第四話 「5月15日 さくらと忍び寄る“影” (後編)」
「なっ……これは……」
体育館に足を踏み入れた俺が目にしたものは、想像よりもはるかに恐ろしいものだった。
「……っ、来たか、晴翔!」
力先輩がこちらに向かって叫ぶ。交戦中なので息も荒い。そしてその目線の先にあったのは
「うええ、やめてよ……っ。お姉ちゃん……」
「放しなさい! それでもこの子の姉のつもり⁉」
もみじの首を掴み持ち上げているさくらと、槍を構えそれに対峙する鏡美先輩だった。
「あら、世界君。遅かったわね、さっそくだけどあの子を何とかしてくれない?」
鏡美先輩に認識されてから滑らかな命令。さすが部長だ。
俺は桜のほうを向くと強めに呼びかけた。
「さくら、お前どうしたんだ⁉ 妹の首根っこ掴むなんて!!」
「説得は無駄だ! 離れろ!」
「え?」
俺が再びさくらを見ると、なんと彼女は――黒いオーラのようなものを纏っていた。
「……っ! これってまさか」
「そのまさか“粒子汚染”だ」
木ノ原先生、今まで見えなかったが体育館の端のほうにいた。よく見ると戦ってないのに服が破けていたりで相当なダメージを受けているようだ。
「こいつを日が沈むまでここまで運ぶの、大変なのだからな。お陰でこんな感じだ。」
「そんな……」
俺は初めて体育館全体を見渡した。するとそこには、血を流して倒れている高跳と、首絞めから解放されて床に這いつくばっているもみじ、さくらと交戦中の先輩が二人。あまりにもひどい状況だ。
「どうしてこんなことに」
「おまえはもちろん“粒子汚染”は知ってるな」
「はい」
“粒子汚染”というのは“影粒子”が“能力粒子”に入り込むことによっておこる現象。それにかかってしまった者はその身体を“影粒子”に蝕まれ、挙句の果てにすべての“能力粒子”が汚染され――“影”と化す。そう、いままで俺らが倒してきた“影”のいくつかは能力者の成れの果てで、そいつらは元の“能力粒子”があって黒が濃くなる傾向にある。まあ、実際自然発生の場合もあるので正体が最後までわからないことも多い。そして、今のさくらはまさに“影になりかけている”状態だ。
「夕方、こいつが校門付近で縮こまっているのを見かけたんだ。その時すでに“影粒子”が見えたから、周りに危害が及んでしまう前にここに隔離しておいたんだ。ここはそれなりに耐久があるし、照明をつければ暗くなるのを防げるしな」
先生の判断は実に正しいものだった。実は“影”が闇に紛れてしまったらそこでゲームオーバーなのだ。 “影”は太陽がに西側に傾き始めてから活性化する。また、夕陽になるまで放置すると、昨日のように狂暴化してしまう。 “影”の発生は粒子の変異によって起きる為、一日に一、二回あるかないかだ。そして日が沈んだら“影”は闇に隠れて消えてしまう。そうなってしまうとそれはその一晩被害を出し続け、そして翌日再び現れる。つまり日が沈む時がタイムリミットであり、そうなってしまうとその日の稼ぎがなくなるほか、被害が拡大し、翌日単純に数が増えてやりずらいという悪影響が発生してしまうのだ。
そして今のさくらのような“なりかけ”が闇に紛れてしまうと、さくらが“影”になるまでの時間俺らは手も足も出ないわけで。すると翌日さくらは行方不明の扱い、俺らは再起不能の鬱エンドだ。それだけは勘弁してほしい。
「つか、汚染なんてめったに起こらないですよ。年に一、二回、さくらのような超能力者なんて特に」
そう、 “能力汚染”はかなりのレアケースであり、まず俺らのような“影粒子”の扱いに慣れている者はほとんどかかるはずもないのだ。
「そのはずなんだ、彼女が普通“影粒子”に負けるなんてありえない。しかし……」
先生はそれまで言うと一瞬黙り、そして倒れている二人、交戦中の二人、そして俺を見ると、意を決したように口を開いた。
「これは私の勝手な推理だが……その、もし彼女が“影粒子”に隙を突かれるような心境だったらどうかね?」
するとその時、ズキンと胸に何か鋭いものが刺さったような痛みを感じた。……俺のせいだ。俺が昨日あんなこと言ったから。さくらは傷ついて、そしてスキを突かれこんなことに。くそっ、俺が原因なのかよ!
今でも、先輩二人はさくらとやりあっている。現在鏡美先輩が“鏡”の能力で自身の分身を生成したことによってこちらの優勢だが、むこうは“治癒”の能力を使っているためダメージをほとんど感じさせない。さくら本体ではなくその周りの“影粒子”を取り除かなくてはいけないので繊細な攻撃を強いられる。俺も加勢しようとしたが、なかなか動くことができない。自分が足手まといになってしまう申し訳なさではない。さくらを余計に傷つけてしまうのではという恐怖が、俺の身体を縛り続けていたのだった。
そうこうしている間にも、さくらが纏うオーラの黒が、また一段濃くなっている。ゆっくりだがこのペースでは間違いなく彼女の“影化”は成功してしまう。
そしてその濃さは能力の強化を表しており、さくらの強さにブーストがかかっているのが見てわかる。実際に今彼女が放った弾丸は、今まで傷一つつけられなかった“鏡”を破壊したのだった。
「そんな!」
“鏡”が二つ三つと割られていくたびに減っていく鏡美先輩の分身。さっきまでやや優勢だった戦力差は一気に縮まり、そしてこちらが押され気味になった。
「ちっ、体育館には武器になるものが多いが、取り出すときに用具入れの闇に紛れちまう!」
力先輩は持ち上げる武器をホール内に探すが、やはり見つからず、だからといってさくらを落下させるわけにもいかない為、短刀を構えている。
「俺も、やっぱりやらなきゃ!」
俺は覚悟を決め、剣を握りしめた。するとポンと背中をたたかれ
「いってこい」
「……っ! はい!」
俺は駆けだすと先輩たちとさくらのあいだに割って入った。
「さくら、元に戻ってくれ! お前は妹に、先輩たちに、仲間にこんなことする奴じゃないだろ!」
声の限り叫ぶ。さくらに聞こえるように。
「晴翔! 何してる! 離れろ!」
「世界君、その手は効かないって……」
そしてやはり彼女に俺の声は届かず、それは威嚇しているつもりなのか、銃を上に向けてトリガーを引いた。パアン、と銃声が響き渡り、その瞬間、さくらのいたところが少し暗くなった。銃弾が運悪く真上にあった照明を破壊してしまったのだ。しかしその暗さはさくらの身を隠すには十分だったようだ。
「そんな、さくらが……」
最も恐れていたこと、さくらが闇に紛れてしまった。
「…………………くそっ!」
「………また、守れなかった、のね。私………………」
二人は冷静に、でも悔しそうにそれぞれの武器を消去する。二人は、あきらめたのだ。………………でも、
「俺、行きます」
「世界く………。⁉」
俺はその暗くなったところに飛び込んだ。さくらはまだここにいるはず、俺のせめてもの罪滅ぼしだ。そして俺の読みは当たったようで、俺はそこに少女のものと思われる柔らかな感触を感じた。まちがいない、これは
「さくら、いました!」
「は、晴翔! それ以上そこにいるな!」
「え?」
とたん、熱く焼けるような痛みに俺は襲われた。まさかこれ“影粒子”か⁉ “能力粒子”を持つものが“影粒子”に敵対されながらも触れると痛みを感じることは知っているが、ここまでにはならないはずだ。
「晴翔! 聞こえるか!」
木ノ原先生の声だ。いつもの何倍も締まっている。
「今のさくらはそれまでの成長の分急成長しているんだ! つまり発している“影粒子”はさっきとは比べ物にならないくらい勢いがある! そんなところにいたらお前まで犠牲になってしまう! 離れるんだ!」
「…………でも、離れてしまうともう、さくらは救えない」
俺に今離れるという選択肢はない。離れたら今もしかしたら「助けられるかもしれない人」が、「助けられたかもしれなっかった人」になってしまう。そんなのは二度とごめんだ。
俺は手を伸ばす。伸ばせば伸ばすほど痛みは強くなる。身体が溶けるような気分になり、手がただれてきているのを感じた。意識が何度も途切れそうになったり、口から血を吐きだしたり。ああ、きっとこれが収まった時にはもう俺は死んでるんだろうな。でもいまの学園には、都市には、サイキック部には、きっと“固有能力”が使えない雑魚なんかより“治癒”能力者のほうが必要だろう。最期にそいつを救えたなら、俺の功績はそんなので十分だ。
でも、心残りはもちろんある。大ありだ。第一ここで死んでしまったら、残されたさくらやサイキック部のみんな、それに璃々奈が悲しんでしまう。特に璃々奈なんてそん時に何をしでかすか分かったものじゃない。
それに俺は“目的”を果たしていない。こんなところで野垂れ死んじまったら、自分にも笑いものにされちまう。そんなの、自分でも許せないじゃないか。
「さ………………くら、目え覚ま…………せよ」
途切れそうな意識、原形をとどめているのか怪しい身体。それでも俺はようやく彼女の手を握ることができた。でもそれだけだ。ここから引くこともできないし“影粒子”が一番濃いせいでダメージ量も半端じゃない。しかし俺は何かを願い続けその手を握り続けた。自分でもなぜそこまで手に固執したか全くわからなかったが、暫く握り続けたそのとき、急にそこがまばゆい光を放った。そして、その後一瞬にして、さくらの周りを漂っていたあの気味悪い“影粒子”は、
――跡形もなく、消えてしまったのだ。
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「え? それはどういう…………そんな!」
ハルちゃんと別れて二時間ちょっと経ったとき急に入った連絡。それは
「晴翔君が…………瀕死の重傷⁉」
木ノ原先生からの電話だった。私と彼の関係を知っている彼女は、ことの経緯を簡単に説明した後、こんなことを話し始めた。
『ちょ、落ち着いて、今の容体は安定しているわ』
「でもっ、瀕死なのに安定って…………」
『今は無傷だから』
「は?」
『私にもわからないわ、さくらを取り戻した後ね、その時の彼は本当に見るも無残な姿だったんだけど、その後だんだんオート回復? みたいな感じになって』
「私にもよくわかりませんよ!」
瀕死の重傷が、一時間せずとも回復? そんな芸当、不可能……ではない。こんなことできる人、私一人だけ知っている。
「さくら、若葉さくら。彼女の能力が関係しているのですか?」
『でしょうね、でも彼女の意識はいまだ戻らないわ。そんな状況で“治癒”能力が使えるなんてことは』
「ありえませんね」
他人に使う能力は“自分の意思が相手に向いてないと”発動できない。どうやら話によると、ハルちゃんはさくらの手を握りながら戻ってきたようだ。でもその時すでにさくらの意識はなかったし、ハルちゃんの身体が回復し始めたころはさくらとすでに手を離していたらしい。さくら羨まし……とりあえず今最も有効な説は
「発動したのは、さくらの能力ではなく晴翔君の能力。あそこで彼の能力が発現した、と」
『ええ、その説が濃厚ね。でもあり得るのかしら』
「どうしてですか?」
『彼の能力が“治癒”なのだとしたら、どうやって彼女の“影化”を打ち消したのかしら』
確かに、さくらの“影化”はほとんど完了寸前までになっていたらしい。それは一能力者がどうこうできるレベルではない。すると浮かび上がってくるのは
「晴翔君の能力は“影化”を消し飛ばしてなおかつ“治癒”のような回復もできる。ってことですか?」
『そうなるわね。でもそれって一つの能力でできる事かしら?』
私たちが持つ“能力粒子”それには個人個人の能力の情報が入っているらしい。能力者が“能力粒子”を吸収すると入ってきた粒子はその人が持つ情報に書き換えられる。つまり私たちが持てる能力は原則的に一つのみ。二つ以上の能力情報を持ち合わせることはできない。
『でも、こんなことも考えられるわ。彼の能力自体“能力を複数持つことができる”というものかも』
「そんな複数能力持ちなんて」
『そうよ! こんな風にはしていられない! そんな能力が存在するなら、研究よ! 研究! 研究者の血が騒ぐわ……あ、とりあえず晴翔は無事よ。それだけだから!』
ツーツーと電話が切れる音がした。研究研究って……どこまでもあの人だ。まあその潔さが生徒に慕われるゆえんだろう。
「ハルちゃんは無事、か……良かった」
実際私もこの情報だけで満足だ。でも、それと同時に私に後悔が襲い掛かってきた。私がもう少しハルちゃんの隣にいられれば、きっと巻き込まれることだってできたはず。そうすれば敵のサイキック部と組むという奇妙なことになるのは置いといて私の能力でさくらを封じ、ハルちゃんが傷つかず収めることができたはず。
「本当につらいんだよ、ハルちゃんが傷つくの」
いつの間にか私の頬を涙が伝っていた。涙声になっているのにも気づいた。
「だから、これ以上ハルちゃんを傷つけない為に……」
生徒会長になった。壇上から全校生を操れる立場を手に入れた。
サイキック部を廃部に追い込んだ。ハルちゃんが危険に遭う確率を少しでもなくせるように。
なのに、彼はまた傷つき、倒れた。
「もうやめて……ハルちゃん。人のために自分を犠牲にするのは」
それでも私はハルちゃんを止められなくて、彼は今でも戦い続けていて。
だから、次の“生徒総会”で、私は
「元サイキック部員全員が能力を使えないようにする」
私は静かな決意を固めた。
“生徒総会”まであと41日
~続く~
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