第4話 「僕の意識は手のひらからこぼれていた」
その一歩を踏み出してからおよそ一日が経った――――
ここまでの道のりで分かったことが二つ。
まず、今までに見たこともない生き物がいる。勘弁してほしい。
そして昨夜に見たあの青と赤の月。今も青い月の方は薄っすら青空に浮かんで見えるが、月が二つある事実。
あ、うん。きっとこれはアレだな。小説や漫画の序盤に出てくるやつだな。
僕は頭に浮かんだその言葉を現実逃避のため飲み込んだ。
そして今は少し小高い丘の上にいるのだが、眼下には渇望していた水場が見える。
このカラッカラに乾いた喉を潤すためにも早く水場に近づきたい。
でも遠目でよく分からないが、そこに「何か」がいる。
何度か脳内葛藤を繰り返し、安全第一の結論に至った僕は、その場から一時的に離れ、少し様子を観ることにした。
そろそろ寝床の確保をしておこう。頭が少しぼーっとしてきた。
結局のところ昨夜は寝れていない。ここが何処か分からない、何が出るかも分からないといった不安もあるが、それ以上に見えてしまう不安が大きかった。
どいうことか。
月が二つ見えているのも現実逃避したくなるほど勘弁なのだが、結構その月が大きい。二つとも。その分、月からの反射光もバンバンこの世界に降り注ぐ訳だ。だから見えてしまう。夜でも。実際の白夜を見たことはないが、きっとこんな感じだろうというぐらいに。
僕は寝床として、自身が隠れるくらいの程よい岩場が無いか辺りを見回していた。
――――ウォン、ウォン、ウォン。
はじめはとても小さかった。
――――ウォン、ウォン、ウォン。
だから気にも留めなかった。
――――ウォン、ウォン、ウォン。
徐々に、徐々に大きくなる。僕は音のする方を振り返る。
…………!? あれ? 何も!?
不意に暗くなる。背後から影が落ちたのだ。動けない。
「ぅぉあぁ!」
恐怖心に打ち勝つため、僕は声にならない声を無理やり絞り出す。
――――ウォン、ウォン、ウォン。
そこには「緑色の丸い物体」が浮いていた。
僕は腰が抜けてその場に座り込んだ。
後でこの時のことを振り返る。人の思考って死に直面すると止まるんだ。何か安全弁のようなものなのかもしれない。
僕の中で時は止まり、静寂の時間が流れる。
がしかし、その物体の時は止まってくれない。
その物体は表面に幾何学模様の光を浮かび上がらせると、その幾何学模様に沿って空中で折りたたまれていく。
――――中から白い何かが現れた。
人? なのか?
その姿は、頭のてっぺんから足のつま先まで、白地に若草色の刺繍が施された外套を纏っているように見えた。顔は外套のフードでよく見えない。腰のあたりで何やらもぞもぞ動いているのが分かる。きっとそこにある「何か」で、これから僕を殺すのだろうと思った。思ってしまった。
――パサッ!
腰のあたりでもぞもぞしていた「何か」が地面に下りた? そして、それは外套の中から顔を覗かせた。
ん? 生き物?
一見それは黒猫だった。だが、よく見てみると三つ目で、背中から何やら翼が生えている。
黒猫の三つ目が僕を凝視する。まるで僕の中の何かを見透かすかのように…………。
「ジュベルベ」
「にゃ~じゃない!」っと思わず言葉が出そうになる。
「ジュベルベ」
黒猫が僕に何かを伝えようとしているのが分かる。
残念ながらその言葉? 鳴き声? 僕には理解することが出来なかった。
僕はそのことを伝えるために首を横に振る。他の行動は敵対していると思われそうなので行わない。
黒猫は外套の人に向き直り何かを話し始めた。それに応じるかのように外套の人がひとつ頷き、そして口を開いた。
「%&$#…………」
その声は優しくて、そして心地よい。
僕の意識は手のひらからこぼれていた。