第1話 「結成から四度目の夏を迎えていた」
僕の名前は 「西伯 奏」。
この4月に18歳の誕生日を迎えた高校三年生だ。
趣味はバンド活動。担当はギターボーカル。
転勤の多い父を持ったおかげで、僕は転校先で何度かイジメに遭い、人と関わることが苦手になった。
少し過去を振り返る。
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中学一年生の夏――――
このとき僕は鷹松市にいた。
そして、理不尽な理由からイジメにあっていた。
きっかけは些細なことだ。
転入早々、僕はやたらと圧をかけてくる女子の隣になった。
その女子に、興味を持てなかった僕の隠しきれない想いが、表情が、態度に出ていたのかもしれない。
気付けばその女子から嫌われていた。
…………今更ながらに思う。思春期の女子ほど怖いものはない。
その女子の陰口に尾ひれはひれがついて、気が付けばクラス中の女子から嫌われていた。
更に、そんな女子にいいところを見せたいバカ男子共からイジメのターゲットにされた。
どんなイジメかって?
例えば、突然目隠しされ口を開けろと言われ、口を開けたら「熱湯」を注がれた。
ただ、そんなイジメも半年後には収束していた。
掃除の時間の出来事だ。
その日のイジメは、僕に濡れ雑巾を投げつけ、それを拾って「カナデ菌だー!」っと言って投げ合うもの。
イジメをする側にとっては大した内容ではないかもしれない。彼らは暇を潰すためのイジリ程度にしか考えていないのだ。
――――だが、その日の僕の反応は「いつも」と違った。自分でも未だに理由は分からない。
気が付けば「カナデ菌だー!」と言っていた彼の頭を脇に収めていた。そう、ヘッドロックだ。
時間が止まる…………。
誰も動かない、誰も動けない。僕自身もだ。
この後の処理をどうしていいか分からず、僕は脇の彼に目で圧力をかけた。
これがプロレスの「ごっこ遊び」であれば、彼も簡単に脱出できただろう。人は想いもよらない出来事に動揺し、身動きが取れないものだ。
「ご、ごめんよ。放してよ」
彼はか細い声で僕の腕を軽くタップしながらギブアップを宣言する。
この状態の出口を模索していた僕は、安堵しながら彼を開放した。
そして周りを見渡す…………。
それまで下品に笑っていた女子があんぐりと口を開けて静止していた。彼らの頭に「仕返し」の文字は無かったのだろう。
それからというもの、僕へのイジメは途絶えた。
が、「ボッチ」にはなった。いや、「ボッチ」でいることを選択していた。
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中学三年生の夏――――
僕は相変わらず学校で「ボッチ」だ。
ただ、以前の僕とは違う。
そう、この時の僕には親友と呼べる友達が学校の外に出来ていた。
一人はご近所さんで、母親同士がお茶をする仲だ。
名前は「北宮 朝人」。
性格は温厚で天然、でも飽き性だ。
もう一人は彼の幼馴染で、名前は「子守 雄一」。
細身でひょろっとしている。彼の性格も温厚だが、朝人の事になると抜け目がない。また後で話す。
三人は学校が違えど、学年は同じで、気が付けばいつも一緒遊んでいた。
そんな僕らが、いま海風に当てられながら自転車を漕で目指しているは、防波堤の赤い灯台。朝人の学校課題「地域の観光資源調査」が目的だ。
立ち昇る積乱雲が僕らを見下ろす中、不意に朝人が叫ぶ。
「俺、ドラムやりたーい!」
この何の脈略もない唐突の叫びに、僕と雄一は顔を付け合わせて「またか」と思う。それが朝人の天然たるが所以であり、理由を訊いても「なんとなく」としか答えない。
まぁ、それだけならいい…………話しはここからだ。
重複して言うが、彼は飽き性だ。
以前にこんなことがあった、いや、これだけではないのだが事例として――――
人気ロボット漫画「女神の躯の物語」のジオラマ作りだ。
「なんとなく」の彼の号令で作り始めたジオラマは、三日と経たず打ち切りとなった。
朝人に訊いた打ち切りの理由は「塗装が面倒臭くなった」だっ!
その時に「ほらっ!?」っと見せられたのは、主人公が搭乗する半生物半機械のロボット「呪縛躯殻『眠姫』(プリンチペッサ・アッドールメンタッタ)」のあられもない姿。
「いや、『ほらっ!?』っじゃなくて、塗装の『と』の字もしてないじゃん! それにゲート(あのねじ切って下さいと言わんばかりの細いところ)のカッティングがパーツに残ってトゲトゲだよ!」
「うん、なんか組み立てたら満足しちゃって。それに塗装とか部屋中がシンナー臭くなるじゃん?」
僕はこの後軽く切れた。
で、誰に見せるでもなく、僕は一人でジオラマを完成させた。今でも僕の部屋の片隅で、漫画の一コマがリアルに再現されている。
あと、普段あまり怒らない僕が切れた理由にはもう一つあった。それは、このロボット漫画が「かなり」好きだったからだ。
特に「参百漆拾壱系隠密駆動型呪縛躯殻『夜ノ雷』(ユースティティア)」という漆黒の外観に、身の丈二倍はあろう紫電刀を振るうそれが好きだった。
そして、このロボットが繰り出す超必殺技奥義「刻一閃」も、シンプルなエフェクトにこそある「最強」がたまらなく好きだった。
更に、その搭乗者も好きだった。搭乗者の彼は、この物語の序盤で登場する主人公のライバルであり、主人公が想いを寄せる王女と密かに恋仲だった。
彼は、愛する王女を内外の争いから守るために、手を血に染め茨の道を進むのだが、志半ばで味方の裏切り遭い、この物語から消える……っと、この話しは長くなりそうなのでここまでにしよう。
ちなみに、朝人と幼馴染で付き合いの長い雄一は、朝人の「なんとなく」が続かないことを察知。約束していた一人一機のプラモデルを購入すらしていなかった。僕が「朝人の事になると抜け目がない」と言った所以だ。
話は戻る――――
朝人が地面に額を擦り付けてまで「どうしてもドラムがしたーい! お願ーい!」と言うので、雄一と僕は致し方なく一緒にやることにした。
ちなみに雄一は、簡単そうだからという理由だけでベースを所望。僕は残ったポジションでギターを担当することになった。
バンド活動当初は、朝人がドラムを叩きながら「ボーカルしたーい!」ということだったので任せたが、「なんか飽きた、歌詞覚えるのが面倒い」と例の如く言い始めたので、雄一と二人で朝人を説教した後に、僕がボーカルを没収した。
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そして高校3年生の夏――――
僕らのバンド「Tre bacchette rosse」は、自分で言うのもあれだが、一部のコア層に絶大な人気を誇るスリーピースバンドとして結成から四度目の夏を迎えていた。