにがいいかって学年が違う邦恵ちゃんともいやすくなることだよね」
「いまのところ全滅だけどな」
土日なんかも毎回のように誘っていたが受け入れてくれる糸瀬はいなかった、かといってクロとばかり集まっているわけでもないから昇としては気になるようだ。
誰かと約束をしていて無理なら仕方がないか予定もないのに受け入れてもらえなかったら気になるのはわかる、が、あまりにもしつこすぎるから同性の俺でも引きそうになることがあるぐらいだったりもする。
「初が一人でいけば出てきてくれるかもしれない」
「本当に糸瀬のことが好きだな」
ストーカーみたいになられても困るから試しにいってみた結果、
「今日は昇先輩はいないんですね」
「おう」
あっさりと出てきてしまって困ってしまった。
でも、このまま隠しておくのは卑怯なことをしている気がして嫌だったから話しておく、すると笑ってから「別に岸原先輩が謝る必要はないですよ」と言ってくれた。
「昇先輩は変なことをする人でもありますからね」
「実際、なんだったんだ?」
「昇先輩や黒さんといるのが嫌だったからじゃありません、お休みに合わせて本をいっぱい借りてきていたのでそれをずっと読んでいたんです」
「なるほどな、邪魔をして悪いな」
言わなければ伝わらないことが多いがちゃんと伝えたところでわかってくれない存在は普通にいるから正解か不正解だったのかなんてわからない。
「いえ、そろそろ外に出て遠いところも見るようにしないと目がもっと悪くなりそうだったのでありがたいぐらいですよ」
「なんか初に甘くない?」
「岸原先輩は変なことをしないうえに私と同じで巻き込まれているだけなので警戒する必要がないんです」
巻き込まれているだけ、だが昔に比べたらそれさえ幸せなことなんだよな、トラブルなんかに巻き込まれるのはごめんだがいい方でも関われることはなかったから。
学生なんだからテストなんかで悪い点を取らず、成績の方でも問題なく前に進んでいけるような内容なら問題ないとか自分に言い聞かせようとするのは一人でいる人間あるあるなんではないだろうか。
「それで何度も誘ってきて昇先輩は私となにがしたかったんです?」
「恋バナ、かな」
「私に好きな人はいませんが」
「な、なんでそこで怖い顔をするの……」
「いえ、みんながみんな恋をしていると考えているのならそれは間違いだと言いたいだけです」
助けてくれた存在がふらふらしているようではここで冷たい顔になっても変ではない。
そのくせ、来たと思ったら可愛いとか平気な顔をして言ってくるもんだから質が悪いよな。
「まあ、これは昇先輩だけのせいじゃないんですけどね」
「難しいよな」
「はい、岸原先輩のせいです」
「えっ」
仲間だと思っていた後輩からの背後からの攻撃には急に対応なんかできない。
これも最初よりは仲良くなれたからこそなのか? だったら悪いことのような……。
たまに頼ってきてくれていたのもこのときに言葉で刺せるようにするためだったとしたら普通に泣ける。
「これは冗談じゃありませんよ?」
しかも更に追い打ちを仕掛けてくるという悪魔だった。
「まあまあ、邦恵ちゃんもそこまでにしておいてよ」
「そうですね」
これで解決、とはならない、によによ笑みを浮かべて怪しすぎる。
「おい、止めてくれるのはいいけどなんで笑顔なんだ?」
「だってこれは信用できているからこそだよ、それが嬉しいんだよ」
「たまにそうだけど糸瀬に対してはどこ目線から話しているんだよってことが多いよな」
糸瀬がすぐに勘違いしてしまうような存在だったんなら――いや、それでも糸瀬が悪いわけではなくて紛らわしい彼が悪いだけだよな。
「パパだよ~邦恵~」
「うわ……あ、昇先輩がお父さんだったら面倒くさそうなのでいまのままでいてください」
「ありゃ、可愛くなくなっちゃった」
「だから最初から言っているじゃないですか」
何故そこで安心したような顔をするのかはわからないが兄になってほしくないことは伝わってきた。
二人の両親は普通に仲良くて離婚からの再婚なんてこともないだろうからそこで疲れることにはならなさそうでよかったと俺も変な目線からの考え事をしたのだった。
「春休みって短いよね」
「クロもか」
「あ、間違えた、春休みでも初と二人きりでいられる時間が少ないねって言いたかったんだ」
いやそれもないだろ……。
確かに昇と過ごしているがそれ以外の時間はクロとずっと二人きりだ。
彼からすれば飽きてしまうぐらいの時間は一緒にいられているのに大袈裟に言ってただ構ってもらいたいだけなんだろうか。
糸瀬に振られてしまったことも影響してしまっている気がする。
「まあ、その気もないのに受け入れられる方が嫌だろ?」
「なんの話?」
「糸瀬に振られてしまったことだよ」
イケメンだからこそ振られた後の反動が大きいということなんだろう。
元々なれはしないがイケメンではなくてよかったと思う。
「はぁ……邦恵からのそれなんて初との時間がどんどんと減っていることに比べればどうでもいいぐらいのレベルなんだけどね」
「ど、どうでもいいとか言ってやるなよ」
「どうでもいいは言いすぎだったね、でも、やっぱり昇と邦恵には優しい――あーあ、昇が来たみたいだ」
「またか」
今日は約束をしていたから諦めてもらうしかない、あの約束を守るために今日は来てもらったんだ。
「いまから初にご飯を作ってもらって桜を見にいくんだ、あ、言っておくけどクロも連れていくからね」
「最初から付いていくつもりだったけどね」
「それならいいよ」
さ、弁当をちゃっちゃっと作っていきますか。
意識して探さなくても桜の木はそれなりにあるが今日は少し遠いところまでいくつもりでいる。
早く起きたうえに早い時間に来てもらったのはそのためだった。
「ちゃんと水分とかも持ったしいくか」
「俺は変身するから今日は昇が運んでね」
「任せて、元気だからどこまでだって運んであげるよ」
これは帰りに昇を運ぶ前提で動いておかないと危なそうだ。
まあ、少し遠いだけでかなり離れているわけではないから昇を運ぶことになってもそこまでは大変ではない、最悪は猫に変身してもらえばもっと軽くなるのもいい。
「もうここでいいや、桜を見られて落ち着いて座れる場所があるなら十分なんだからね」
「はは、昇らしいよ」
「それとここにしたのは訳があってね、それは邦恵ちゃんも来やすいからさ」
「なんでわざわざ別行動にしたんだ?」
「たまにはそういう無駄なことも好むということさ」
で、何故か家のある方角とは違う方から糸瀬は歩いてきた。
「む、怪しいね」
「本を借りて桜の木の下で読んでいただけですよ」
「邦恵、いまからは本を読むのをやめて歩いてみようよ」
「いいですよ、それじゃあ私は黒さんといってきますので」
向こうに歩いてもただ川が続いていくだけだが暖かいから動きたいだけだと考えておけばいい。
俺はこのときのために朝ご飯を食べずにいたので早速食べ始めた。
「昇も食べてくれ」
「帰ってからゆっくり食べようかな、すぐに食べちゃったらもったいない気がする」
「はは、長くいるつもりはないんだな」
「うん、ちゃんと桜を見られただけで十分だから」
俺としても一時間ぐらいのつもりできていたから早めに帰ることになっても全く不満はない。
だからこの件は俺達次第と言うよりもあの二人次第だと言えた。
意外と楽しめて二人きりを望むようなら別行動をしたっていいからちゃんと言ってほしいところではあるがな。
「今日はお母さんがいるから家じゃなくてよかったよ」
「別に意地悪な人じゃないから気にならないだろ」
休みだから家で休んでいるだけで万智さんはなにも悪くない。
「でも、二人だけでしたいことだってあるし……」
「それなのによくクロとかを誘ったな?」
「うん、だって仲間外れにするのは違うから。だから急に二人きりになれて困惑しているぐらいなんだよね、なにが困るって求めすぎてしまう僕のことなんだけどさ」
「また抱きしめたいとか?」
桜の木が二本ぐらいしかない寂しい場所だから人なんかはいない。
あと夏なら遊べるような川ではあるが暖かいとはいえ遊ぶには不向きな季節だから色々な意味で事故も起こりにくい。
どうしてもという状態で俺からしなければいいんならやればいい。
「ううん、不安にならないためにも初とそういう関係になりたい」
「ただ甘えたいときがあるってだけじゃなかったのか」
これはまた思い切ったな。
どう返事をしたものか悩んでいると「はーい、ここでお母さんの登場です!」と万智さんが現れた。
もちろん気にしていた昇は慌てていたが俺としてはありがたいぐらいだったため聞くことにする。
「実際、どうなんですかね?」
「初君的にはどうなの?」
「俺としては全く問題はないです、昇は俺を支えてくれましたからね」
別になにが変わるというわけでもないからな。
仲良くしていたところでこれまでとなんら変わらない、いちいち口出ししてくるような暇人もいないだろう。
「だったらいいと思う、というかこういうのはあんまり親が口出しすることじゃないと思うからね」
「そうですか」
「でも、これからもこうしてこそこそとしないで家に来ることが条件だよ、これだと矛盾してしまっているかもしれないけどね」
その点なら安心してくれていい。
「いかせてもらいます、また万智さんとご飯でも作ってみんなで食べたいですね」
「いいねっ、あ、そのときは二人きりね!」
「もうお母さん!」
「じゃ、私は邦恵ちゃんを追うから後は二人で仲良くねー」
彼はよく気にして突っかかっているが正直に言うと似たもの親子にしか見えない。
つまり彼に必要なのは冷静に対応できるように余裕を持つことだ。
「そう冷たくしてやるなよ」
「初も甘いんだよ」
「甘いというかいい人だからな」
そもそもの話として多少嫌な人が相手であっても露骨にやることなんてできない。
そんな強メンタルを持っているんなら学校で一人になんかなっていないというやつだ。
本当のところを出していける人間はよくも悪くも人を集めるからな、完全に嫌われるだけの人間なんかはいないんだ。
「……もういいからあっちにいこ、そもそもさらっと問題ないとか言ってのけたのも僕が荒れている原因だってわかってもらいたいぐらいだけどね」
「はは、それを求めていたんだろ?」
受け入れられるのにわざと無理なふりをするような人間ではないぞ。
この一年ちょっとでわからなかったんならこれからも一緒にいることでわかってもらいたい。
「そうだけどっ、……どんな顔をしていればいいのかわからなくなるでしょ」
「いつも通りでいいんだよ、俺はいつもの昇が好きなんだからな」
おお、やっぱり万智さんが来てくれるとやりやすくなるな。
昇としても一人で頑張る必要がなくなってその胸の内では感謝していることだろう。
困っているときだけ頼るのもあれだから俺もなんらかのことで役に立てたらいいができるだろうか?
「うっ、おええ!」
「いやなんでだよ」
「い、いやぁ、嬉し吐き……かな」
実際に吐いているわけではなくてふりだったからよかった、よかったのか……?
それでしたいことができたから糸瀬達を探すために移動を始めた。
持ってきていた容器の中にはまだ中身が残っているから地味に重い、なるべく時間がかからなくていいなと考えている間に発見したのでほっとする。
「そういえばいつもは見ない大きなバッグを持っているね?」
「弁当を作ってきたんです」
「え、食べたい、あ、だけどクロ君の分かな?」
「一応はそうですね、クロが食べるかどうかは知りませんけど」
いまだって猫になって糸瀬の足の上で休んでいるぐらいだ。
あの状態では食欲もそこまで出てこないみたいだから食べない可能性はありえる。
万智さんに食べてもらうのも初めてではないから恥ずかしいとかでもないし俺としては軽くしてくれた方がありがたいぐらい――お?
「私も食べたいです」
「それなら一緒に食べよう」
「いいですか?」「いい?」
依然として持って帰ることの方が微妙だから頷く。
別にイケメンが作ったわけでもないのにきゃーきゃー盛り上がっている謎の二人がいた。
「あれ、俺の分は?」
「あ、二人が持っていったぞ」
「ふむ、奪い返すわけにもいかないから昇の分から貰おうかな」
「いいよ、半分こしよう」
というかこれなら女性組が作ってくれた方がよかった気がする、野郎が作った弁当なんか食べたところでただ腹が膨らむだけだ。
「はは、こういうときは優しいんだね、それとも余裕ができたからかな?」
「うん、僕はもう慌てたりしないよ」
「それなら今日から俺は猫のまま初の顔の上で寝るから」
い、いや、それは遠慮してもらいたいところだ。
でも、腹の上とかだったら安心できるから悪くないな。
「ん-それだと初が苦しくない? せめてお腹にしてあげてよ」
「わかった」
「うん、普通に仲良くしてくれればいいから」
おお、こうなってくるとあとは万智さんに冷静に対応できれば完璧だろう。
「なんかつまらないかもしれない」
「はは、基本的にはいつもあれだから我慢をするしかないな」
「まあいいや、初がいればそれでね」
変身した上に飛びついてきたから抱いて帰ることにした。
ここで自分もとならないあたりが本当に成長できた――わけではないようで結局二人とも運ぶことになった。
途中辛くなったときは器用に肩の上に座ってくれたことが救いだな。
「二人とも、まだ早いけど今日は夜ご飯を食べていってよ」
「「ありがとうございます」」
「それじゃあ夕方まではゆっくりしよう」
それよりまだ戻らないこの二人をどうしてくれようか。
万智さんがいる状態では流石に寝転べないのに無理やり乗ってこようとするから窮屈だ。
「糸瀬、昇を頼む」
「わかりました」
ついでに上手いことクロも糸瀬に乗っけることで身軽になった。
「よいしょっと」
「わ、重いですよ」
「可愛いとイケメンがいていいでしょ?」
「自分で言ったらおしまいですよ」
「僕も戻したよ」
乗っけておいてあれだがせめて離れてから戻れよと言いたくなる件だった。
もう絵面がやばい、それでも糸瀬が攻め攻めだったらまだマシだったんだが実際は逆でしかないからだ。
「なにちゃっかり抱きしめているんですか」
「このままだと邦恵が一人で可哀想だから相手をしてあげようと思ってね」
「黒さんだって一人じゃないですか」
「ご主人様が酷いからね」
俺が酷いとしても抱きしめてもいい理由にはならないと思う。
まあ、当たり前と言えば当たり前だがやっぱりこの前のことはクロにとって大きかったということなんだ。
「なら私は初君に――あれ? あ、昇もまだお母さんに甘えたいんだね、まさかクロ君まで抱きしめてくるとは思わなかったけど」
「万智さんは気を付けた方がいいですよ、いつか初に自由にやられてしまいます」
「そうだよお母さん、友達のお母さんをそういう目で見てしまう人だっているんだから」
友達の母をそういう目で見てしまう人間はマジでいないと断言してしまってもいいぐらいではないだろうか。
「岸原先輩が危ない人なのは確かなことですので気を付けた方がいいと思います」
「ははは、みんな言われているよ?」
「それじゃあ気を付けます」
「「「え」」」
質が悪い。
本当に気を付けなければならないのは本当に俺だったというわけだ。
「ど、どうすればいいんだよ」
「「「ははは」」」
「真面目に対応するだけ損ですよ」
「だな」
静かに俺のことをやべー奴扱いしてくる彼女ではあるが味方をしてくれるときがあるだけ他より遥かにマシだった。
親子が本当に似ていると改めてわかった一日となったのだった。




