すれ違い
「…はい、確かに。クラル草21本ですね。
状態も良く、基準よりも6本多いですので…
今回の報酬は15ゼスでしたが、25ゼスの報酬となります。
お疲れ様でした。」
「…ありがとうございます。」
薬草採取を終え、計10体のメットを息を切らしながら討伐したフランは、翌朝。
ライセンス登録をしてもらった受付嬢がいる受付にて、
依頼内容の物が入った巾着を渡し、報酬を受け取っていた。
だが、直前に対応していた冒険者との会話の温度の格差が確実なものとなっていたため、
フランは何故かと思っていたが…
彼女の中に、それが「好印象を持たれているからだ」という発想はなかった。
頭に疑問が残りつつも、受付嬢にお辞儀を返しながらその場を後にしたフランは、
先に隣の受付で報酬を受け取っていた博士に駆け寄る。
「…師匠も受け取り終わりましたか?」
「ああ、メット10体討伐で200ゼス…2リディアだな。
今日はお前からすれば初報酬も入ったことだし、なんか食いに行くか?」
「…!はい!」
食事の提案に、仮面越しでもわかるほど上機嫌となるフラン。
「何がいいかなぁ〜?」
「…たしか、果物が有名でしたよね?
食べてみたいです。」
「お、いいなぁ。専門店とかありそうだし、ちょっと歩いて探してみるか。」
「はい。」
そのような会話をしながら、冒険者ギルトを後にしようとしたその時。
「おい、女…ちょっとこいや。」
歓迎する雰囲気ではない口調で、ある人物に話しかける大柄な冒険者の声が響く。
だがその声は、博士らに発せられている言葉ではなく、
ある女性に向けて発せられていた。
その騒ぎにつられて、近くにいた好奇心旺盛の冒険者が集まってきていたが。
その冒険者の中に博士らはおらず、もうすでに冒険者ギルドから退出していた。
ーーーーーーー○
「な、なんですか。
離してください!」
騒ぎの中心にいる大柄な男に腕を掴まれている女性とは、博士らが死の森で出会ったスミレであった。
急に乱暴に捕まれ、振り解こうとしたが彼女の非力な力ではできなかった。
「お前。身なりからして、冒険者じゃねーだろ。
冷やかしなら帰りな。」
「冷やかしなどではありません。
私はある方々と会うためにここへ来たのです!」
だが質の良い絹が使われた男装用の衣服や整えられた髪。
剣などの護身用の武器がないことを目視している冒険者は、訳ありとしか考えられなかった。
「なら、その冒険者の名は?
いるんだったら呼んでやる。」
そう冒険者が問い掛ければ、彼女は先程の勢いが喪失し、しどろもどろに答えていた。
「わ、わかりません…。」
その返答に、冒険者は眉を顰める。
「…はあ?だったら尚更なんでいるんだ。
名を知らぬような奴と会うのかよ。」
と正当な意見を述べる冒険者に、スミレは懇願するように反論した。
「で、ですが!
あの方々と会って話がしたいのです!」
その必死な様子に、冒険者は頭をかきながらその人物の詳細を聞く。
「…その見た目は、特徴は?」
「…目元に、猫の仮面をつけている女性の方です。」
「…そうか。」
と言った後、その冒険者は辺りを見渡すが、
冒険者ギルドの中に猫の仮面を被っている者はいなかった。
そのことがわかると、ちょっと来いと冒険者は受付嬢のところに彼女を引っ張っていく。
その時スミレは抵抗していたが、その抵抗も虚しく、ずるずると引きずられていった。
そして、ある受付嬢の前に立ち「なあ、ちょっと今良いか?」と声をかけると、
受付嬢は首を傾げながら頷いた。
「…?はい。
構いませんが、どうされましたか?」
「ちょっと人探しがしたいんだが…猫の仮面を被った女っているか?」
冒険者がそう問いかけるが、受付嬢は首を横に振った。
「…申し訳ありません。
あなた様の願いであっても、
冒険者の個人情報を勝手にお渡しするのは御法度となっておりまして…」
「そうだよなぁ…。」
と受付嬢の謝罪に納得するように頭を掻く冒険者。
だが、困った様子の冒険者に受付嬢はある提案を提示した。
「…ちなみに、ご理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。
その理由次第で、捜索依頼を作ることもできますが。」
「…だってよ。
なんで、その女に会いたいんだ?」
と後ろで受付嬢との会話を聞いていたスミレに問いかける冒険者に、
スミレは「いえ、それは…。」と言い止まる。
彼女の様子に、
「…ここで言えない内容でしたら、別室でお聞きすることもできますよ?」
と受付嬢は提案するが、スミレは困惑した様子で話しかけようとしていた。
「い、いえ、でも…。」
だが、彼女の様子を見かねた受付嬢は、
「本来は、正当な手続きを踏んでもらわなければ対応できないのですが…
オルトさんでしたら、大丈夫でしょう。」
という提案をし、オルトと呼ばれた冒険者は、頭をかきながら謝罪をしていた。
「悪いな。」
「いえ、これも仕事のうちですので。」
「では、ご案内いたしますね。」
とスミレの意見を聞かず話を進める一同に、彼女はされるがまま別室に連れて行かれた。
そして、簡易的な客間に案内されたスミレに、オルトは問いかける。
「…で?なんで、その女を探してる?」
「…個人的な用事です。
もう一度、あの人とお話がしたいのです。」
「…その事は、相手に伝えてるのか?」
「いえ…。」
と答える彼女に、より一層オルトの中に不信感が生まれた。
「その女とは、どう言う関係なんだ?」
「…私を、”救ってくれた”人です。
ですが…彼女は、あの人は常に非情な選択を迫られています。
それは、彼女の望んだことではない。
ですので私は、あの人に恩返しがしたいのです。
…もう2度と、辛い思いをして欲しくないのです。
幸せに、生きてほしいのです。」
そう本心から述べている彼女に、オルトの中の不信感は消え、
手で顎をさすりながら考える仕草をする。
「…なるほど、な。
なら、協力してやっても良い。」
「…本当ですか?」
「ああ。だが、捜索依頼は出さないし、ギルドの協力も借りないがな。」
「…?なぜ?」
「考えてみろ、お前の言い分だとお前が一方的に慕っているだけで。
相手からすれば、親しくもない相手が自分を追いかけて言い寄ってくるだなんて警戒するだろ。」
「…そうでしょうか。」
「そうだ。特に冒険者という職業についている奴は特に警戒心が高い。
…そうしないと生き残れない世界だからな。」
「…そう、なんですね。」
「…ちなみにだが、なんで一度話したときにまた話してくれと言わなかったんだ?
そもそも、何話した?」
「…一緒に、暮らしませんか。…と、誘いました。」
その世間知らずにも程がある回答に、オルトは顔を掲げてため息を吐いた。
「…。そりゃあ、避けられるわ…。」
「で、ですが!
ちゃんと自己紹介もしましたし、相手にとって不足ない利益も提示しました!」
「自己紹介したとしても、利益を提示したとしても。
お前が信頼に足りる人物かわからなければ、おいそれを頷く人はいないだろう。
頷くのは、世間知らずか馬鹿野郎だけだ。」
「…お前が、利益を提示したとして。
それを守ってくれる保証がどこにある。」
「それは…。」
「…それに、お前。どこかの貴族様のご令嬢だろ。」
「…な、なぜ…」
「なぜそのことを、か?
簡単だ。そもそも、冒険者や平民はそんな質のいい服なんて着ないし。
髪や肌もそんなに清潔じゃない。
商人の娘だとしても、冒険者ギルドには来ずに商業ギルドに行くし。
そもそもこんなところには来ない。
…そうすれば、残る選択肢は一つだろう。」
「…ま、最初はどっかのお貴族様が冷やかしに来たのか。
それとも、どっかの世間知らずが興味だけで訪れたのか…
と思って声をかけさせてもらった。」
「…そ、うだったんですか。」
「と言うわけだ、顔も隠さず変装もままならない格好であのまま居れば。
どこかの人攫いに売られたり、犯されたりしただろうな。」
「…そんな、ことは…。」
「あるんだよ。」
「いいか?どっかのご令嬢。
ここは、お前が住んでるような平穏が当たり前に提供される場所じゃねぇ。
食事も服も、生活も全て自分で勝ち取らないと生き残れない。
そんな人の論理が通じる場所じゃねぇんだ。
人それぞれ、生きるので精一杯なんだよ。」
「…そんな甘ったれた考え持って、俺らに近づくな。
虫酸が走る。」
と述べるオルトは先ほどとは打って変わり、的確な敵意を彼女に向けた。
その敵意に、重厚さにスミレは冷や汗を流しながら後ずさった。
そして、鋭利な殺意が部屋に漂ったその一拍置いた後、
オルトは先ほどの不器用な優しさを持つ男の雰囲気に戻る。
張り詰めていた空気が途切れ、スミレはその場に崩れ落ちた。
「…と、言うわけだ。
最初は、お前に力を貸してやってもいいと思ってたが…
考えが変わった。」
「そう言う考えを持ってるお前に、
俺や冒険者ギルドが手を貸すことはもう2度とないと思ってくれ。
…これは、”忠告”だ。」
「俺が、あそこにいたからお前は難を逃れたんだ。
これで、お前に無礼を働いたことはチャラにしてくれよな。」
そう、床にヘタリと座り込んでいるスミレを一瞥し、手をひらひらと振った後。
今までの一連を静かに見守っていた受付嬢と共に、
一度も振り返ることなくこの部屋を後にした。
「…悪いな、フィアさん。
”芝居”に付き合ってもらっちまって。」
と、オルトが話しかけた受付嬢。
その女性は名をフィアと言い、フランが使用していた受付に立っていた受付嬢であった。
「いえいえ、〈キュリオ〉ランクのオルトさんの頼みですからね。
このギルドに一番貢献していただいているお方ですから。
大きな騒ぎにならずに収めてくださって助かりました。」
万が一、貴族と冒険者の争いが起これば一方的に不利になるのは決まって冒険者である。
そして、冒険者の失態として冒険者ギルドにも矛を向けられ、
廃業になったギルドも数少なくない。
そもそも、冒険者と貴族は護衛依頼などで関わることはあっても、
それ以上は共に干渉しないという暗黙の了解があるのだ。
「…ま、相手が災難だったな〜。
案の定一番タチが悪いタイプだったわ、俺が一番嫌いな部類だな。
自身の幸せなんて、他人が決めつけるもんじゃねぇのに。」
「…そうですね。
相手の方が、騒ぎを観にくる方でなくてよかったです。」
「そうだなぁ〜…。
猫の仮面をかぶってた女に異様な視線を送って、後をつけていたからな。
相手自身も億劫に思ってたみたいだし…。
それで強引に彼女に話しかけようとしてたから間に入ったんだが…。」
と言いながら、オルトが思い出していたのはあいつの腕を掴んで猶予を作った時。
猫の仮面を被っていた女が、自分の目を見つめ顔を下げながら、
同じ猫の仮面を被っていた少女を連れ、ギルドを去っていったことである。
その時の状況を思い出したオルトは、密かに笑った。
「…本当、賢い奴もいたもんだ。」
「…?何かおっしゃいました?」
「いや、なんでもねぇよ。」
ーーーーーー○
そして、オルト達が去っていった同時刻。
一人、客間に残されたスミレは、俯きながらぶつぶつと呟いていた。
「…あの人たちは、なに?
急に話しかけてきたと思えば、急に突き放して。
私は、ただ…あの人に…。
なんにも、あの人のことを知らないくせに…。」
そう、服の裾を強く握りしめ、顔を伏せたまま怒りを込めた声を落とす。
「…もう、冒険者ギルドには入れないな。
だけど、あの人は賢明な方だからずっと私を警戒してたし。
…ちゃんと話せば、わかってくれるのに。
そんなに無知じゃない、あの人はそうじゃない。」
「前は、急に私が緊張でうまく話せなかったから。
それに、あのことを言ったから…
ちゃんと、話せば。大丈夫、大丈夫…」
「また、エレスさんに…。」
そう呟きながら、スミレは客間を後にした。




