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亡霊の軌跡  作者: 氷淡月
11/27

故人の悪夢 side:繧キ繝・繝?ぅ

 …全身が、軋むように痛い。

 …私は、死んだのか?

 それに、ここは…?


 地面に倒れていた身体を起こし、回りを見渡すと、そこはあの家だった。


「…お母さん?」


 そう呟いた先には、母が台所で料理している姿があった。


 「あらシュティ、おはよう。

 今日は随分早起きさんなのね」


 私に気づいた母が、いつものように優しく声をかける。


 私は、何ともいえない表情を浮かべる。

 恐怖と驚きと安堵が入り混じり、涙がこぼれる。

 

 「…あらあら、どうしたの?

 なにか、怖い夢でも見たの?」


 私の様子に心配した母が、料理していた手を止めてこちらへ駆け寄ってくる。

 

 …夢。


 そうだ、あれは夢だ。幻だ。

 まさか、母が刺されるなんて。

 …そんなことあるはず無いんだ。


「…ううん、大丈夫だよお母さん。

 ちょっと悪い夢を見て——」

 

 涙をぬぐい、母の方を振り向くと——


「…ねぇ、シュ…ティ?

 どう、した…ノ…?」


 次第に声がノイズ状になっていく母の肌が、崩れていくように見えた。


 私は思わず後ずさった。


「…ねェ?シュ…ティ?

 …どウ…シテ?」


 と呟く母の胸元に、また、鮮明な赤が広がった。

 銀に輝く光が、異様に目を引いた。


 息が苦しく、過呼吸になる。

 

 母の姿は変貌していき、まるで死人のように腐肉がただれ、頭蓋が覗く。

 色が失われていく。

 

 ヒュッと小さい悲鳴が溢れる。


 …いやだ、嘘だ。

 やめてくれ。


 母は血の涙を流しながら、私に助けを懇願するかのように手を伸ばしてきた。

 

 そして苦しげに声を絞り出し、皮肉に笑い血涙を流しながら呟く。

 

 『あなたなんて、産まなければよかった。』



「〜〜〜〜っ!!!」

 

 声にならない叫びと共に目を覚ます。

 飛び起きた私に間髪入れず、同時にとてつもない痛みが体を走った。


 全身が、軋むように痛い。

 まるで全身の骨が折れたような…いや、それ以上の痛み。


 服の首元を掴み、丸まって痛みを和らげようとするが、一向に止まらずむしろ増幅していく。


 喉が詰まり悲鳴すらも出せず、ただ冷や汗だけが流れ続け、声にならない嗚咽をあげる。


 …だが、その激痛は突如として消えた。


「…?」


 息を上げる私の膝の上に、あの灰色の猫が座っていた。

 意味がわからず、私は混乱したまま考える。


 …なぜ?

 あんな音が聞こえていたというのに、生きていたというのか?

 

 私は確かに胸を、心臓を刺されたはずだ。

 なのに、なぜ生きている?


 …母は?母は、どうなったのだ?

 私やこの猫が生きているということは、生きているのか?

 

 そんな淡い期待が頭をよぎる。

 

 そして、私は辺りを見渡した。


 …ここは、どこなのだろうか。


 私がいたのは、とこかわからない薄暗い洞窟だった。

 水滴の落ちる音が響き、床には光る鉱石が埋め込まれている。

 

 しかし、母の姿はどこにもなかった。


「お、起きたか。ちびっ子。」


 銀色の髪の人物が立っていた。

 口調はあの男性のようだが、姿も声も女性に見えた。


 猫はその肩にひらりと飛び移る。どこか見覚えがある仕草だった。


「あな…た、は女性…だったんですか?」

 

 あの男性だったのかと純粋なその疑問を問いかける。

 

 「あ〜…半分は正しい、ってとこだな。」


 曖昧な返事に私は首を傾げる。


 だが、それよりも聞きたいことがあった。

 

 「母…は、どこにいるんですか?」と私は聞いた。


 帰ってきた言葉は冷たかった。

 

 「どこにもいないよ、お前も見ただろ。お前の親が刺されたのを。」

 

 私は否定したかった。

 そんなことはない、あってほしくないと切実に思いながら。


「私は生きているではないですか…!あなたも、この猫も…」


「”忌み子”だからだな。お前も、私らも。」

 

 ”忌み子”。聞きなれない言葉に私は戸惑った。


「いみ…こ?」

「ああ。言葉通り、この世界から忌み嫌われている子供のことだ。

 …言い換えれば生まれながら”呪い”を持ってるやつのことだな。」

 

「…呪い?」

「ああ、そうだ。呪いだよ。

 お前も感じてるんじゃないか?

 …人とは違うナニカが自身の体で蠢いている感じが。」

「……。」 

 

 呪い。

 その言葉を聞いて私はなぜか納得してしまった。

 そうか、これは呪いだったのか。

 だが、その呪いが殺された私が生きていることと何の関係があるんだ?

 その疑問に答えるように、この人はこう述べた。


「呪いを持つ忌み子は、心臓が2つ以上あるんだわ」と。


「心臓が、2つ…?」

「ああ、お前の場合は3つだな。

 皮肉なもんだろう?

 こいつのせいで私らは散々な目に遭ったというのに、こいつのお陰で生き延びるなんてな。」


 私は言葉を失った。


 さらに、彼女は皮肉に笑いながら首もとを見せた。

 服で隠されていた首元には、ある複雑な紋様が刻まれていた。

 

 母と共に草原を歩いている時に飛んでいた虫<パピヨン>に似ている。

 だが、この紋様に描かれている虫はひとまわり小さく。

 パピヨンは羽が6枚あったのだがこの模様の羽は4枚で、黒く淡く光っている。


「これが”呪紋”。忌み子の体のどこかに必ずある呪いだ。

 紋様の種類も、ある位置も人それぞれ違う。」

 

「この呪紋は、心臓と大差変わりない機能をもっていてな。

 私ら忌み子は呪紋と心臓同時に機能停止させないと、一瞬仮死状態にはなるがすぐに再生される。

 だから、お前は心臓を刺されたのに生きてるだろ?」


 …そういうことか。とはすぐに思えなかった。

 心臓が2つ?呪紋?忌み子?

 急に架空の人物の設定のようなことを聞いて納得できるはずがなかった。


 だが、納得するしかなかった。

 刺された感覚が鮮明に残っているのにも関わらず、今私が生きていることが何よりの証拠なのだから。

 

 …だが、ここで一つ疑問が生じた。

 私が忌み子なのであれば、呪紋とやらはどこにあるのだろう。と。

 生まれながらあるのであれば、記憶の中で印象的に残ってるはずだ。


 だが、そのような記憶は思い浮かべられなかった。


「これ、普通は知ってる物なんだがな。

 …お前の母親のおかげだろうな。」

 と言いながら、鏡のように反射する鉱石を私に手渡し、自身の顔を見るよう促す。


 …私は驚愕した。


 私の瞳の奥に黄色く淡く光る、漏斗状の花の模様があったのだ。

 …この花も、この模様も今まで見たことがなかった。

 その花の紋様から放たれる異質なエネルギーのようなものが寒気を引き起こした。

 

「それが、お前の呪紋だ。

 お前は左右の目どちらにもあるから、左右同時に目潰ししなければお前は死なない。

 …っていうことだな。」


 …仕組みは理解できた。

 だが、なぜ今になって現れている?といった疑問が私の脳内に浮かび上がる。

 

「お前の母親が、魔法で隠していたんだろうよ。

 忌み子を根絶やしにしようと考える奴も多いからな。

 …いい母親を持ったな、ちびっ子。

 普通は、気味が悪くて守ろうなんて発想は湧かないもんだぜ?」


 と言うこの人に、私は涙が溢れそうになった。

 そうか、母は…。

 

 この奇妙なナニカ。

 呪いを持っていることを最初から知っていて。

 あのように優しく接してくれていたのか。

 守るために、隠してくれていたのだと。


 …だが、母はもうこの世にはいない。

 ただ、その事実だけが胸を冷たく締め付ける。

 

「…あとはお前も知ってるように、この呪紋は人それぞれ違う能力を宿している。

 お前の場合は、おそらく”目線を合わせた相手に幻影を見せる能力”だな。」

「幻影…?」

「ああ、幻影。幻だよ。」


 …コレは。

 私の呪いは、理想の相手を見させるものではなかったのか?


「…ま、魅了に似て非なるものだな。

 魅了の場合は、自分自身を惚れさせるような作用があるが。

 幻影は、自分自身以外のものを投影する。

 投影する幻の内容は、お前の内心に作用するんだろうよ。」

 「内心、ですか?」

「ああ、もしかするとお前。

 ”誰かに好かれたい”って思ってなかったか?」

 

 …図星だった。

 確かに、私は路地裏で食にも…愛にも飢えていただろう。

 なるほど、だから…相手に好かれるための幻なのか。そう思った。


 …だが、私は過去の記憶を取り戻した。

 母に愛情と大差ない優しさや温かさを再度感じた。

 だから、この呪いが私や母を刺した人物に機能しなかったのだろう。


 そのような考えが頭をよぎった。

 だが、その仮説はこの人によって否定された。


「ちなみに私は、”生物の姿を変容させる能力”。

 そして、この猫野郎が”無効化”だ。」

「…無効化?」


 …まさか。と思った。

 

「ああ、正確に言えば。

 ”私たちの呪いに関わるもの全て”を無効化する力だな。

 こいつが、半径1m以内にいればなんの呪いでも無効化される。」

「それじゃあ、私の呪いが機能しなかったのは…。」

「ま、こいつのおかげとも言えるな。」


 …おかげ、おかげなのか?と思った。


「…なぜです?

 私の幻影があれば、母も死ぬことはなかったかもしれない。

 …あなた方も刺されなかったのかもしれないのですよ。

 なぜ、わざと刺されるような、死ぬような真似を…。」

 

 といった疑問を静かな怒りと共に呟く。

 もしかすれば、この呪いを使っていれば母は死なずに済んだのではないか、と思いながら。

 

 だが、この倫理が死滅しているやり方は、案外筋が通っていた。


「なら、質問だが。

 あの場で生き残ったとしよう。

 そのあとどうするんだ?」


 …そう言われてしまえば何も言い返せなかった。


「お前は、呪いを酷使しすぎで精神共に肉体崩壊寸前。

 そしてお前らを殺傷したアイツらは、忌み子殺戮軍団所属と言ってもいい。

 あの二人を殺したところで、湧水のように新たな刺客が湧いて出てくる。

 さらに濃い怨念付きでな。」

「アイツらは、私らが何もしていなくとも、危害を加えていなくとも。

 ”忌み子”というだけで殺しにやってくる。

 …その家族でさえも。」

 

「なら、一度。”この世からいなくなった存在”となった方がいいだろう?」


 その考え方は、理解できる。

 実際に、私は忌み子を知らなくとも。

 このような呪いを持っているだけで恨まれ、憎まれる運命なのだ。

 それならば、一度死亡したという記録を残せればいいのだ。

 死者を捜索すると言ったバカはいないだろう。


 …だが。母まで殺さなくていいのではないか。と思った。

 忌み子なのは、私だけなのだから。


「…本当にめんどくさいところだよな。

 アイツらは、忌み子を産んだ血筋だから。

 その血筋を滅そうっていう考えのもと”救済”をしてるんだとよ。」


 …気が遠のきそうだった。

 同じ人間なのに、そんな考え方ができるのか、と。

 まるで、存在していること自体が間違いと言わんばかりの扱いではないか。


 「…だが、お前の母親が生きていれば。

 また違う方法をとったかもしれないがな。」

 

 と不思議な言葉を呟いたのち、この人は

 「痛みは止まってると思うが、立てるか?

 ちょっとお前に見てもらいたいものがあるんだ。」

 そう呟いて、私の腕を掴み支えた。


 見てもらいたいものとはなんだろうか。


 私は手を引かれるまま、光る宝石が光源の粒子が舞い、薄暗く神秘的な洞窟を歩く。


 歩くたびコツン、コツンとこの人が履いている靴の高い音が、水滴が落ちる音と共鳴する。

 そして、細いこの洞窟を抜けた先には、先ほどの光景とは見間違えるほど夢幻的な草原が広がっていた。


 母が、好きそうな野原だ。

 宝石のような花がまばらに咲き、淡く光るパピヨンが舞うように飛んでいる。


 神秘的な草原の中を私たちは歩く。

 そして、この空洞の中心部に到着すると、一人の女性が静かに横たわっていた。


 胸に手をそっと置かれ、安らかに眠っている茶髪の女性が。


 …母だ。

【補足】

 銀髪の人物の首元には蝶を模した呪紋があります。

 シュティの瞳にある紋様は、絶滅した花「ダチュラ」を形どった呪紋です。

 また<パピヨン>とは、蝶がこの世界に適応して進化した虫の名称になります。

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