第6話 「気付くとそこには真っ白な世界が広がっていた」
僕がこの辺境の町ラーバニートにきてから一カ月が過ぎようとしていた。
この町の領主であるヴェルーチカさんのご厚意で、今は開拓ギルドの日雇いで働いている。
それと労働の後は、出来る限り教会に通う子供たちと一緒にテアナ語の読み書きを学んでいる。その甲斐あってか、今は片言の挨拶と買い物まで出来るようになった。
そして僕の隣にはいつもこいつがいる。見上げたその先には、三つ目で翼の生えた黒猫が浮いていた。
こいつの名は「ムギ」。
ヴェルーチカさんと主従契約を結んでいるスピリット(精霊物)で、僕の監視役だ。ちなみにムギも精神感応系のクオタ(特殊能力)を使う。とても悪戯な性格のスピリットで、ところかまわず人に幻覚や悪夢を見せるのだとか。
その上で、ヴェルーチカさんのクオタと相性が良く、離れたヴェルーチカさんからの伝言を受信して、それをイメージ付きで僕に(幻覚で)見せてくれる。監視はこれの逆で、ムギが見たものをヴェルーチカさんに送信している。
「ジュベルベ」
「分かったよ、休憩はこれくらいにしておくよ」
今日はヴェルーチカさんの屋敷に呼ばれている。およそ3時間の道のりを歩いてきた。
途中で何度か休憩入れ、スピリットに出くわしたら迂回し、今やっとの思いで屋敷の前に到着した。屋敷は木造三階建てのお洒落なロッジ風だ。
ドアノッカーを鳴らす。 ――トントン
「カナデです」
『どうぞ』
頭の中でヴェルーチカさんの声がする。テレパシーだ。さっそく屋敷の中へ入る。
エプロン姿のヴェルーチカさんが出迎えてくれた。ちょうど昼食の準備をしていたらしい。
いつ見ても綺麗な人だ。そんな思いもこの人には筒抜けなのだろう。
ふとそんな事を思いながらエプロン姿のヴェルーチカさんに僕が見とれていると、横から不機嫌そうな声がした。
「カナデ……支度!」
「はい!」
この声の主は「テアーナ」。ヴェルーチカさんの娘だ。そう、僕を野良罪人扱いしてくれた子だ。
彼女の年齢は僕より一つ下。容姿は黒と緑のオッドアイ、髪の毛は黒の短髪。毎日欠かさない剣術の鍛錬で体は程よく引き締まり、日焼けで今は小麦色の肌をしている。性格は大雑把。僕以外の誰にでも優しい子だ。
『さぁ座って、みんなで昼食にしましょう! カナデさんも沢山歩いたからお腹すいたでしょ?』
疲れも相まって腹ペコの僕は一つ頷いて座る。ヴェルーチカさんのボリューム満点の料理に舌鼓を打ちながら、最近の出来事など話した。
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昼食後のティータイム――――
目の前にヴェルーチカさん。隣にはムギを抱えるテアーナ。
『それではいいかしら? 本日カナデさんに来てもらった理由は二つ。まずはおめでとう。町のみなさんと協議した結果、この町の住民として受け入れが決定したわ。明日からは「日雇い」ではなく、開拓ギルドの「職員」として頑張ってね』
ヴェルーチカさんの優しい笑顔に僕はなんだか救われた気がした。
『でも大変だったのよ。分かってはいたけど、少なからず「何処から来たかも分からない得たいの知れない奴をこの町に入れるな」とう反対の意見も出たの。私はクオタの力でカナデさんが悪い人ではないことが分かるけど、普通の人にそれは分からないの。だから領主として、町民の意見を公平公正な立場で聴いて判断しなければならないの。そんな中でカナデさんを推してくれたのが開拓ギルドの面々と、教会に通う子供たちだったのよ。彼らに感謝してね』
「はい!」
今度あの子たちに竹とんぼでも作ってやろう。開拓ギルドのみんなにも何か買っていこう。
『それともう一つ、以前から習いたいと言っていたクオタ(特殊能力)。これについても領主として許可するわ』
これは開拓ギルドで働き始めてから分かったことだ。この世界にいる誰もがクオタを持つ可能性があるらしい。それもクオタは先天性とは限らず、後天性で身に付くこともあるとか。僕は、この話しを聞いて居ても立っても居られずヴェルーチカさんに相談していた。
『で、今日カナデさんを呼んだのは、その適正検査を行うためなの。本来であれば中央の神官が豊穣祭(農耕神へ豊作となるよう祈祷する)の次いでに行う仕事なのだけれど……ほら、ついこないだ終わってしまったでしょ? だから、これは町民になったカナデさんへの私からのお祝い。私が中央の神官に代わって適正検査をするわ。 これでも昔は高位の神官だったのよ。任せてね』
そう言ってヴェルーチカさんは空のティーカップを取り出し、中に水を注いだ。そして、準備していた針を自身の人差し指に刺し、その血の一滴をティーカップの中に落とした。
『カナデさんの手の平をこちらにいいかしら?』
僕は言われたままヴェルーチカさんの前に手のひらを差し出す。それをヴェルーチカさんが優しく握る。
なぜか胸が苦しくなる。そして暖かい。
――――プスッ!
「あ痛ッ!」
ヴェルーチカさんの手には針が握られており、それをプスっと僕の人差し指に刺した。
『びっくりさせてごめんなさい。カナデさんはこういうのに慣れてなそうだから。さぁ、このティーカップに一滴でいいから血を入れてちょうだい』
僕は言われるままにティーカップに血を一滴だけ垂らした。
ん? 緑色に変化した?
『あらあらあら、珍しい』
ヴェルーチカさんとテアーナが顔を付け合わせている。
『そうしたら、このティーカップの中身を一気に飲み干してもらってもいいかしら?』
えっ! ヴェルーチカさんの血が入って!?
僕の血が混ざっているとはいえ、こんな綺麗な人の血を飲んでいいものかと少し悩んだ。結局、二人のジッと見つめられる圧に負け、僕は飲んでしまった。
――――ガシャン、コトコトコト…………コト
僕の手からティーカップが離れ、テーブルに転がった。
「うぐぅあ…………」
僕の視界が一気に暗くなる。息がでいない。体が硬直する。頭痛、吐き気?
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気付くとそこには真っ白な世界が広がっていた――――