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亡霊の軌跡  作者: Shui(シュイ)
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倒産寸前の人気店

「ここよ。

 少し狭いけれど、私が一番お勧めしている部屋なの。」

 先ほどまでは豪華な装飾が施され、きらびやかな空間だったのに対し、案内された部屋は床の間や掛け軸、花が生けられた、静かながらも美しい空間だった。

 「あ、そうそう。

 蝋燭をそこの燭台に置いてみて?」

 と芸妓が手で示した燭台にウィリムが手に持つ蝋燭を置いた途端、燭台に彫られていた模様が光り蝋燭に火が灯った。

 その光景にウィリムは驚いた表情を浮かべ、その様子に彼女は微笑む。


「ふふ、すごいでしょう?」

「これは…魔道具なのか?」

「ええ、そう聞いているわ。

 この燭台も、この部屋もペンダントを作る技法も、全部前のオーナーさんが考えたものなのよ。

 なんと言っても特徴的なのは、この部屋に入る時は靴を脱ぐことかしら。」

「…靴を脱ぐ?」

 常識外れなことを言う芸妓に、ウィリムは驚いていた。

 それも無理はない、何せ屋内でも野外でも靴を履いたまま過ごすことが当然なのだから。

「ええ。

 私も、初めて聞いた時は無作法だと思ったのだけれど…

 靴を脱いだ方がこの床の質感を感じれてとても良いのよ?

 ただ…現オーナーの好みではないのかほとんどが撤去されて、もうこの一室しか残っていないのよね…

 ウィリムさんの好みに合ったかしら?」

 「…ああ、華やかな装飾も良いのだが…

 私はこちらの方が性に合っている気がするよ。」

 というウィリムの返答に、芸妓は嬉しそうに「良かったわ〜」と笑った。

 

 「だが、本当に良かったのか?

 ここに来るのは初めての客なのにこの部屋へ来て。

 最後の一部屋なのだろう?」

 と言うウィリムに対し芸妓は頷く。

「ええ、いいわよ?

 あなたのようなお客さんは本当に久しぶりだもの。」

 「…?それは、どういう…」

 と返答に首を傾げるウィリムだったが、芸妓は

「そうねぇ…でも、それを答える前に。

 ずっと立ちっぱなしだったからお疲れでしょう?

 ささ、座って座って。」

 と手のひらを向けて促す芸妓に促されるまま靴を脱ぎ、座ったウィリムを見て、芸妓は準備されていたお猪口に酒を注いだ。

 

 そして、テーブルの上に置かれた茶菓子を勧めながら

「どうぞ〜。この茶菓子とてもお酒に合うから食べてみて?

 …そういえば、ウィリムさんはお酒。強い方なの?」

「…どうだろうか、普通だと思うぞ?」

「あら、そうなの?てっきり弱い方なのだと思ってたわ。」

「よく言われるよ。」

 そうして互いに盃を交わし、一服した後。彼女は話し始め、ウィリムは茶菓子を口に運びながら耳を傾けていた。

「…それで、ウィリムさんにこの部屋をお勧めした理由。だったかしら?

 それなんだけれど…」

 と黒の芸妓が話している途中、突然壁の向こうの通路側から、とてつもなく大きな男の罵声が響いた。

 

 「おい!!!早く、リリスと合わせろ!!!

 なんでこんなに待たされなきゃいけねーんだ!!!」

 罵声をあげている中年男性は、壁越しからでも暴れているのが想像できるほど荒げた音を発していた。

「お客さん、ちゃんとしてくれなきゃ困るよ。

 ちゃんと、順番になったら会えるんだからさ。」

 と受付にいたアルが騒ぎを聞きつけて仲裁に入る。だが

「あ”?知ったこっちゃねぇよ。

 俺はリリスがこの店に来た時からの上客なんだぞ!!!

 なんで、こんなつまんねぇ女と待ってなきゃいけねぇんだよ!!!」

 と男は暴言をまくしたて、一切引く様子はないようだ。


「お客さん、他のお客にも迷惑になるんだ。

 ここらでやめといた方が身のためだぜ?」

 と先ほどよりも威圧的な声を出すアルに対しても男性は一歩も引かず

「あ”?なんだ、てめぇ。

 こっちは客だぞ?

 お前のような下っ端は、客の言うこと聞いてればいいんだよ!!

 さっさと、リリスのところへ連れて行けよ!!この役立たずが。」

 と男が筋の通らない言い訳を述べたが最後、鈍い打撃音と共に静かになり「すまねぇ!ちょっと悪酔いしてたみたいでさ、気にせんといてくれ!」というアルの声と共に、ズルズルと重い物を引きずる音が微かに聞こえてきた。

 

 罵声が聞こえたと共に、その様子を無言で酒や茶菓子を口にしながら聞いていた芸妓とウィリムは状況が鎮圧されたことを察し、芸妓は申し訳なさそうに話し始める。

「…ごめんなさいね。ちょっと酒に溺れてしまったお客さんがいたみたい。」

「いや、気にしてないよ。

 …それにしても、いつもあんな感じなのか?」

「…ええ、最近はね。」と彼女が語り始めるこの店の今の状況はあまりにも異質で悲惨なものだった。

「そうねぇ…ざっと一年くらい前かしら。

 前のオーナーさんが亡くなられて今のオーナーになって、あの子がこの店にやってきてから色々と変わってしまったのよ。」


「以前はよくしてくれたお客さんも、新しくこの店に来てくれたお客さんもそう。

 あの子に会えば、あの子の話しかしないようになって、指名もその子一択になったの。

 今まで色々なことを教えてくれたあの方もあの子の話しか話さなくなってしまった。

 それにね?

 あの子が来て数日が経ってから、いつも通りの時間配分だと、会えないお客さんが出てくるようになったの。

 あの子を指名するお客さんが多くなりすぎて。」

「そうすれば、あの子を巡って言い争いを始めちゃったの。

 その騒動がきっかけだったのか…いえ、他の子達が一生懸命頑張っても見向きにされなくなったのもあったのでしょうね

 この店をやめでもそれなりに生活していける子達はやめていったわ。

 かつては、お客さんの喧嘩を止めようとする子もいたんだけれど…その途中で顔に盃の破片が当たったみたいで。

 それが結構深く刺さったみたいなのか、顔に傷が残って辞めてしまった子もいるのよ。」

「私達は、なぜかあの子に会えないけれど、それでも良かったと思っているの。

 私があんなふうになったら嫌だもの。

 …本当に、前のオーナーさんが居た時は本当にやりがいがあったのだけれどね。

 私たちにも分け隔てなく接してくれて、私たちの意見もちゃんと親身に聞いてくれる優しい方だったのに。」


「…それでね?

 この店に来たお客さんが狂信的にあの子を勧めているのか、新しく来てくれたお客さんも皆あの子を指名するのよ。

 お客さんの指名だから私たちは何も言えないし、現オーナーからもあの子が指名されたら横取りしないよう何度も言われていたしね…

 そうして、あの子はたちまちこの店の一番になって、私たちはあの子に会うお客さんの待ち時間のお相手として一緒に話すようになったの。」

「…だけれど、私たちが一方的に話しているだけなのだけれどね。

 でも、ウィリムさんは違ったわ。

 あの子以外の人にはキツく当たる方も多いのだけれど、あなたはちゃんとこうやって話を聞いてくれるし、何よりあの子を指名しない方なんて本当に久しぶりだったの。

 だから、この部屋へ案内させてもらったのよ。」

「そうだったのか。

 …と言っても、あまりよく分かっていないが。」

 先ほどまでの彼女の話を聞いて、慰めるでも否定するでもない、率直な彼の言葉に芸妓は可笑しそうに笑っていた。


「やっぱり、あなた面白いわね。

 変な大人に騙されないか心配で、おねぇさんが守ってあげたくなっちゃうわ。」

「そうか、遠慮しておくよ。

 もう子守りをされる年頃でもないものでね。」

 と酒を嗜みながら即答する彼に対し、彼女はまた可笑しそうに笑った。

「…と言うわけだから。ウィリムさん。

 あなたはもうこの店には来ない方がいいと、強くおすすめするわ。

 今は現オーナーが不在だから、あの子にあってはいないけれど…

 必ずと言っていいくらい、オーナーはあの子に会うことを強引にすすめてくるから。

 私は、あの子がいなければあなたに来て欲しいくらいなのだけれど…

 …もう、あのようなことは起きてほしくないもの。」

 とどこか寂しげな声色で呟く彼女に対し、ウィリムは

「…ああ、それなら心配いらないな。

 私は、明日になれば隣町に行くことになっている。

 だから、当分くることはないよ。」

 と言った。その返答に芸妓は驚いた表情を浮かべる。


「あら、そうだったの?

 それなら、余計なお世話だったわ。

 …と言うことは、ウィリムさんはこの街の滞在最後にここへ来てくれたのね。」

「そういうことになるな。」

「それなら、せめて良い思い出になるようにいつもよりも頑張らせてもらおうかしら。

 と言っても雰囲気最悪だと思うのだけれど。

 少し酒癖が悪い方が今も騒いでらっしゃるし…

 これは、私の腕の見せ所かしら?」

 と芸妓が出入り口の方向へと視線を向けると、またもや先ほどとは違う男の喚いている声が微かに聞こえてくる。

 

「それは、楽しみだな。」

「ふふ、そうね〜…

 他のところでは満足できないほど充実したひとときを過ごせるようにするから…覚悟しておいてね?」

 「お手柔らかに頼むよ。」

「ふふ。

 そう言えば…ウィリムさんは、どんなお仕事をされてるか聞いてもいいのかしら?」

「そうだな…」と2人は蝋燭が溶け切るまでの残り時間を会話や遊戯、芸妓が行う演奏の鑑賞などと充実したひとときを過ごした。


 そして時は過ぎ、蝋燭が全て溶け切った。

「…それでは、失礼する。

 楽しい時間だった、礼を言うよ。

 すまないな、ここまで見送りしてもらって。」

 自身の上着と荷物を持ったウィリムは、アルがいた受付にて支払い完了後、引手がいた殺風景な部屋の出入り口にて黒の芸妓に別れの挨拶をしていた。

 

「いいのよ〜。私がしたくてしてるだけなんだから。

 久しぶりに楽しませてもらったもの。

 これぐらいはしないとね。」

 「そうか。明日の早朝…いや、今の時間だと今朝か。

 その時にでも言っていた菓子の店を訪れることにするよ。

 聞いただけでも食欲をそそられたからな。」

「それは良かったわ。ぜひ、道中で召し上がってね?」

「…ああ、では達者でな。」と言い残し、去っていくウィリムの背中を見送りながら、芸妓は「あなたもね。」と返しながら木製の扉が彼の姿を隠す様子を見守っていた。


 ーーーーーーー○

 

 例の店を離れ、ウィリムと名乗った青年は路地裏を抜け、未だ華やかで活気ある遊郭の大通りを歩む。

 そこは人通りも多く、1人の女が1人の男を店へと誘っていたり、酒に潰れ寝そべっている男などの様々な人が滞在し、行き交っていた。

 

 青年はそんな賑やかな遊郭を抜け、静まり返った民家街の入り組んだ路地の中へと進む。

 そして少し年季の入った、ごく普通の民家の前で青年は立ち止まり、その家の中へと入っていった。

 玄関の扉を閉め、青年が進む先はテーブルと椅子などの必要最低限な物だけが置かれた殺風景な部屋だった。

 椅子に自身の上着と荷物を置いた青年は、胸元のポケットに入っていた灰色のペンダントを取り出し、そのペンダントに向かって何かを小さく呟いた刹那、青年の輪郭がぐにゃりと曲がる。

 

 そこには少し整った顔立ちの茶髪の青年はどこにもいなく、ただ中性的な子供が気だるけに1人佇んでいた。

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