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第10話 「今日は解散となった」


 「ジュベルベ」


 「おっ! 久しぶり。元気にしていたか?」


 仕事帰りにムギが飛んできた。ムギはこの町の領主であるヴェルーチカさんと主従契約を結ぶスピリット(精霊物)だ。


 「ジュベルベ」


 「ん? ヴェルーチカさんから連絡かい? ちょっと待ってな」


 僕はムギを頭の上に乗せた。


 目を閉じる。ムギからヴェルーチカさんの伝言と、僕がイメージするヴェルーチカさんの映像が送り込まれてくる。これがムギのクオタ(特殊能力)だ。中央の歓楽街でムギの仲間が活躍する理由が分かる。


 『カナデさん元気にしている? クオタの方はどう? 何か進展があればテアーナに伝えてくださいね』


 ヴェルーチカさんとはここしばらく会えていないな。また会いたい。


 『さて本題だけど、一つ頼まれて欲しいことがあるの。もう本人から聞いているかもしれないけど、半年後にテアーナは帝立第一学院に入学するわ。そこで、侍女のエスナと一緒に側付きで入学をお願いしたいの、カナデさんにとってもいい勉強になるはずよ、いいかしら?』


 帝立第一学院とは、その名の通り帝国が建てた学院で、貴族や平民を問わず十九歳になる年で強制的に入学させられる。費用は全て帝国持ち。これはテアナ帝国が軍事国家であるが故の徴兵制度を担い、入学後、学びながら軍務をこなす。優秀な成績を納めたものには平民であれ爵位が与えられる。逆に成績や素行の悪いもの、帝国に仇名す不穏分子はこの過程で退学させられる。爵位を持つ者であれば、それすら剥奪される。これは言わば帝国貴族の選抜であり、この制度のおかげでテアナ帝国は内側から腐敗せず、忠誠心の強い人材、ならぬ人財で組織されている。


 僕はヴェルーチカさん親子に今の生活保護を受けた恩義がある。それが少しでも返せるならと一つ返事で依頼を受けた。


 伝言の役目を終えたムギは、「ジュベルベ」と言いながら空へ消えた。ヴェルーチカさんに僕の返事を伝えるのだろう。


 ちなみに侍女のエスナだが、旅の途中でバンボラに襲われ、たまたま通りかかったトッコー先生に救出された過去を持つ。その時にご両親は残念なことに。身寄りの無いエスナをトッコー先生が引き取り、年の近いテアーナの侍女として教育され、今にいたる。


 そんなエスナの容姿はとても可憐だ。侍女服も似合っている。瞳の色はアクアマリンのような透明感のある青、ヴェルーチカさんほどではないが色白だ。手入れの行き届いた金髪を後頭部でひとつ括りにしている。


 それとエスナと僕との関係だが、実は先生と生徒だ。エスナにもトッコー先生同様にテアナ語を教わっている。はじめはエスナ先生と呼んでいたが、エスナから「名前で呼んでくれたら嬉しい…………」と言われたので、その通りにしている。先生だけど妹のような存在だ。


 誰に解説するでもなく、そんなことを考えながらの家路。気付けばいつもの木の前にいた。


 「今日もよろしくお願いします!」


 僕は木に向かって二拝二拍手一拝をする。


 最近はトッコー先生に格闘技も教わっている。いざという時の護身用だ。時に悪党からだったり、狂暴なスピリット(精霊物)からだったりだりする。


 僕はトッコー先生にいただいた、スニッカの皮で作った厚手のグローブを着けた。


 そして目の前の木を打つ、打つ、打つ。ただひたすらに打つ。自分の中のクオタが発現することを切望しながら…………。


■□■□■□■□■□


 帝国第一学院への旅路一カ月前――――


 いつもと変わらない朝が訪れた。


 体を洗い、朝食を取り、職場へ向かう。


 現地で開拓ギルドの職員と合流し、トッコー先生とテアーナに挨拶する。いつもの様に開拓作業に精を出す。


 今では腹筋や胸筋に名前を付けたくなるほど体が出来上がっている。トッコー先生には遠く及ばないが。


 そういえば先日、はじめて格闘技が役に立った。


 町には開拓ギルドだけでなく、冒険者ギルドもある。


 はじめはその響きに憧れたが、その実態は流れ者やお尋ね者の集まりだった。中には「二つ名持ち」の冒険者もいるが、そんな一流がこの辺境にくるはずもなく、大抵は前者だ。そんな奴らが馴染みの店で暴れていたので僕が取り押さえてやった。


 これもトッコー先生の訓練のおかげだ。あの威圧感、あの死と隣り合わせの緊張感、本当に死にそうになっても無理やりアポストロの能力で回復させられる絶望感。いつしか、そこらへんのゴロツキが可愛く思えるようになった。


 うん。僕はこの世界に来てからの1年と数カ月で心身ともに成長した。


 そんな物思いにふけっていると


 「バンボラ(機械人形)だ! みんなこっちだ! 避難してくれ!」


 声のした方へ振り返る。双眼鏡を覗く職員の一人が大声で叫んでいた。


 僕らは避難誘導に従って一か所に集まる。そんな僕らの目の前にはクオタ持ちのトッコー先生とテアーナが立つ。


 「…………」


 トッコー先生が口元をギュッと結び、両手を使って「大丈夫なので今は落ち着いて見守りましょう」というジェスチャーをする。


 「…………」


 バンボラが近づいて来た。七、八メートル先を横切る。


 この世界にきて初めて見た! あれがバンボラか!


 その容姿はまるでマネキンだ。頭部に顔はなく、表皮は銀色の材質で、金属特有の光沢を放っていた。


 「ケラケラケ」


 笑っているような音がする。後で聞いた話しだが、関節部が擦れている音らしい。不気味だ。


 バンボラの動きが止まる。


 皆に緊張が走る。ひょっとしたら「壊れバンボラ」かもしれない。


 バンボラは古代人が作った対神用の兵器だ。こちらから攻撃さえしなければ人を襲うことないのだが、稀に人の識別が出来なくなった「壊れバンボラ」が存在する。そのような場合は古代兵器を使役するブラッティナーイオか、帝国の一個小隊が対応に当たるのだ。


 少し離れた草むらで何かが飛び出した。あれは…………キクルクかっ!


 キクルクとは、このあたりに生息するイタチのようなスピリット(精霊物)だ。


 バンボラの顔が中央で割れる。中から機械と筋肉繊維むき出しのグロテスクな顔が現れた。バンボラがキクルクへ両手を差し出すように向ける。


 ――――瞬間!


 ズギューン! シャリシャリシャリシャリ!


 肘から下がキクルクに向かって凄い勢いで伸びた。シャリシャリいっていたのは、伸びたそれと上腕を繋ぐ筋肉繊維と金属が物凄い勢いで擦れている音だろう。


 キクルクは野生の勘で一つの腕を躱したが、避けたところでもう一つの腕に捕まった。ひょっとしたらそれもバンボラの計算の内だったのかもしれない。


 バンボラは、捕まえたキクルクをゆっくりと顔の前に引き寄せると、ムシャムシャと食べ始めた。途中ケラケラと例の音をさせながら…………。今晩の夢に出そうだ。


 食事をしたバンボラは、そのまま僕らを無視して平地の彼方へと消えていった。


 「ふぅ、今日の作業はここまでにしましょうか。みなさんゆっくり休んでください」


開拓ギルド長であるトッコー先生の一声で今日は解散となった。

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