女性の正体 side:???
「お腹空いたでしょう?
お粥ぐらいなら、食べられそうかしら。」
「…は、はい。」
「それなら、今すぐ作るわね。
喉も渇いているでしょうから、お水も飲んでね?」
と私を軽々と抱き上げ、灰色の猫が肩に乗っている男性の隣の椅子に座らせた女性は、私の返答に頷いた。
そして、水が入った木のコップを私の目の前に置いた後、奥の台所に歩いて行った。
反射的に頷いてしまったが、粥とはなんだろうか。
…いや、知ってる。
どんなものかは分からないが、美味しいものだと。
誰かと食べたような記憶がある…だが誰と?
…思い出せない。
とまたもや霧がかる記憶に考え込んでいたが、女性が台所に行く途中。
「フェイちゃんは、いつも通りミルクでいいかしら?」と灰色の猫に向けて質問を投げ、その猫は「みゃーう。」と返事をしているように見えた。
その人間のような返答に、女性は頷き「わかったわ。ちょっと待っててね。」と言って、あらかじめ置かれていた鍋に火を入れ始める。
まるで、この会話は普通だと言うように。
そして私は、出された水を飲んだ。
程よく冷たい水が、火照る体に沁みる。
…人の言葉がわかっているのだろうか?
本当に、不思議な猫だ。
…その猫を肩に乗せた男性は誰なのだろう。
成り行きでここへ来たが、ここに座っていていいのだろうか?
…それに、あの女性。
私と話したはずなのに、何も言ってこない。
ちゃんと、私自身に向けられた言葉だとわかる。
…やっぱり、ここは夢なのだろうか。
などと無数の疑問が頭をよぎる。
だが、いくら考えても疑問の答えは見出せなかった。
だが突然、俯いていた私の視界に灰色の猫が現れる。
「…?」
いつのまにか、あの男性の肩からテーブルの上に降りていたようだ。
刹那、この猫は何も言わず膝を掴んでいた私の腕の間を、その柔らかい体で強引にこじ開けたかと思えば、私の膝の上で丸くなってしまった。
突然の挙動に一瞬固まってしまったが、状況を理解し、どかそうと猫の腹を押してみる。
しかし、びくともしない。
持ち上げようとしても同様だ。
多分だが、この男性の猫…だよな?
…どうしようかと思っていると、隣に座る灰色の猫が乗っていた男性に話しかけられた。
「…すまねぇな、ちびっ子。
こうなると、こいつ何やっても聞かねぇんだわ。
よければ、このまま座らせてやってもらえねぇか?」
「…え、あの…。…はい。」
突然話しかけられたのもあり、片言になってしまった。
…男性がいいのであれば、大丈夫か。
少し重みは感じるが、嫌悪感は感じない。
あまり触ったことはなかったが、猫というのはこんなにフワフワしているものなんだな。
と思いながら、この猫の背をなぞるように撫でる。
この猫の毛が柔らかく温かいため、触っていて気持ちが良い。
そして、膝越しに感じる体温と心音も相まって、穏やかな気持ちになる。
「ちびっ子、お前撫でんの上手いなぁ。
…顔付近もやってみてくれないか?こいつも喜ぶ。」
と言われた通り、この猫の顔付近を撫でてみると目を細めていた。
これで、大丈夫なのか?抵抗はしていないため大丈夫だと思うが…
と考えていたが、男性が
「お、いいじゃねぇか。こいつも喜んでるよ。
ありがとな。」
と言っていたので、大丈夫なのだろう。
猫を撫でていると、いつの間にか先ほどの女性が台所から帰ってきたようで、
「あらあら、可愛い。」
と言いながら、お椀に2つの木の食器を並べて持ってきていた。
そして、女性が来たと同時に話しかけてきていた男性は
「…エイダさん、ちょっくら外出てくるわ。
フェイのこと頼んでいいか?」
と女性に声をかけ、「わかったわ。まかせて。」という返答をもらった後、この部屋から出て行った。
そして、男性が去った後。
「どうぞ〜。ちょっと熱いから気をつけてね?」
牛乳が入っている平皿を男性と私のあいだの位置に置き、
もう片方の粥だと思われるものが入った中皿を私の目の前に置いた。
平皿が置かれた直後、一向に動かなかった猫は突如として起き上がり、置かれた平皿の牛乳をその舌で器用に飲み始める。
…なんだったんだろう。
と思い、猫に視線を向けていたが、美味しそうな香りと温かい湯気に目を惹きつけられる。
…あそこにいた時の食事は、いつも冷たくてなんの味なのかもよくわからなかった。
たまに、硬いものが入っている物も口の中が血の味になるようなものも出てきていた。
でも、路地裏にいた時よりは美味しい物だったからなんとも思わなかったけれど…
「どうかしら、食べれそう?」
と言い私の真正面に座った女性が作るこの食べ物は…とても食欲をそそられる。
そして、私は震えながら添えられた木のスプーンを手に取り、白い粒が入った液体をすくう。
恐る恐る口にすると、白い粒は舌で潰れるほど柔らかく、独特な食感だったが…
とても優しく懐かしい味がした。
だが、数口食べ進めている時、手に水滴が滴っていることを理解した。
…あれ、なんで。泣いて…?
どうして?…涙が止まらない。
と流れる涙を腕で拭うが、涙は止まらなかった。
…それに、なんで懐かしいなんて…。
「…おいしい?”シュティ”。」
いろんな気持ちがグチャグチャになっている私が顔を上げて視界に映った女性は…。
その名を言って、少し涙ぐみながら優しく笑うこの人は…。
「……お、かあ…さん?」
無意識にその言葉を口にした私を、
この女性は「ええ、お帰りなさい。シュティ」と涙声で私に優しく笑いかける。
そして、私のもとへと駆け寄り、私を力強くも優しく抱きしめる。
懐かしい香りに……私自身に向けられた、確かな優しさと温かさに涙した。
刹那、私を縛っていた重い鎖が解けたように霧が晴れ、一気に記憶が流れ込んできた。




