第8話 「出世払いね」
僕は「真っ白な世界」の体験をヴェルーチカさんとテアーナに話した。
ただ「真っ黒な世界」については、僕が違う世界から来たことに言及してしまうので、この場で話すことを控えた。ひょっとしたら精神感応のクオタを持つヴェルーチカさんには何かしら伝わっているかもしれないが……。
「へぇ、私の時と全然違うのね。私の時は、綺麗な星空の下で一本の木から枝葉根がパッーっと広がる世界が見えたわ」
『そうね、人によって見え方は違うわ。だってクオタは魂の形。魂がまったく同じ人なんていないもの。ただ……』
ヴェルーチカさんはテアーナと僕を交互に見ながら話しを続けた。
『例えば私とテアーナ、血のつながった親と子。クオタはね、その力が強ければ強いほど形を変え、親から子へ継承されるものなの。だから私の見た世界は、テアーナの見た世界に似ているわ。一本の木から枝葉がパーッとのところね。そしてあなたは、お父さんのクオタも継承しているの。綺麗な星空の下で……だったわね?』
テアーナは頷く。
『あなたのお父さんが見た世界は、満点の星空に浮かぶ船。解るわね? あなたは間違いなくあの人と私の子よ』
テアーナは照れ臭そうに頷いた。
そんな親子の感慨深い話しに水を差すようで申し訳ないが、僕の方は自分のクオタが気になってしょうがいない。
『分かってるわ』と言わんばかりにヴェルーチカさんは苦笑している。僕の心が見透かされているのだろう。
『本題に戻るわね。カナデさん、あなたはクオタの適正ありよ。そしてスィンゴラリタの』
僕はその言葉を聞いて静かに目を閉じた。それからゆっくりと天井を仰ぎ、両手の拳を握る。
――――やったー!
「って、スィンゴラリタってなんだ!!!!」と、思わず僕は口に出して叫んでいた。
「ヴェルーチカさん続きをっ! スィンゴラリタって何ですか!」
『ごほんっ! 詳しくはこれから学んでもらうことになるけど、概要だけ先に説明しておくわね』
ヴェルーチカさんは一つ咳払いをしてから、興奮冷めやらぬ僕をなだめるようにスィンゴラリタについて、クオタについて説明をしてくれた。
まず、例外を除いて、人種族でクオタを持って生まれる子供の数は二百人にひとりとのこと。少ないのか多いのか分からない微妙な数字だ。
次にクオタ持ちは、その能力から次の四つの呼称に分類されるとのこと。
まずは「エレメンターレ」…………四大元素である「火」「水」「風」「土」の精霊を使役する能力であり、その能力者を指す。クオタ持ちの分布で最も多い。
大抵は何れかの精霊しか使役出来ないが、稀に二属性持ち、三属性持ちが現れるとのこと。そして四属性持ち。この四属性持ちが平民から一国の王女へ、そして他国を蹂躙しテアナ帝国を一代で築き上げた初代皇帝「屍のテレサ」だ。テアナ帝国皇帝は代々このクオタを引き継いでいる。
続いて「アポストロ」…………病気や怪我の回復、身体強化など、精神や物体に働きかける能力であり、その能力者を指す。
「アポストロ」の使い手は、その特性から強制的に国家管理下の騎士団か教団に置かれる。白兵戦に強いのだ。
ちなみに、豊穣際に際し神官がわざわざ辺境まで出向するのは、兵役を前提とした国民台帳の更新と、このアポストロの囲い込みが目的である。 「アポストロ」と分かれば、早いうちから神官学校に通わせ、帝国軍人としての教育を施す。軍事国家らしい発想だ。
そして、「ブラッティナーイオ」…………古代兵器を使役するクオタ。
この世界には意思を持つ古代兵器が幾つか存在する。それらは、古代人が神々と戦うために作り出したものであり、一国をも容易に亡ぼす力を持つ。
ちなみに、古代兵器の数は行方が分からなくなったものを含め一〇八体とのこと。そして、このクオタの最大の特徴は、意思を持った古代兵器が自ら搭乗者を選定し、そのクオタを付与するということ。各国がこのブラッティナーイオの獲得に精を出すのも頷ける。
最後に「スィンゴラリタ」…………これは特殊なクオタ持ちに与えられる称号でもある。そして、その特性から二つ名持ちが多い。
例えば「屍のテレサ」がそうだ。彼女は「エレメンターレ」の中でも稀有な四属性を持つ「スィンゴラリタ」だ。彼女がその二つ名を欲しいままにした四属性同時発動の超必殺技奥義「葬血砂塵」は有名。数十人規模の一個小隊を遠隔から複数同時に血祭にしたと言われる。戦略兵器並だ。
また、スィンゴラリタの能力は親子で継承される確率が高いことから別名「血の楔」とも呼ばれている。「楔」には、クオタ適正の無い貴族や金持ちがこぞってスィンゴラリタを家系に加えようとする皮肉も込められているとか。
以上の説明を受けた。
で、僕のクオタを尋ねると「スィンゴラリタ」であることに間違いないのだが、「エレメンターレ」でも「アポストロ」でもないユニークな能力らしく、自身で見つけるしかないとのこと。
僕が服用したヴェルーチカさんの血は神水と呼ばれ、アポストロの女性の血で作られるとのこと。つまり、ヴェルーチカさんはアポストロということになる。
それに自身の血を混ぜ、色に変化が現れなければクオタの適正無し、黒ならエレメンターレ、白色ならアポストロ、青ならその両方、緑はそのいずれにも該当しない能力らしい。
僕の血が反応した緑のクオタ持ちには、瞬間移動や千里眼といった国賓級の能力から、相手の尿意を誘うだけのものまで様々らしい。
で、この緑の反応で一番厄介なのが、その能力に本人が気付けるかどうかということ。本人だけのユニークな能力のため、他人は気づけないし、教えられないのだ。
だが近年になり、医療やクオタの研究が進んだおかげで、検査で使用した神水を飲むことで「スィンゴラリタ」に限り、自身のクオタの鍵となる幻覚を一度だけ見られることが分かった。ひと昔前まで分からなかったのは、一度の服用で耐性が出来てしまうこと、そもそも「スィンゴラリタ」の適正者が少ないことに起因する。
いつでに、僕と同じく幻覚を見たヴェルーチカさんは「アポストロ」の「スィンゴラリタ」だ。後からテアーナがこっそり教えてくれたが、ヴェルーチカさんのテアナ帝国での二つ名は「天秤の」だ。彼女は人間ウソ発見器なのだから頷ける。
さて、そうなると僕の見た「真っ白な世界」の体験が鍵となる訳だが。
ヴェルーチカさんからは『焦らず気長にね』と励まされた感じだった。テアーナからは「出世払いね」と遠回しに期待していないからと言われた。