SF俳句
太陽圏を飛び出し幾星霜
探査機ボイジャーはゆく当てもなく
ただただ、天の川の流れの中にあった
それを知的生命体の宇宙船が拾い上げたのは
どれ程の偶然だったろうか
宇宙船の船長はボイジャーを調べて地球のことを知る
その惑星があるはずの恒星系は数億年まえに消滅していることを…
銀河の果てを見据え一句
「天の川ながる ボイジャーの記憶」
人類が月に移住を始めて数十年
月で生まれ月で育った世代が地球を知らずに月の土になってゆく頃
学校の遠足で前世紀の遺跡として
アポロ計画の残骸を見学している学生が
月平線から昇る地球を見ながら祖父母の故郷を想い一句
「地球の出 台風の目の 目指す国」
二度とは戻れない覚悟で故郷を離れ
火星のテラフォーミングを行っている作業員
気密服越しの大気はあまりにも薄く未だ道のりは遠い
砂塵の舞う大地を耕しながら一句
「螢惑や 緑化計画 天高く」
核戦争が起こり
シェルターに逃げ込むことができた僅かばかりの人々
数千人が幾年かを過ごせる用意がされているが
それまでに外部がどの様な状況になっているのかが分からない
少年少女たちは教育を受けることを求められるが
何時になれば外に出られるのかも保証はない
休日に部屋に閉じこもる児童が一句
「夏休み 核シェルターの 外知らず」
核戦争で人類は絶滅してしまう
しかし生命はしぶとく強靭なもの
生態系は大きく変化したが環境変化を乗り越え進化生物群は
新たなる地球の支配者を生み出そうとしていた
二足歩行を取得し前足の自由を得たその獣は
文明と呼べるものを作り出そうとしていた
その過程の中で先文明の人類の遺跡を発見することとなる
先文明の悲劇を想い一句
「核が降る 人類滅亡後に 鵺の啼く」
メタバースが生み出したもう一つの仮想地球
AIが統治するその世界で警備会社を経営している男
多くの富裕層が観光で訪れるその場で
労働する数少ない人間の一人
今日も統括AIからの依頼で現実世界へと戻ることとなる
男と部下はメタバースを維持するためのサーバーの一区画を
任されている
外部からの侵入者は機材を盗み出そうとしていた
男は侵入者を確保しサーバーを修理して仮想地球へと戻る
現実の肉体にかかる重力を煩わしく感じながら一句
「逃げ水や そこかしこ在れ メタバース」
人類を最も多く殺している生物は
病気を媒介する蚊だといわれているが
人類は未だパンデミックで絶滅してはいない
緩やかな衰退ができるのであればそれは幸せなことなのかもしれない
緊急病棟の医師が一句
「流感過ぎ 人の天敵は人」