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亡霊の軌跡  作者: 氷淡月
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メリッタの依頼

「師匠、依頼内容のクラル草25本完了しました。」


 そう言いながら、ギルドから支給された巾着に依頼数の薬草を入れ終わったフランは、

 床にある道具を並べて組み立てる博士の元へと駆け寄っていた。

 肩には、いつものようにレグを乗せている。


「お、お疲れさん。

 メリッタの巣も見つけたから、ちょっくら行ってくるわ。

 お前は、木の上とかに登って口を塞いどけ。」

「了解です。

 …改めて見ても変わった構造してますね、この道具。」


 とフランが視線を送る先には、博士が手早く組み上げていたものの隣にある、

 金属製の煙突がついた小さなやかんのような容器に、風を送るジャバラが付いた道具であった。


「そうなんだよな。

 でも、これがないと凶暴なメリッタに太刀打ちできないからな。

 それにギルドの支給品だから、丁重に扱わないと…

 壊したら弁償物だぞ?」

「…これ、いくらするんです?」


「さあな?だが、結構精密に鉄を加工してあるから…

 ざっと1ゴルドはくだらねぇんじゃねえの?」


 1ゴルド(金貨)という大金にフランは震え、博士に力強く懇願していた。

「…師匠、絶対に壊さないでくださいよ。」


 その必死な様子のフランに、博士は少したじろぐ。

「なんで、私が壊す前提なんだよ。」

「金属を壊せるような人、師匠しかいませんから。」

「…それも、そうだな。」


 フランのその言い分に渋々納得した博士は、

 ため息を吐きながらメリッタの巣に向かって、静かに近づいていく。

 メリッタの巣は茶褐色の平らな板状の物が、

 数センチの間隔を空けて何枚も垂れ下がるように並んでいる。


 だが、その巣は博士の身長と同等以上の大きさであり、

 巣の何倍もの大きさである大樹の枝の陰にあった。

 その巨大な巣から、メリッタと呼ばれる紫と青の縞模様で、

 全身がふわふわした毛に覆われた丸みのある虫が頻繁に行き来している。


 巣がある付近に近づくために、静かに木を登る博士を横目にフランは近くの木の上に登る。

 そして膝の上にレグを乗せた後、レグと共に博士の動向を観察していた。


 その数秒後、何やら焦げ臭い匂いがレグやフランの鼻を伝った。

 そして、灰色の煙が地面を伝うように漂っていく。

 嗅覚がいい猫のレグは、鼻をツンとする痛みを催す煙に毛を逆立たせていた。

 その様子に、フランは自身の鼻を塞ぎながら優しくレグの鼻を覆うように小さな布を被せている。


 この灰色の煙は、先ほど博士が持っていた金属製の物(燻煙器)から立ち昇っており、

 メリッタの巣目掛けて放たれている。

 この煙を全身で浴びたメリッタは、俊敏だった動きも少し鈍くなってきていた。


 非常に大人しくなり攻撃性が低下したメリッタを横目に、

 博士は蜜が溜まっている部分を慎重に切り出した。

 そして、器用な手つきでギルドから支給された蜜刀と呼ばれる特殊なナイフを使って、

 巣を傷つけずに蜜を落とし、残りは別の容器に巣ごと圧搾して採取していた。


 そうして、切った部分から垂れている蜜が滴る真下に、

 ハチミツ入れのガラス瓶を置いた後、切り取った巣が落ちないよう枝などで支える。

 蜜がある程度滴り落ちたら、ガラス瓶を回収し、

 先ほど博士が組み立てていた木製の空箱を下に置いていた。


 こうした工程を終えた博士は、蜜などが入った瓶を持参していたカバンにしまい、

 燻煙器で燃やしていた枯葉や細い枝などの火を消しながら、

 メリッタ達に気づかれぬよう、フランの方へと歩いてきていた。


 だがそのとき、森の音が止まり一瞬の沈黙が流れた。

 静寂を感じた博士は一目散にフランの方へと走り、

 木の上に待機していたフラン達を抱え、全力疾走で走り出した。


 刹那、博士の後方。

 先ほど切り取った巣から大量のメリッタが出陣し、ブーンと怒りを振動させた羽音が響く。


 その危機的状況にフランは、博士の腕の中で慌てて悲鳴を上げていた。


「…ちょ、師匠?

 追いかけてきてますよ!?」


「あれ、言ってなかったっけか?

 あの煙を出す奴は動きを鈍くするだけで、煙を消せば蜜を取った輩を追いかけてくるぞ?」

「聞いていませんが!?」


「まあまあ、いいじゃねーか。

 最近、薬草採取や低ランクの魔物ばかりで運動不足だったんだよ」

「…いやですよ、やめてくださいよ?」


 何かを察したフランは、今にも彼女を離そうとする博士の腕を、必死の様子で掴み首を横にふる。


 だが、その様子すらも楽しむように博士は笑った。


「さあ〜、追いかけっこの始まりだぁ〜!!」


 と楽しそうに言う博士に放り出され、大勢の強敵に追いかけられるフランは涙目ながら、

 風を駆けるように俊足で走る博士に必死の形相でついていく。

 諦めと恐怖、そして少しの怒りが混じったフランの悲鳴は、メリッタの怒りと共に森へと吸い込まれていった。

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