奇術
「し、師匠…待って、くださ…い。
も、ぅ…足、動かない…で、す…。」
約1時間ほどメリッタに追いかけられながら全力疾走で逃げていたフランは、
足が棒のようにぎこちなくなりながらも気力だけで博士の後ろについてきていた。
だが、走る速度はだんだんと低下し、5メートルほど離れていたメリッタも、
だんだんと直近まで迫ってきている。
「…はっ、ハッ…っ!?」
息遣いが荒いフランは、地面の荒い山道で、大樹の根に足をかけてしまい転んでしまった。
標的が力尽きたことを感知したメリッタたちは、
彼らの唯一の共生兵器である直径20cmの円錐の毒針を突きつけようと接近する。
刹那、死の危険を感じたフランは、自身の内に残る微細な魔力を熱に変え、
先頭に群していたメリッタの頚部に潜んでいた魔石の中に顕現させた。
そして具現化させた熱は、目視できないほどの微小な球でありながらも
内側から魔石にヒビを入れ、生命を奪った。
その瞬間、フランに攻撃しようとしていた計15体のメリッタは、
外傷が一切なくボトリと地面に落ちた。
本来、フランの魔法は速射性および正確性が著しく低下しており、
直径10cmにも満たない火属性の基本魔法〈火球〉を一度きりしか使えない魔力量である。
だが、それはフランの才能や技術が皆無なのではなく、自身の魔素の特性のせいであった。
それは、単純に”他のものより燃えやすい”ため、コントロールが極めて困難というだけである。
フランの魔素は、過去に三フッ化塩素などと呼ばれていたであろう、
”ごく微量で周囲に瞬時に火災を広げ、通常燃えない物質をも燃やす物質”と近い性質を宿していた。
そのため、火球を顕現するために酸素を取り込むと言う過程に必要とする魔力が不要で、
本来使う魔力の半分で発動できている。
だが、そんな特性を持つフランでも一度きりの火球しか打てていない。
それは体内の使用可能な魔素が少ないのもあるが、火球を発射するときに使用される魔力に使っているからである。
そのことを無意識に認識していたのか、フランは火を顕現することのみに重点を置き、魔石があるピンポイントな場所に具現化させた。
その所業は、思いつきでできるほどの単純な作業などではなく、
あらゆるモンスターの体内の構造を熟知し、魔法の呪文の言葉それぞれの意味を理解し、今まで鍛錬を積み重ねた故の成果であった。
だが、奇術を扱ったフランの体内の魔素量は0となり、意識が朦朧としてきていた。
約5年、止めることなく体内の魔素を無くすという訓練を続けていたフランは、
体内に魔素がなくなっても、数秒は意識を保てるようになっている。
しかし、それは意識だけであり身体は一切力が入らず、無防備の状態で仰向けとなっていた。
仲間が死亡したことのみ理解したメリッタ達は、先ほどよりも壮大な怒りを振動させ、
自身の針を突き刺そうとした。
刹那、視界が横転し地面に落ちる。
メリッタの頚部が一瞬にして内部の魔石ごと切り落とされ、
ボトボトと落ちていくことを目にしたフランは安堵の息を吐いていた。
「フラン、すげぇじゃねぇか。
上出来だ。」
と倒れているフランの頭を雑に撫でる博士に、フランは力無く笑った。
だが、その笑顔は表しきれないほどの嬉しさが込められており、
滅多に褒めない博士から名前を呼ばれたことの誇りと喜びを感じていた。
その感情を最後に、フランは意識を失った。
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「…これなら、大丈夫だろ。
レグ、こいつを宿まで連れて行ってやってくれ。」
と指示する博士に、レグはなぜか博士のことをじっと見つめるだけで返事はしなかった。
「…大丈夫だって、このハチミツを納めるだけだ。
何も起きやしねぇよ。」
「もし、起きたとしてもそれまでだったら…それまでの奴だった。
…足手纏いに、なるつもりはないよ。」
先ほどの明朗快活な人物とは打って変わり、そう神妙に呟く博士。
その女性の目は、希望という概念が存在しないと思うほど深淵に堕ちていた。
だがその目は一瞬で、博士という人物の目に戻っていく。
その様子を見ていた猫は、静かに目を閉じるだけだった。




