第9話 「寝ている間にスニッカの匂いが付くからだ」
平穏な日々が過ぎる――――
テアナ帝国の西端に位置する辺境の町ラーバニートにきてから1年が経とうとしていた。
僕もすっかり「テアナ語」に慣れ、ヴェルーチカさんの助力なく町の皆さんと意思疎通が図れるようになっていた。監視役のムギについても、その頃合いを見て外してくれた。
「ようカナデ! これ持っていきな!」
「ありがとございます!」
「カナデちゃん、ちょっとこれ手伝ってくれる?」
「はい! 喜んで!」
「カナデや、ポックルの飴さ食べまい」
「ばーば、いつもありがと。これ僕の好物だよ。お礼に途中までこの荷物運ぶよ」
ポックルとはラーバニート周辺に植林されている樹種で、木の表面をナイフなどで削ると白くて甘い樹液を出す。この樹液を加工して作られるのがポックルの蜜飴であり、この町の特産品だ。
僕の開拓ギルドでの仕事は、このボックルを植林するための開墾と間引きだ。今朝も起床からこんな感じで仕事をしてきた。
――――日の出とともに起床。
――――近くの川で水汲みをし、沸かした湯で体を洗う。
――――そして手早く朝食を取る。
ちなみに、こちらの世界にもパンがあり、僕はベリータと呼ばれるスピリット(精霊物)の干し肉を挟んで食べるのがお気に入りだ。それとスニッカと呼ばれるスピリットの少し苦みのある乳に、特産品のポックルを少量溶かして飲む。ロイヤルミルクティーに近い味だ。
――――出発の準備を整え開拓ギルドに向かう。
――――開拓ギルドの他の職員と挨拶を交わし、一緒に現場へ向かう。
――――僕はまだギルド職員として日が浅いこと、若いことから肉体労働に精をだす。
ちなみに、領主の娘であるテアーナも開拓ギルドの職員だ。彼女の場合は、そのクオタを活かし、開拓地の事前調査や狂暴な野良スピリットの排除を行っている。過去の事前調査では、僕という不審者を発見している。
そそ、テアーナが出会ったときに乗っていたあの緑色の丸い物体だが、あれはヴェルーチカさんから譲り受けた一〇八体ある古代兵器のうちの一つらしい。この家族なにものだ!
で、あの形態を「ボール」と言うらしい。古代兵器の一番簡素な形態らしく、あくまで高速移動と自身の保護を目的としたものだそうだ。
もう一つ、開拓ギルド長であるトッコー先生もアポストロだ。肉体強化を得意としている。今日はトッコー先生も来ていた。
――――開拓ギルドの仕事は日の高い内に切り上げる。
というのも、夕方から夜にかけ狂暴なスピリットの活動時間に入るからだ。ただでさえ夜目の利かない人種族が、夜目の利く狂暴なスピリットに勝てる道理もない。簡単に食べられてしまう。辺境での驕りや油断は命取だ。
――――町についてもまだ日が高い。
僕はトッコー先生と合流し、今日も教会で子供たちと一緒にテアナ語の授業を受けた。
さて、今日も寄り道してから帰るかな。
僕の目の前に大きな木が一本。種類とか名前とか分からない。でも僕はこの木が好きだ。そしていつもお世話になっている。
「今日こそは!」
僕は木に向かって二拝二拍手一拝をする。
この一年、僕はこの木に向かって血と汗と涙の鍛錬を繰り返してきた。雨の日も、風の日も。
今日試すのはこれだ!
「うなれ竜巻!!!!」と叫びながらアッパー。
「地脈よ唸れ!!!!」と叫びながら両手を勢いよく地面に。
「はぁ、はぁ、はぁ…………なんでだ、なんでなんだ! なんで発動してくれないんだ! 僕はクオタを使いたい! 特別になりたいんだ!!!!!」
っと、なんとなく心の声を言葉に出してみた…………が、これもダメか。今日もこれくらいにして帰ろう。
僕は借家であるスニッカ小屋に帰り、食事を取り、床についた。ちなみに、出かける前に体を洗う習慣のは、寝ている間にスニッカの匂いが付くからだ。