第八話 「5月25日 “正義の翼(ジャスティス・ウィング)”後編」
「すべて……っ、奪い去ってやる!」
俺は、そう高らかに宣言した。しかし彼の言葉は相変わらず冷たいものだった。
「君ごときがいくら戦ったって僕に勝てることはないんだ。さあ、正義のもとに滅べ!」
翼は手始めに羽ばたき、俺に向かって石や砂埃を飛ばす。俺はそれを耐えると回り込むように移動した。俺の能力が“能力を奪う”能力なら、さくらやまなるさんの時のようにしばらく彼の手を握ることで、その“翼”と“正義”の能力を一気に奪い取れるかもしれない。そうなれば彼は剣を振るしか攻撃方法はないはず。
そこまで持っていけば、俺の勝利は確実だ。でも
「(そこまでどうやって持っていくんだ?)」
倒し方は見つかった。勝利条件も。でもそこまでの手順がわからない。奴の能力は近寄るものを許さない。そして“直撃加速”だって飛ばすものが石だと効かない。羽ばたきで勢いが消されてしまう。そうなると出来るのは近接攻撃のみ。そんなのは無理に決まっている。しかも俺がダメージを受けると、オート回復することで粒子も常に消費されてしまう。だからなるべく傷を負わずに、手を握るところまで行かなきゃいけない。
「(俺の能力じゃ、そこまでの事なんて……)」
「ほら、がら空きだよ!」
「っ!」
こいつ、飛んで来やがった! 一瞬にして背後に回ってきたそいつは、もう一度羽ばたきで風を起こし、今度は俺を吹っ飛ばした。
「がっ……っ」
俺は受け身を取るものの、間に合わず、無様にも転げてしまう。そしてまた“治癒”が発動し、俺が負ったけがを一瞬で治していく。それはいいのだが……
「……っ、立ち上が…………れ……」
「やはり、君の自己回復は勝手に発動するんだね。つまり君が傷を負うたびに粒子が勝手に消えていくと」
くそっ、見破られた! しかも、だんだん足に力が入らなくなってきて、立ち上がりづらくなってきた。粒子が枯渇するってこんな感じなのか……。いままで武器の生成ぐらいしか使ってなかったからこんなにもつらいとは思わなかった。しかも更に使っていくと身体が消滅してしまうなんて、恐ろしいこった。
「つまり、君に対して継続的にダメージを与えていくと、いずれ消滅するわけだ」
翼がそう言いながら俺に近づいてくる。俺は立ち上がってもなかなか走り出せない。このままじゃ……
「でも、僕にとっては君を消滅させるより、君の身体があるまま死んでもらったほうが好都合なんだ」
「なんでだ……?」
「君の死体を証拠にすることで更に信ぴょう性が増すからね。まなるを殺した証拠に、君の“能力粒子”を、そしてそれをサイキック部や武笠学園に突き出すんだ。だから君の身体やそこに含まれている粒子は役に立つんだよ、僕の“正義の証明”にね」
…………は? つまりこいつは自分の“正義”のために俺の身体を、粒子を利用するってことか? わざわざ俺を殺して。くだらない。
「ってか、そうするとお前が俺を殺したことも公になるじゃないか? そんなことになるならお前ももれなく犯罪者だぞ!」
「………僕の殺しは容認されているんだよ、残念ながら」
「でも、周りからの目とか」
「大丈夫、都市の上部が隠蔽してくれる」
そう、淡々と答える彼に、俺はうつむき、聞きたかったことを話すことにした。
「…………そんなことで“正義”といえるのか?」
「……っ」
動揺している。やはりこれが彼のツボか。
「気付いているんじゃないか? それは“正義”なんかじゃないって」
「う、うるさい!」
翼は俺の胸の前に剣を突き出す。
「そう、だから君の能力が発動しないように、一瞬で致命傷を与えればいい。例えば、このように君の心臓か脳を一突きすることで能力を発動できないようにすればね」
確かに“治癒”に死者蘇生の力はない。あくまで生きている者に対してしか効果を発揮できない。つまりこのまま絶命すれば、そのままゲームオーバーってことだ。
「本当にいいんだな? …………お前の“正義”なんてそんなものだったんだな」
俺は、彼の信念を確かめるように、問いかけた。
「うるさいうるさいうるさい! キサマに、僕の何がわかるというんだ!」
「ああ、痛いほどわかるよ」
きっと、彼にとっての“正義”に対する心は本物だ。それは正義翼という人間を構成する最大の要素と言えるまでに。そして彼の“正義”への執着は、俺の“目的”に対する思いと重なるところがある。そう思ったんだ。だから、今の彼のゆがんだ心を、ゆがんだ“正義”を。彼が過ちを犯してしまう前に正さなければいけない。
いつの間にか、俺はサイキック部や学園よりも、彼の考えを正すほうに重要さを感じた。
「お前の、信じた“正義”はなんだ?」
「…………」
「人殺しなんて、正義側がするものじゃないだろ?」
「…………」
よし、このまま和解までもっていけば。
「だから、もうやめに」
「…………こうするしか、ないんだ。」
「は?」
「悪には……制裁が、必要なんだ! 処刑しなきゃ、正義じゃないんだ!」
「ほんとは違うと、もうわかっているだろ?」
「…………っ!うるさい、僕を惑わすな! 死ね!」
翼はそのまま俺の胸に剣を突き刺す、震えたままの手で握った剣で。
「…………迷いをのせた剣なんかで、俺は殺せねえよ」
俺は生成した剣でそのまま受け止め、いなした。そのままよろめいた翼に向かって俺は手を伸ばし、
「これが、答えだ!」
両手を、俺の両手で包んだ。
「キ、キサマ!」
翼は“翼”を羽ばたかせる。そしてだんだん上昇し、暴れ、俺を振り落とそうとする。でも俺は掴み続けた。逃さないように。しっかり、決意の固さを見せつけるために。
「お前の、ゆがんだ考えも、間違った“正義”も! 全部全部!」
「やめろお!」
「俺が、奪い取ってやる!」
その瞬間、光りだす二人の両手。
「なっ……」
「きたあああ!」
俺は左手を離し、落ちていく。そして、翼も“翼”を失ったことで俺よりも後に落ちていく。
「させるか!」
俺は地面すれすれで“翼”を発動すると、空中で翼をキャッチし、ゆっくり着陸した。
「はあ……はあ……死ぬかと思った」
「…………なぜ、助けた」
「俺がお前を殺す意味なんてないからな」
翼は、「そうか」と一言いうとそのまま…………俺を殴り飛ばした。
「ぐはっ…………どうして…………」
「…………僕が君を殺す理由はまだあるから、かな」
しまった。俺は油断していた。うっかり説得したと勘違いしていた。そうだ動揺させただけだった!
「でもっ、お前に決定打はないはずだ! 今の俺なら、出力を抑えた剣で無力化でき……る……?」
「これが、何か分かったみたいだね。…………なるべく、使いたくなかったが」
彼が懐から取り出したのは、銃だった。そして彼はそれを近くの鉄骨に向けって発砲した。
「それは…………実弾⁉」
「そうだ」
間違いない。明らかにさくらのものとは違う。でもそんなの
「学生が! いくら警察の代わりでも、持っていいものじゃない!」
「ああ、そうさ。これは本来、特別警察委員でも所持禁止の代物だ」
「じゃあ、なぜ…………」
俺はその時、突如寒気に襲われた。今までの会話から、そして急に出てきた銃器。それが意味するもの。もしかしたら俺は、いやサイキック部はもしかしたら。恐ろしいものに目をつけられているかもしれない。
「これは、都市の上層部から与えられた僕の“力”さ。さすがにこれまで奪うことなんてできないだろう?」
「上層部…………」
まじかよ……っ、こいつがこんなものを直接上層部から与えられたものだとすると。つまりこいつは初めから調査なんかじゃなくて、本気でサイキック部を粛清するために上層部から送り込まれてきたってことか⁉
「そうさ、もともとこうするつもりだったのさ。僕に課せられたミッションはこんなものさ…………『サイキック部とそれを支援するものすべて粛清しろ』と」
「しょっぱなから、殺すつもりだったのか」
まなるさんは、単なるきっかけに過ぎなかった。という事か。
「そういうことか。でも、そう来るといよいよ“正義”なんて一文字もなくなるぜ?」
「ああ、だからいままでこれを出し渋ってたんだよ。でも、君のお陰で気付くことができたんだよ」
「君に語られるくらいの“正義”なんていらないってね」
彼は、銃に弾を込め、先を動けない俺に向ける。俺はもう動くことなんてできないくらいには、疲弊と粒子の枯渇が響いていた。
「さよなら、まさかまんまとはめられるなんて思わなかったよ」
そして銃口を頭に向けるとトリガーを引いて…………バン! と発砲した。…………全然関係ない方向に。…………そしてその目は、赤く光っていた。
「まさか!」
俺が振り返るとそこには…………
「ハルちゃん! よかった…………」
幼馴染生徒会長の王野璃々奈の姿があった。
「どうしてここに…………」
「それよりも!」
彼女はその指を翼の手のほうに向けた。
「銃を! 早く奪って!」
「お、おう!」
俺は彼の手の中にあった銃のほうに一歩ずつ歩み寄ると、それを取った。そして後ろに少し下がると璃々奈に合図する。それと同時に翼の目が黒に戻った。
「ん? 僕は…………ああっ! 銃が!」
「それはここだ」
俺は翼に銃口を向ける。ちなみに弾は投げ捨てた。
「っ! …………どうして!」
「…………特別警察委員1006号隊員、正義翼。どうゆう事か説明しなさい!」
そして璃々奈が圧をかけながら翼に声をかける。翼は急に現れた生徒会長と今起こったことに対しての驚きを隠せないのか、固まったまま動かない。
「あなたと……、都市上層部について。すべて話してもらうわよ☆」
となんかこのシリアス時に少しおチャラけた後、璃々奈は俺のほうを振り返りウインクした。
“生徒総会”まであと31日
~続く~
次回は今日夜ごろ!
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