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ダイヤモンドの向日葵  作者: 水研歩澄at日陰
明姫月高校野球部の始まり
17/56

第10話 『原石』


「はい! みんな注目〜。ナツキ先輩との協議の結果、今日の試合のスタメンはこんな感じでいくことになったよ〜」


 そう言って葵が掲げたメンバー表には、やはり倭田莉緒菜の名前が記されていた。


1(二)メイ・ロジャース

2(遊)小坂 遥香

3(一)川神 沙月

4(中)明山 伊織

5(右)緋山 菜月

6(左)芝原 あやめ

7(捕)津代 葵

8(三)末永 栞李

9(指)猪口 舞花

P. 倭田 莉緒菜


「やったぁ! 今日もハルカ先輩のと〜なりっ!」

「はりきり過ぎてケガしないようにね、メイ」

「よ〜〜っし! アタシも初日から思っきしかっ飛ばしてくぞ!!」

「イオちゃんも……無茶はしないで、ね?」


 それぞれがそれぞれの反応を見せる中、栞李だけが未だ、どうにも煮えきらない表情をしていた。


「おおっ! 栞李いきなりスタメン! 頑張ってね!」

「……」

「栞李?」

「えっ? ああ、うん! ありがと。頑張るよ」


 全員がひと通りメンバー表に目を通したところで、ベンチの先頭に立つ沙月がチームに向けて身の引き締まるような声を飛ばした。


「今日から5日間、入部したばかりの1年生にとっては慣れない環境(なか)で長い戦いに感じるかもしれない。けれど、どんな環境でも野球は野球だ」


 ユニフォームを身に纏う沙月の言葉は、いつだって整然と澄みきっていた。


「思いっきり楽しんでいこう」

「『おーーっ!!!』」


 主将(沙月)の声を起点に、先発メンバーが各々の守備位置へと散っていく。その最後尾から、重苦しい息を吐く黒髪の少女がまっさらなマウンドへ登る。

 少女は慣れた足さばきで自分の足場を掘ると、そっとマウンドに背を向け息を整えていた。

 いつもと同じ、莉緒菜の投球前のルーティン。そのはずなのに、栞李の目に映るその横顔は以前のような頬がヒリつくような緊張感が欠けた凡俗なものに映った。


「栞李、大丈夫? 緊張してる?」


 そんな光景をただ呆然と眺めていた栞李に、背後から抑揚の欠けた平坦な声が飛んできた。


「あ、遥香先輩……」


 栞李の隣、遊撃手(ショート)を守る彼女は、蛍石のような静かな瞳で栞李を見つめていた。


「今日のグランド、短めの人工芝のせいで球足が少し速くなるみたい。わたしはいつもより少し深く守るから、弱い当たりは任せるね」

「あ、はい。わかりました」

「あんまり肩肘張らずに。今できないことはできないでいいから」

「はい。ありがとうございます」


 常に変わらぬ冷静な声色は、今の栞李にはこの上なく心強く思えた。


「それじゃあ初回、しまってきましょ〜!」


 葵のぬるいかけ声で初回の守備が始まる。


「ふぅ……」


 試合前の空気をすべて吐き出して、マウンドの上の彼女はプレートに足をかけた。

 プレイボールがかかる。

 その初球、莉緒菜は大きく振りかぶってから一瞬、動きを止めた。


「……?」


 これまでの投球フォームには存在しなかった間、何かをためらうかのようなその一拍の間に、栞李は強い胸騒ぎを覚えた。


「ふッッ!!」


 肺を圧し潰すような吐息と共に放たれた初球は真ん中高めへ外れた。

 その1球は確かにストライクゾーンを外れていたが、前回登板の時は面白いほど空振りを奪えていた莉緒菜の得意コース。それを、少しの反応もなく見逃されたのだ。前回ほどのスピードもキレも感じない。

 その瞬間、栞李でなくとも莉緒菜が本調子からは程遠いことを悟っただろう。


「……やっぱり、まだ」


 続く2球目、莉緒菜の腕の振りがわずかに緩んだ。



 ────キッィィィ!!


 清々しい快音をあげて放たれた打球は、鋭いライナーとなって莉緒菜の首元を襲った。


「危ないッ!!」


 莉緒菜も懸命に身を翻すがあまりの打球の速さに避けきれず、左肩付近を打球が直撃した。


「ッッぐ!!」


 ピッチャーを強襲し、転々とするボールをメイが拾う頃には打者走者は1塁ベースを駆け抜けていた。


「タイム!」

「莉緒菜、大丈夫? どこ当たった?」


 プレーが止まってすぐ、近くにいた遥香が莉緒菜に手を差し伸べた。


「へーきです。グローブです」


 一瞬、左肩に直撃したかと肝を冷やした一同だったが、莉緒菜は1人で難なく立ち上がるとその左腕を大きく回してみせた。

 すぐに様子を見にきた沙月も彼女へ声をかける。


「もし後から痛みを感じるようならすぐに言ってくれ。これはアクシデントだ。迷惑だなんて思う者は誰もいないよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 莉緒菜が頷くのを確認すると、2人は一応の安心を得てそれぞれの定位置へと戻っていった。


「ふぅ……」


 グランドの中心に残った莉緒菜は一度小さく息を整え、またひとりで打者と対峙する。一塁ランナーには目もやらず、セットポジションからまっすぐ脚を上げた。


「んッ!!」


 続く打者の初球、今度は明らかにその左腕の振りが緩んだ。


「ふッ!!」


 容赦なく振り下ろされたバットにとらえられた打球が、地を這うような弾道で一二塁間を襲う。


「まったく手の掛かる子ねぇッ!!」


 一二塁間を破る────

 誰もがそう思った打球に、二塁ベース寄りに守っていたはずの二塁手(メイ)が自慢の敏捷性(アジリティ)を飛ばして間一髪追いついてみせた。


「なっ、ナイスキャッチ!!」

「メイ! 2塁(うしろ)ッ!」

「はいっ! 任せてくださっ……!」


 寝そべるような捕球体勢から持ち前のバネで上半身を起こし遥香の待つセカンドベースへ。その過程で、白球が彼女の右手からするりと滑り落ちた。


「あっ」

「『あぁ……』」


 明姫月ベンチの全員が、思わずそんなため息を漏らしてしまうほどに、その単純かつ不用意すぎるミスは直前のダイナミックな捕球を全くの台無しにしてしまった。


「メイ……アナタ今また送球焦ったでしょ」

「やぁ〜ん、ハルカ先輩顔怖いですぅ」


 ライトの前まで抜けていれば最悪ノーアウト一三塁にピンチが拡大していた場面。外野に抜けさせなかっただけでも十分な好プレーであったが、遥香は珍しく不満そうな表情を(おもて)に漏らしていた。


「リオナちゃん、どんまーい。メイちゃんは割といつもあんな感じだから、あんまりガッカリしないであげてね〜」

「はいィ!? アンタはちゃんとフォローしなさいよ! 味方でしょうが!!」


 捕手の葵からも何とも呑気な声が飛ぶ。

 莉緒菜も立ち上がりでまだ調子が上がらないだけ、たまたま試合の流れが良くないだけ。チームの大半がまだそう信じていた。信じていられた。



 ────キャィィィィッ!!



 そんな甘い考えを根底からつき崩すような快音がグランド一帯に響き渡った。


「センター! 後ろ!!」

「……ッ! なァァムリだッ!!」


 右中間に高々と舞い上がった打球は、懸命に追う伊織の頭上を悠々と越えていった。


「ランナー!三塁(サード)まわった!!」


 伊織がクッションボールを処理している間に、2人いたランナーはいずれも3塁ベースを蹴っていた。


「くそッ!」

「メイ! ストップ!! 間に合わない!」


 中継に入った二塁手(メイ)の元へボールが返ってくる頃には、2人目のランナーも本塁を踏んでいた。


「もう2点……」


 それは莉緒菜の不調も相手の戦略も確かめる暇のない、あっという間の2失点だった。


「すみません、タイムを」


 ここで一度、悪い流れを切るために沙月が再びタイムを要求した。


「ほらぁ、メイが雑なプレーするからだよ」

「うぅ、その事はもう忘れてくださいよぉ……ちゃんと打って取り返しますから!」

「アハハ。おかげさまでもうメイちゃん一人ホームラン打っても追いつけない点差になっちゃったけどね〜」

「なッ!? だからアンタはいちいち突っかかってくるなっての! ケンカ売ってるわけ!?」


 そんな調子で、マウンドに集まっても一向に誰も莉緒菜をフォローしようとしない中、沙月がチームのキャプテンとして口を開いた。


「一度落ち着こう、メイも葵も」

「……分かりましたよ。まったく、元はと言えばアイツが一方的に絡んできたのに」

「ワタシは最初から落ち着いてましたけどね~」

「ぐっ、この……」


 まだ何か不満げな様子のメイを目で制して、沙月は言葉を続けた。


「よし。何が原因であるにせよ、1年生が本調子じゃないのなら、ここからは上級生(私たち)が支えるぞ」

「『はいっ!』」


 身の芯まで奮い立つような声で緊張感のなかった内野陣を引き締めて、それぞれのポジションへと去っていった。

 そうしてまた、孤高のマウンドにひとり残される莉緒菜へ、栞李がそっと寄り添うように声をかけた。


「莉緒菜ちゃん、ホントに大丈夫?」


 いつもとは違う、やや黒ずんだ表情の彼女は手中のボールに目を落としたまま、小さく頷いた。


「うん」

「もしまだ体調が優れないなら今日は無理しない方が」

「大丈夫、へーきだから」

「……そっか」


 それ以上、彼女の近く(・・)へ潜り込むのが怖くて、栞李はそのまま静かにマウンドを後にした。


「ノーアウト! ランナー2塁(セカンド)! ひとつずつアウト取っていきましょー!」


 葵の声から、再び明姫月の守備が始まる。

 ランナーなど見えていないかのような呑気なフォームから投じられた白球はふらふらと甘いコースへ吸い込まれていった。


「またっ……!」


 追加点の好機でそんな絶好球を見逃してくれるはずもなく、高い位置から振り下ろすようなスイングにとらえられた打球が栞李の左へ転がった。


「こ、れは……」


 迷わずスタートをきる2塁ランナーが目に入って一歩、栞李はスタートが遅れた。

 打球の強さ・距離からして三塁手である自分がカバーできる範囲の打球。しかし、自分がその打球を捌くためにベースを離れてしまえば2塁ランナーに悠々と進塁を許すこととなる。

 ほんの一瞬の内に栞李の脳裏に湧き出す迷いを死角からの一声が全て掻き消した。



「────まかせて」



「……ッはい!」


 背後から飛んできた短く的確な指示に、栞李の身体も素早い反応をみせた。


3塁(サード)!!」


 遥香は低く弾むその打球を半身で捕球すると、一切の無駄のない動作で3塁ベース上へ白球を届けた。


「……アウッ!!」


 遥香の送球はランナーの進塁コース上ドンピシャに収まり、好スタートをきっていたランナーを間一髪で封殺してみせた。


「やった! 初アウト!!」

「ナイスプレーです! 遥香センパイ!」


 この試合初めてのアウトに、明姫月ベンチにも活気が宿る。


「ひゃ〜〜ぁ!! ナイスプレーです! その冷静さにシビれますぅ!」

「はいはい、ありがと。メイもそろそろ集中してきなよ」

「ハイっ! 次こそこのメイちゃんにおまかせあれっ!」


 その言葉の、まさに次の1球だった。



「────そらキタっ!!」



 続くバッターの打球はまたしてもメイの右、一塁と二塁の間へ飛んだ。


「このくらい……よゆーです!」


 決して易しい打球ではなかったが、先のプレーからまた一段と増したスピードで悠々と追いつくと、迷うことなく身体を翻し、セカンドベース上の遥香に向かって矢のような送球を放った。


「まったく……やればできるんだから」


 ギリギリのタイミングで遥香が身体を伸ばして捕球すると、すぐにアウトが宣告された。


「シザウトッ!!」

「よっし! ツーアウト!」

「あとひとつ! ここで切りましよー!!」


 守備の要、二遊間コンビの立て続けの好プレーに支えられても、莉緒菜の調子が上向くことはなく……



 ────キィンッッ!!



「センター!大きいッ!!」


 先のタイムリー二塁打と同じような大飛球が右中間に飛んだ。アウトカウントが2つに増えていたことでランナーは打球の行方を追わずスタートを切っている。抜ければ点差がまた1つ開いてしまう局面で、一目散にその大飛球を追う者が1人。


「今度こそ! 届くッ!!」


 大きなストライドで一気に距離を詰めた伊織が、その恵まれた長い腕を目一杯伸ばした。


「らッッ!!」


 身を投げ出し、芝生の上をすっ転がりながらも伊織は決してボールを落とさなかった。


「アウト! スリーアウト! チェンジ!!」

「やった! ナイキャッチ中堅手(センター)!!」

「スゴーい!! ナイキャです伊織センパイ!!」


 連続のビッグプレーに、しおれかけていた明姫月ベンチも一気に盛り返す。


「みんな! まだ初回だし、2点ならまだまだ追いつけるよ! この調子で攻撃もはりきってこー!」

「『おーーっ!!』」


 メンバーの表情に比例して、菜月の声だしにも勢いが戻ってきた。初回から2点を失ったものの、チームの雰囲気は決して悪くなかった。


「それじゃあ先頭、いってきます!!」

「うん! 今日もお願いね、メイちゃん!!」


 意気揚々と打席スタンバイに向かうメイの背中を見ていた実乃梨がふと、素朴な疑問を口にした。


「そういえば、メイ先輩ってウチの3番(・・)じゃないんですね……」


 “3番打者”といえば、7イニング制の女子野球において確実に3打席目を得ることができる最後の打順。故にそこは、大抵の場合チーム最高の打者が据えられる打線の中心、チームの攻撃(オフェンス)の核を担う花形ポジションとされていた。


「そうだね。メイちゃんは入った時からずっとウチの先頭打者(1番バッター)だよ」


 そんな初心者(しんにゅうせい)の率直な疑問は、いつものように傍に腰かける葵が返答を請け負った。


「そうなんですね。メイ先輩、バッティングもスゴいからてっきり……それとも、バッティングは沙月センパイのほうがスゴいんですか?」

「んー、どっちの方がスゴいかは聞く人によるだろうけど、この場合はバッターとしてのタイプの差だよ」

「タイプ……ですか?」

「そ。“3番”はもちろん大事だけど、1番だって簡単な打順(とこ)じゃない。動く速球と変化球が主体の今の女子野球で、ボールのクセとか曲がり幅とかがわからない完全初見で打席に入るのはそーとー分が悪いからね。だからまず、だいたいの『1番バッター』は相手ピッチャーのボールの軌道を確認する必要がある。後ろのバッターに伝える分も含めて、下手したら1打席まるまる犠牲にしてね」


 その言葉の真っ最中、グランドでは投球練習が終わり、そのメイが右の打席に入ろうとしていた。


「けど、メイちゃんにはその必要がない。元々配球やら投球のクセなんかをまったく考えないタイプだし、何よりセンスと反応だけでボールを追えちゃう(・・・・・)バッターだからね」



 ────カィィィンッ!



 その初球、葵の言葉を証明するかのような快音を響かせてメイが打ち返した打球は遊撃手(ショート)の頭上を越えていった。


「あとは単純に、めちゃくちゃ足が速い。それはもう、ドッグランに来たワンコかってくらいに」


「───ッ!? ランナー2塁(セカン)いった!!」


 センターとレフトの間をボールが転々としている隙に、金碧輝煌の少女は跳ねるようなスプリントであっという間に2塁を陥れていた。


「スゴーーい! ナイバッチ! アンド ナイスランですメイ先輩!!」


 大興奮の表情でメイに手を振る実乃梨に対して、葵は穏やかなトーンで解説を続けた。


「けどまぁ、メイちゃんが積極的すぎるがために後ろのバッターはほとんど相手の球筋を見れない。誰も彼もがメイちゃんみたいに初見でジャストミートなんてできるもんじゃないから、それはもう思いっきり弱点なワケだけど……その弱点を埋められるのが2番のハルカ先輩」


「────ボール!」


 続く2番打者、左打席に入った小坂遥香はその初球をわざとらしく見逃した。


「あれ? ワタシが言うのもあれですけど、遥香センパイってそんなにバッティング得意でしたっけ? 普段のバッティング練習とかではそんなに……」

「フツーに得意じゃないと思うよ。ミート力で言えばナツキ先輩のほうが上だし、パワーなら圧倒的にイオリちゃん」


「ファールボール!」


「だったらどうして……」

「確かに“2番”は“1番”や“3番”と同じく、確実に3打席目がある打順。だからこそ、ここに強打者を置いてガンガン打線を回してくるチームも少なくない」


「ボール!」


「それでもやっぱり、メイちゃんの後ろを打つなら今はハルカ先輩が適任だよ」


「ボール!」


「あれ、もうスリーボール」

「そ、ハルカ先輩は打席での“アプローチ”が抜群にいいんだよ」


「ファール!!」


「“アプローチ”、ですか?」

「うんそう。ボール球にはそうそう手を出さないし、相手に決め球を投げられてもストライクゾーンじゃ滅多に空振りしない。その上、初球を簡単に打ち損じたりもしないから、自分優位のカウントを作る(・・)のがとにかく上手い。先頭のトンデモ打者(バッター)に平常心をかき乱されてるピッチャーにとって、これ程ストレスのかかる相手はいないと思うよ」


「ボール! フォア!!」

「やったぁ! これでノーアウト1、2塁!!」


 これ以上ない程順調に塁を埋める先輩たちの活躍を目にして、実乃梨は丸々と瞳を輝かせていた。


「スゴいです! もう2人もランナー出ましたよ! 全部葵センパイの言う通りですね!」

「いや〜、まあさすがにこれはでき過ぎなとこもあると思うけど……」


 続く打席にはチームの主軸、今日もここまで明姫月ナインを引っ張ってきた頼れる背中が向かう。


「でもまあ間違いなく、ランナーを溜めてサツキ先輩(キャプテン)に回す、この形がウチにとって1番()が高いのは間違いない」


 その、2球目。


 ────キャィィィッ!!


 短く鋭いスイングでとらえた打球は、低いライナーとなって右中間を割っていった。


「よしっ! まずは1点!!」


 メイがホームを踏んだのに続いて、1塁ランナーの遥香は3塁へ、打った沙月も立ったまま(スタンディング)で2塁まで進んでいた。


「なんたってサツキ先輩は、中距離打者としては全国常連(ランク)校にいてもおかしくないくらいの実力者だからね」

「これで1点差!しかもまだノーアウト2、3塁!!」




「────らッッ!!」


 続く4番、明山伊織が繰り出したフルスイングにとらえられた打球は高々と舞い上がり、左中間最後方、ウォーニングトラックの上まで飛んでいった。


「『タッチアップ!』」

「ゴーーッ!!」


 それだけの距離があれば、3塁ランナーの遥香はスライディングの必要もなく本塁を陥れることができた。


「───同点っ!! 追いついた!!」


 点から線へ。

 それぞれが個々の強みを活かせるよう組み上げられた明姫月の打線は、あっという間に莉緒菜が失った2点を取り返してみせた。


「すごい……ホントにスゴいです! もう追いついちゃいましたよ! 葵センパイ!!」

「そうだね。ウチは上位打線だけならランク校にも見劣りしない力があると思うよ!」


 葵の力強い宣誓に、実乃梨は我慢もせずに背筋を震わせていた。


「だから後は、ピッチャーがしっかりしてくれるといいんだけどね」


 そのわざとらしい言葉が当てつけられた先、ベンチの片隅にはその穴を埋めて余りあるほどの可能性を秘める『原石』が座っていた。

 相手打線をなぎ倒し、チームに勢いをもたらすことのできるエースの原石が。


「そっか! 倭田さんならきっと」

「さあ……どうだろうね」



 後ろ足に取り憑いた、葵の言葉に引きずられるかのように……



 ────この日、倭田莉緒菜がマウンドの上で輝きを取り戻すことはなかった。



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