表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダイヤモンドの向日葵  作者: 水研歩澄at日陰
明姫月高校野球部の始まり
9/56

第2話 出会い


「へぇ〜、栞李はブルーホールズのファンなのか~」

「うん。まあ、地元がその辺りだったから」

「そうなんだ! ちょっと遠いね」

「そうかもね。ここからだと」


 初日の学校ガイダンスを聞き終えた2人は、部の説明会があるという野球部の部室へと歩を進めていた。


「ワタシはレッズ!キャッチャーのサトミちゃんが好きなの!」

「へー……」

「もーさ~!! こないだ見に行った試合でも大活躍だったんだよぉ! 大事なところでバシッと盗塁刺して、終盤のチャンスでホームラン打ったんだよ!?」

「うん。確かにいいキャッチャーだよね、あの人」

「おお~っ! なんかその言い方カッコイイ! 経験者ならではって感じだよね~」

「そうかな?」

「そうだよ! ね、栞李みたいな経験者が入ってくれれば弱いチームも強くなるかもしれないよね!」

「まだ諦めてなかったんだ……」

「トーゼンっ! 入ったからにはワタシはこの学校で全国目指すよ!」

「いや〜、そんな簡単じゃないと思うよ」

「そうなの?」

「うん。今の女子高校野球は“ランキング”に入ってないような学校は勝ち負けより好き嫌いでプレーしてる子が多いみたいだし」

「そういえば、その“ランキング”ってナニ?」


 さも共通認識のように話してしまったが、彼女がまだ野球に興味を持って数ヶ月であったことを思い出し、自身の発言に注釈をつけた。


「女子高校野球勢力(パワー)ランキングって言って、『女子高校野球(JKBB).com』ってWebメディアが各大会前に出してる全国上位50校のランキングがあるんだよ。だいたいその前の全国大会に出てた40校と、全国(ソコ)まで勝ち上がれそうな見込みのある10校が順位付けされてるんだけど、全国ベスト8とかになるとほとんどランキング通りの面々になってるんだよねぇ……」

「ナニソレ未来予知!?」

「うーん、予知……というか、そのランキングのせいで上手い子たちがみんな強豪校に進学するようになってるから因果が逆というか……」


 縁遠い世界の話に首を傾げる実乃梨に対して、栞李はできる限り噛み砕いた言葉で言い直した。


「要はそのランキングが強豪校の入学案内(パンフレット)みたいになってるから、毎年リスト入りしてるような強豪校(トコ)だとベンチ入りメンバーのほとんどが中学時代の全国経験者だったりするの。ランキングに入ってる学校とそうでない学校とじゃそれだけ戦力に差があるんだよ」

「えー! なんかそれちょっとズルくない!?」

「仕方ないよ。そういう子たちはみんな、プロになるためにプレーしてるんだから。ランク校にいるかいないかじゃ注目度が全然違うからね」

「う〜、ワタシたちの新入生にもいないかなぁ、“ゼンコクケイケンシャ”!」

「……さあ、どうだろうね」


 そんなことを話しているうちに、2人はまだ誰もいない野球部グランドの裏に着いていた。


「着いたけど、説明会までまだだいぶ時間あるね」

「そうだね」

「じゃあほら! 先に着替えてさ、キャッチボールしてようよ! 今ならグランド誰もいないし! 使い放題じゃない?」

「いやいや、勝手なことするのはやめといた方がいいんじゃ……」



「────あああああああアぁぁッ!?」



 突拍子もない実乃梨の叫声が栞李の忠告を真上から塗りつぶした。


「ど、どうしたの?」

「ジャージ……教室に忘れてきた!」


 けれど、その時の実乃梨の口まわりがあまりにだらしなく緩んでいて、栞李は堪えきれずつい息を漏らしてしまった。


「ふっ! ぷふふっ! 初日から?」

「あーもー! 笑わないでよ~」

「ごめんごめん……ぷっ! ふくくくっ」


 際限なく溢れてくる笑みを必死に手のひらで覆い隠す栞李にむくれながら、実乃梨は校舎へと踵を返した。


「とりあえず教室まで取りに戻るよ」

「私もついてこうか?」

「むー、いい! すぐ取って戻ってくるから栞李はそこで待ってて」


 それだけ言うと、実乃梨は1人軽い足取りで校舎の方へ駆けていった。


 1人残された栞李は未だにこみ上げてくる可笑しさを何とかこなしながら、風に揺られる桜の枝木を傍観していた。

 どこからか金管楽器(ブラス)の音が聞こえる。眠気を誘うのどかな春風には、ほんの少し潮の香りが乗っていた。


 部活動紹介の冊子に書かれている集合時間まではまだ30分近くある。というのも、毎年この時間帯は校舎の出口から南門にかけて各部の上級生による新入生争奪戦が行われているらしい。

 栞李は実乃梨に引っ張られていの一番に校舎を飛び出してきたためにその勧誘隊とはほとんど出くわさなかったが、そもそも最初からまっすぐグランドに向かって来る生徒なんてそうはいないはず。


 ちょうどそんなことを、考えていた時だった。



「────ねぇ」



 冬の夜風のような涼しげな声が、無礼なほど強烈に栞李の注意を引っ張った。


「アナタも野球部希望なの?」


 そこにいたのは、まるで芸術の世界で生を受けたかのような少女。

 まっすぐ肩の上まで伸びる艶やかな黒髪に、くすみのない月白の肌。歪みくねりのない鋭く整った目元。しゃんと背を張るその立ち姿は、人目の届かない高地に背を伸ばす一輪の麗花のようだった。


「……えっと」


 その少女は美しくもどこか儚げで、少しでもうかつに手を伸ばせばガラス玉のように一瞬で割れてなくなってしまいそうな、そんな張り詰めた空気をその身にまとっていた。


「……? どうかしたの?」

「え? は、ぁあ。はい! そうです……って、あれ? アナタ()?」


 そんな少女に瞳の奥を覗き込まれ、一瞬胸が飛び跳ねる栞李だったが、彼女の胸に新入生用(自分と同じ)コサージュを見つけて、少しばかりの冷静さを取り戻した。


「アナタ()ってことは、アナタも新入生……ですよね?」

「そうだけど……どう見えてたの?」

「いや、一瞬先輩かと……」


 そんな慌ただしい様子の栞李を見つめていた彼女は、不思議そうに小首を傾げた。


「大丈夫?」

「え……ううん。うん。大丈夫」

「そう。ならよかった」


 そんな栞李を落ち着かせようとしたのか、少女は特に前触れもなしにほろりと頬を緩めた。

 問答無用で言葉を奪われるようなその笑顔は、爽やかで清涼な香りがした。


「ねぇ、少しだけ付き合ってよ」

「ぇ?」


 そう言うと、彼女はまたいたずらに表情を変えた。


「────キャッチボール。しよ」






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 結局、栞李は彼女の言葉に流されるまま、足跡ひとつないまっさらなグランドに立っていた。使い慣らされた薄橙色のグローブを左手にはめて。


「アナタ、ポジションは?」

「えーっと、サードとか……ショートとか?」

「そう」

「そっちはピッチャー? なんとなくフォームがそれっぽいけど」

「うん。投げるの以外、やったことない」


 彼女は栞李とは逆の右手にグラブをはめていた。つまりは左投げ、サウスポーだった。

 肩慣らし程度の緩い球を交わしながら塁間程度まで距離を広げると、不意に彼女が大きく一度左腕を回した。


「じゃあ、そろそろ少し、強く投げるよ」

「あ、はい! うん! どうぞ……」


 栞李が大きく右手を上げて答えると、彼女は大きく息を吸いながら右脚を引いた。


「ふぅ……」


 彼女が投球フォームに入ったその瞬間から、栞李はその挙動ひとつひとつにはっきりと目を奪われた。


 頭上へ高々と両手を持ち上げるシルエットから勢いよく右脚を振り上げる。流れるような体重移動から繰り出される彼女の細い左腕が大きく、強くしなる。

 力感のない美しいオーバースローから放たれた白球は、穏やかな桜風を切り裂いて栞李のグラブへまっすぐ伸び上がるような軌道を描いた。


「たッ……!!」


 その1球を受けた瞬間、栞李の手のひらを雷に焼かれたような重い痛みが走った。けれど、手のひらを伝うその鮮烈な痺れすらどこか心地よくて。


「すごい……」


 瞬間、栞李の腹の底からこれまで覚えたことのない不格好な衝動が噴きだした。

 その感情はあまりに大きく、栞李がこれまで出会ってきた言葉に押し込もうにも、とても叶いそうになかった。


「どうしたの?」

「あ、いや。なんでもないよ!」


 呆然としていた栞李が彼女の声でようやくボールを投げ返すと、間をあけることなく彼女の放つ白球が自然の荘厳さを感じさせるような美しい直線軌道を描く。

 2度、3度と……何度受けても、その1球は新鮮な痛みと衝撃を栞李へと押しつけてきた。

 それ以上、その瞬間に吸い込まれるのが怖くなって、栞李は咄嗟に口を開いた。


「そ、そういえば名前なんだっけ? まだ聞いてなかったよね」

「うん。いつになったら聞いてくるんだろうって思ってた」

「それは、その……ごめん、なさい」


 どうも彼女を相手にするといつも以上に言葉が出てこない。自分でも笑ってしまうほどに喉の奥が乾燥していた。


「私はリオナ。倭田(わだ)莉緒菜(りおな)

「私は末永栞李。よろしくね」

「うん。よろしく」

「…………えーーっと、すごいいい球きてるけど、莉緒菜ちゃんもしかして中学の時結構強いチームにいたりした?」

「ううん、全然」

「そっか。ごめん」

「うん。別に」

「…………そ、そーいえば、今何分くらいかな〜? 私は友達にガイダンス終わってすぐに引っ張って来られたから割とすぐここまでこれたんだけど、その友達が忘れ物したって教室行ったきり帰ってこなくてさぁ。今頃他の部の勧誘に捕まってるのかな~なんて……」


「────ねぇ」


 アテもなく沈黙を塗りつぶすだけの栞李の言葉を、唐突に少し曇った莉緒菜の声が遮った。


「な、なに?」


 その刺すような声音と眼色に直接心臓を握られたような心地がして、栞李は思わず息が詰まった。


ちゃんと(・・・・)投げて。さっきからアナタの球、ぐにゃぐにゃ曲がってる」

「え、ああ、ごめん。私、縫い目に指かけて投げるの苦手で……」


 その言葉を聞いた途端、莉緒菜の眼差しが白くくすんだ。


「どうして? 指、ケガでもしてるの?」

「いや、別にそういう訳じゃないんだけど……昔ちょっとマメ潰しちゃって。それから何となく癖で」


 そう口にしている間、栞李は目の前の彼女の顔を直視することができなかった。


「それに私は莉緒菜ちゃんみたいにピッチャーじゃないしさ、これでも別に……」


「────アナタ、野球好きじゃないの?」


 そんな栞李に返ってきた一声は、これ以上ないほど直線的で、それ故に避けようのないものだった。


「そ……んな、こと」


 ──ない。

 そう言い切ってしまえれば、この場は丸く収まるであろうことは栞李にだってわかっていた。けれど、そこから先を言葉にしようとすると何かが喉元につっかえて上手く口先まで出てこない。

 栞李が黙りこくっている間に、彼女はそのすぐ手前にまで歩み寄っていた。


「ありがとう、付き合ってくれて」

「……っ」


 栞李の目の前で足を止めた莉緒菜の瞳は、もう最初の時のように優しく輝いてはいなかった。


「あ、ちょっと待っッ……!」

「おーい、お待たせ〜! ごめんね~待たせちゃって。実は校門ら辺で他の部の勧誘に捕まっちゃってさ~」


 まるで図ったかのようなタイミングで現れた実乃梨と入れ替わるようにして、黒髪の彼女は無言のままグランドを去っていってしまった。


「はぁぁぁ……」

「あれ? どうしたの栞李、そんか深いため息ついて。というかどちら様? 今のキレーな子」


 実乃梨のきょとんとした表情に見つめられて、栞李の両肩から緊張の膜がきれーに剥がれ落ちていった。


「別に、なんでもないよ……」

「そお? あ、そろそろ説明会始まるってさ! いこ! 栞李!」

「はーい……はぁ。実乃梨ちゃんはいいよね、可愛くて」

「ん? ありがと!」

「やー、別に褒めてはないかな」



 作中で分からない野球ルール、用語等ございましたらTwitter、コメント等で気軽にご質問ください。


 私に分かる範囲でお答え致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ