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ダイヤモンドの向日葵  作者: 水研歩澄at日陰
明姫月高校野球部の始まり
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第46話 “エース”の宿命



「────ストライーク! バッターアウッ! チェンジ」



 後続の9番打者を三振に取ってイニングを終わらせた後も尚、蘭華の司令塔大矢優姫乃は末永栞李の(逆転打を許した)打席の違和感を拭いきれずにいた。


 あの打席、確かに2ストライク目まではバッテリーの思惑通りに進んでいた。直前の誘い球を含めてスイングする気配すらなかったはずなのに……あの一球、いくら前の打席で同じ球を見てるとはいえ、その打席のファーストスイングで陽野涼の絶対的な決め球(チェンジアップ)を完璧にとらえられた。

 そんな芸当ができる選手は全国でも数える程しかいないだろう。とはいえ、他の球種に対する反応を見る限り彼女が全国有数の(それに該当する)打者とも思えない。


 となれば、残る可能性は彼女が天性の落ちる球(オフスピードピッチ)キラーであった可能性。


 確かな選球眼と卓越した野球IQでカウントを稼ぎ、追い込まれてからも相手の決め球を仕留める技術を持ち合わせた待球型打者(アンティルヒッター)


「…………なんだ。ただの良い選手じゃない」


 ようやく末永栞李という打者の全貌を捉えた優姫乃は、恨めしそうにそう呟いた。






「────しおりぃぃっっッ!!」


「おわっ……!?」


 他方では、殊勲の一打を放った少女がベンチ前で改めてチームメイトの祝福を受けていた。


「ちょ、実乃梨ちゃん? くるし……」


 真っ先に栞李に飛びついた彼女は、胸の内で力いっぱい親友を抱き締めていた。


「ごめん。ワタシ、余計なことしてたかもって……栞李の意思も聞かずに無理やり付き合わせてたかもって……」


 明朗快活で人懐っこい普段の彼女からは想像できないほど、栞李の耳元で呟かれる声は弱々しく震えていた。

 きっと、打席に入る前に栞李が感情的になって発した言葉の節々が知らず知らずのうちに優しい彼女を傷つけていたのだろう。


「……ううん。私こそごめん。実乃梨ちゃんがあの日、私を引っ張ってってくれなかったらきっと今日ここにはいなかっただろうから」


 だからせめて、ありったけ素直な言葉を選んだ。今この瞬間の想いが誤解なく伝わるように。

 だが、栞李がその返事を待つ暇もなく、菜月と伊織が後に続いて2人の背中に飛びかかってきた。


「栞李ちゃーーん!! スゴいよ! 本当に、ナイスバッティングだったよぉ!」

「ホンッットーーにスゴかったぞ! 2球で2ストライク取られた(追い込まれた)時はもうダメかと思ったけど、よくあのチェンジアップ打てたな!」

「ねーーっ! 私なんてカスりもしなかったのに!」


 試合終盤の大逆転劇に興奮冷めやらぬ様子の2人の背後で、明姫月の主将がぱちんと手を鳴らした。


「2人とも。仲間の活躍が嬉しいのは私も同じだが、今はまだ試合の途中(6回)だ」


 一声でチームメイトの注意をくまなく攫った彼女は、まっすぐスコアボードを指さした。


「あと2イニング……守り切って最後にまた、皆で笑おう!」

「そう、だよね……うん!」

「あと2イニングで勝てるんだもんな。全国7位の強豪に」

「ワタシたちが、あの(・・)蘭華に……」


 2人の表情が緊張感を取り戻したことを確認すると、沙月はベンチ前にメンバーを集めて円陣を組んだ。


「良し。勝とう、この試合。今ここにいるこのメンバーで」


 ひとしきりチームメイトの顔を見渡してから、颯爽と声を張り上げた。


Lets GO(レッツゴー) Girls(ガールズ)!!」

「『|YEAAAAAAAAAH《ヤ──────ッ》!!!』」


 主将の清々しい煽り文句を受けて、明姫月ナインは勢いよくグランドへ駆け出していった。

 その最後尾からグランドへ向かう栞李の元に、自分事のように誇らしげな表情(かお)をした莉緒菜が歩み寄ってきた。


「きっとこうなるって、信じてた」

「…………まあ、今回は私もその過剰気味な自信に助けられたよ。ありがと」

「そう。良かった」


 拳を合わせるでも手を握るでもなく、ただ隣り合ってグランドへ足を踏み出す。それが今この瞬間の2人にとって最も心地よい居場所だった。

 肩を並べて白線を踏み越えようとする2人の背中を、馴染みの明朗な声が呼び止めた。


「倭田さんっ! 栞李っっ!!」


 振り返ったそこにいた少女は、これまで通りの無垢な笑顔を浮かべて2人に両の手のひらを差し出した。


「あと2イニング、頑張れっ!!」


 含みのないその笑顔は、張り詰めた緊張までをも溶かしていくようで。


「ありがとう! 実乃梨ちゃん」

「うん。まかせて」


 2人はそれぞれ、力強くその手を叩いて白線の向こうへ、心歪むような勝負の舞台へ駆け出していった。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「さあ、越されたものは仕方がない。最後に抜き返せばいい」


 明姫月ナインが活気づく他方で、蘭華の面々は逆転を許したとは思えないほど冷静な表情で指揮官の言葉に耳を傾けていた。


「シンプルでいい。ストレートか、スライダー。どちらかに絞れ」


 試合終盤、1点ビハインドの展開でも名将の眼に淀みはなかった。


「お前たちも心得ているだろうが、この回からは3巡目(・・・)だ。あの投手のストレートもスライダーも、もう全員一度は打席の中で見ているはずだ。この状況ではあの捕手とて迂闊に同じ球種を続けられないだろう」


 スコアの上では明姫月がリードしているものの、そのリードも限りなく脆い薄氷の上に乗っていることを大柿紫は目敏く見抜いていたのだ。


「駆け引きに応じる必要もない。こちらは堂々と得意な球だけを待っていればいい」


 その瞬間にふと、大柿紫はマウンド上の彼女へ憐れむような視線を送った。


 彼女が入学した先がパワーランキングに数えられるような強豪校であれば、間違いなくこのイニングでマウンドを降りていただろう。レギュラーが半分しかいないとはいえ、蘭華の打者たちを相手にたったの2球種で2巡目まで2失点で抑えてみせたのだ。胸を張って中継ぎ(リリーフ)に後を託せる結果だろう。


 しかし、明姫月のような弱小校では勝手が異なる。どれだけ腕に疲労が蓄積していようと、手の内を全て晒した状態であろうと、|前の打席で本塁打を打たれてる相手・・・・・・・・・・・・・・・・に打席が回ろうとも、彼女以上に優秀な中継ぎ(リリーフ)がいなければマウンドを降りる訳にはいかない。


 それ故に彼女(エース)たちはいつだって、試合に敗れるその瞬間までマウンドの上に立ち続けなければならない。チームの命運を背負った彼女たちが最後に力尽き涙を流す姿を、歴戦の将はもう幾度となく目にしてきた。


「さあ行け、お前たち。“エース”にとって3巡目(この先)は地獄だと教えてやれ」

「『はい!!』」


 確信に満ちた頼もしい言葉に背中を押され、このイニングの先頭、1番打者の(おおとり)ひしろが打席に向かった。


「プレイっ!!」


 彼女は元来ストレートなどの速球系よりも、横曲がりの変化球を得意としていた。この試合でも初見で莉緒菜のスライダーに対応してみせたように、曲がり球を打つことに関してはチームでも上位の選手だった。


「んッ!」


 その事を知ってか知らずか、明姫月バッテリーが選んだ初球はストレートだった。


「ストライーク! ワン!」


 それを素っ気なく見逃し、1ストライク。

 スイングに行く素振りを見せなかったことで、明姫月バッテリーには迷いが生まれたはず。前の打席でとらえられたスライダーを勝負球には使いにくいはず。となれば、まだカウントの浅い次の一球にスライダーを選ぶ可能性は高い。


「んんッ!!」


 しかし続く一球も鳳ひしろの予想を裏切り、白球はまっすぐ本塁の上を通過していった。


「ストライク! ツー!!」


 さすがに、2球続けてゾーン内にストレートを通されたことは鳳ひしろにとっても想定外だった。

 想定外ではあったものの、ここでストレートを意識してしまってはそれこそ相手の思うツボ。大柿紫が口にしていた通り、ここまでストレートもスライダーも打席で軌道を確認している相手にこれ以上同じ球を続けることは相当のリスクを伴う。次こそ間違いなくスライダーでスイングを誘ってくるはず。それがもし甘いコースに入ってきたら迷わず叩く。それ以外ならファールにすればいい。

 彼女は思わぬ事態にも怯むことなく、冷静に状況を整理して3球目を待っていた……はずだった。


「んんんッッ!!」


 倭田莉緒菜の投じた白球は清々しいほどまっすぐな軌道でゾーンに侵入してきた。



 ────キッ!!



 その投球は、最後まで落ちも曲がりもせず。

 3球続いたストレートに押し込まれ、白球は力なく宙へ上がった。


「オーライ! まかせてくださいっ!」


 無謀と紙一重の強気な配球で打者をねじ伏せた倭田莉緒菜は、マウンドの上から悔しがる打者の顔を不躾に見下ろしていた。



「…………クソっ」



 高々と舞い上がった白球は特段の苦労もなくメイ・ロジャースがグラブに収めた。



「────アウト!」




 作中で分からない野球ルール、用語等ございましたらTwitter、コメント等で気軽にご質問ください。


 私に分かる範囲でお答え致します。

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