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ダイヤモンドの向日葵  作者: 水研歩澄at日陰
明姫月高校野球部の始まり
11/56

第4話 スタート!!


「ええっ!それホント!?」


 栞李の口から昨夕の出来事を聞かされた実乃梨は、なぜか燦々と目を輝かせていた。


「『倭田莉緒菜』って、確か昨日グランドにいたスッゴイ美人な子だよね?」

「うん。まあ、そうかも」

「へぇ〜、それはまたすんごい偶然だね。どう? お隣さんとしてうまくやってけそう?」

「え、どうだろう。別に隣だからって積極的に関わることもなさそうだけど」

「そうかなぁ? ワタシには意外と気が合いそうに見えるけどなぁ」

「気が合うも何も、まだ大して喋れてないよ」

「そんなの時間の問題だよぉ! なんたって『お隣さん』だからねっ!」


 苦笑いばかりの栞李とは対照的に、その日の実乃梨は終始ご機嫌な様子だった。


「実乃梨ちゃんは随分上機嫌みたいだけど、何かいい事でもあった?」

「え〜、だって今日から部活始まるんだよ! ようやくこのグローブもデビューできる訳だし!」


 そう言って実乃梨がいそいそとバックから取り出したのは遠慮の欠片もない彩度の朱色に染められたぶ厚いグローブだった。


「……って、実乃梨ちゃんそれキャッチャーミットだけど」

「そう! サトミちゃんと同じやつ! カッコいいでしょ?」

「いや、かっこいいかもしれないけど、そのグローブじゃ他のポジションできないよ? 初心者には扱い難いし……」

「え? だってワタシ、キャッチャー志望だから! キャッチャーするならこのグローブだって店員さんに言われたんだけど」

「まあ、それはそうなんだけど……」

「じゃあ、問題ないよ! これで」


 嬉しそうにグラブを叩く彼女の眼には先の不安など一切映っていないようだった。


「よーし! 初日から張りきって行くぞ〜! “エホー”&“エホー”! “メイクエホー”!!」

「“えほー”……? ってなに?」

「え? 確か努力するとか、そんな意味じゃなかったっけ?」

「もしかして“Make efforts”のこと?」

「そう! それ! サトミちゃんの座右の銘なんだって。だからワタシも見習って“メイクエホー”だよ!」

「なんかソレ、毎日聞いてたら眉毛太くなりそう……」


 ヤル気満々の実乃梨が勢いよく部室の戸を開くと、お互いに視線がぶつかる程の距離で練習着姿の少女2人と鉢合わせた。


「なっ!? 誰よアンタたち! ここで何してるワケ!?」


 ほとんど反射的に2人に向かって鈴の音ような声を飛ばしてきたのは平均よりもやや小柄な少女。

 引き締まった華奢な身体に、人形のような整った顔立ち。くっきりとした二重まぶたの下にはガラスを嵌め込んだような碧色の瞳。そして、その何よりも目を引く金糸雀色のショートボブ。

 その少女は頭のてっぺんから爪先まで、2人の日常からかけ離れた冷たい鮮色で彩られていた。


「多分今日から入部する1年生だよ。ほら、昨日沙月が話してたでしょ?」


 そんな金碧輝煌の彼女の隣に立つもう1人の少女は、凪ぎきった海面のような抑揚のない声で金髪少女をたしなめた。

 彼女はその声色に比例するかのように極々平均的な体躯をしており、くるみ色の後ろ髪は風にもなびかない長さに切りそろえられていた。

 絢爛豪華な容姿の金髪少女とは違い、彼女の表情や顔立ちからは落ち着いた印象を受けるが、その両耳にはピンクペッパーのようなピアスを刺していた。


「昨日って、そんなこと言ってましたっけ?」

「言ってたよ。どうせまた聞いてなかったんでしょ?」

「うぅ……ハルカ先輩、もしかして怒ってます?」

「別に。いつもの事だし、そのくらいわたしが代わりに聞いとくからいいけどさ」

「へへっ、やっぱり先輩大好きですぅ!」

「はいはい。わかったから」

「あ、あのぉ……」


 そのあまりにもでき上がった(・・・・・・)空間には、偏差値に換算すれば70はあろうかというコミュニケーション強者の実乃梨もおずおずと小さな声を差し挟むのが精一杯だった。


「ああ、ごめん。今日から入部する1年生であってる?」

「あ、はい! 1年の仲村実乃梨です!」

「同じく1年の末永栞李です……」

「わたしは3年の小坂遥香。で、こっちがメイ。2年生」

「あ、ちょお! なんで勝手に教えちゃうんですか」

「はい!これからよろしくお願いしますね! ハルカ先輩! メイ先輩!」


 敵意を見繕う隙もないような快活な挨拶に、始めは警戒心を剥き出しにしていた金糸雀色の少女の表情からも緊張が解けていった。


「せ、先輩……そう、アナタたち1年生だものね。まあ、悪くない響きね」

「ワタシ、まだ初心者なんですけど絶対野球部に入りたいって思ってるので色々教えてもらえると嬉しいですっ!」

「え、うん。そうね。ワタシは教えたりはあまり得意じゃないけど……」

「やったぁ〜! よろしくお願いしますね、メイ先輩! あ、先輩グローブ可愛いですね! パステルカラー好きなんですか? ちょっとワタシのも見てくださいよ! こないだ買ったばっかりでまだちょっと硬いんですけどコレ!」

「ちょっ……距離感の詰め方怖いのよアンタ!」


 すっかりいつもの調子を取り戻して迫り来る実乃梨から逃れるように、金碧の彼女は数歩後ずさった。

 その間に割り込む形で、抑揚のない平坦な声が後輩2人に向けて発せられた。


「とりあえず、もう少しで沙月か菜月が来るだろうから先に着替えて下で待ってて」

「あ、はい! わかりました!」

「じゃあわたしたちは先に行こう。メイ」

「あ、待ってくださいよぉハルカ先輩〜!」


 実乃梨が歯切れよく返事をすると、2人はまた日常的な会話を交わしながら部室を後にしていった。


「なんだか姉妹みたいな2人だったね!」

「んー、そうかなぁ?」

「そういえば栞李、ずっと黙ってたけど、もしかしてどっちか知り合いだったり?」

「いや、知り合いって訳じゃないけど……私が一方的に知ってるだけかな」


 その表情を見るにまるで心当たりがない様子の実乃梨のために、栞李はたいそう重たげに口を開いた。


「実乃梨ちゃん、『アグノラ・ロジャース』って知ってる? 元陸上選手の」

「あー! 知ってる知ってる! 昔世界大会とかで活躍してた人でしょ? こないだテレビで見た。何か昔パパがスゴいファンだったんだって! 確か今は引退してから日本の野球選手と結婚したとか……って、まさかあの先輩が!?」

「うん、そのまさか。あの人のフルネームは『メイ・ロジャース』。確か中学生の時とかはそこそこ話題になってたから。世界最速女王の血を引く天才選手(逸材)だって……なんでか最近はあんまり聞かないけど」

「そう……なんだ。そんなにスゴい人だったんだ、あのセンパイ。けど、そんなサラブレットさんならどうしてランク外(ここ)の部にいるんだろ? 実力のある子はみんなランキング校に行くって言ってなかった?」

「さあ……私もそこまでは知らないけど」


 そう言って首を振る栞李の瞳は、やはり遠くの他人事を眺めているかのように白くくすんでいた。






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「これから、新入生を加えて最初の練習を始めようと思う」


 それから30分としないうちに上級生を含めた14人の女子生徒がグラウンドに集まっていた。


「結局今年も5人だけかぁ……」


 説明会の時には十を超えていたはずの入部希望者も、その場に残っていたのは栞李たちを含めわずか五人にまで減っていた。


「うーん……今年はメイちゃんもいるし、もうちょっと来てくれるかと思ったのになぁ」

「なっ!? 菜月センパイはワタシのことパンダ(・・・)に使おうとしてたんですか!?」

「あっ! ご、ごめっ!! そんなつもりじゃなくて……」

「こらメイ、落ち着いて。そんな訳ないでしょ」

「むぅ、まあハルカ先輩がそう言うなら……」

「でもまあこれで今年も一応最低限(15人)は確保できたんだからよかったんじゃないですか?」


 そんな先輩たちの会話に耳を傾けながら、栞李は早くもこのチームの限界を感じていた。


 全国大会への最大の鬼門とされるリーグ戦は5校の総当たり戦が一週間の間に行われる。厳しい日程の中の連戦を勝ち抜くためには複数枚の投手が必須とされる。

 そのため、ランキング入りしている強豪校はどこも実力のある投手を6〜8人ほどベンチに揃えており、その上さらに左右の代打や第二、第三捕手などを含めた最大20人の選手をベンチ入りメンバーに選出する。

 この選手層の豊富さこそが強豪校(ランク校)の絶対的な優位性となっており、明姫月のような部員の数がメンバー登録上限以下の弱小校がリーグ戦を勝ち上がるための最大の障壁となっていた。


「初日の今日は新入生に自己紹介をしてもらってから全体練習を始めていこうと思う」


 イマイチまとまりのないチームの中でも一切ブレることのない沙月の声に促されて、副主将の菜月もわざとらしい咳払いをしてその後の説明を引き継いだ。


「えっと……じゃあまずは一番左の子から! 名前と、希望ポジションと、あと何か一言あれば。あ! ポジションは自由でいいからね。私たちの学年にも高校から野球始めたって子もいるし、初心者の子も難しく考えないでやってみたいポジションとか憧れの選手と同じポジションとかでもいいからね!」


 細部にまで必死に気遣う彼女の姿に心落ち着かされてか、新入生の自己紹介は和やかな雰囲気で始まった。


「はい! えっと、猪口(いのくち)舞花(まいか)です。中学は軟式で、内野と外野どっちもやってました。まだまだ下手くそかもしれませんが、よろしくお願いします」


 真っ先に指名されたのは、ぱっちりとした大きな一重が印象的な少女だった。彼女は経験者のためか、練習着の着こなしも既に様になっていた。


「スゴい! ユーテリティ選手なんだね!」

「そ、そんな大層なものじゃないですけど……」

「ううん! この部に来てくれて嬉しいよ。よろしくね! 舞花ちゃん」

「あ、はい! よろしくお願いしますっ!」

「うん! それじゃあ次の子どうぞ!」


 続いて指名されたのは、こだわりのありそうな三つ編みおさげと大きめのスポーツグラスが特徴の少女。


「あ、はい! えっと、田村(たむら)彩楓(あやか)です。中学までは陸上やってて、野球経験はほとんどないですが、よく家族で試合見て憧れてたので思い切って高校から入部してみました! 初心者ですけど、どうぞよろしくお願いしますっ!」

「よろしくね〜。初心者の子も大歓迎だよ! 一緒に頑張っていこうね、アヤカちゃん」


 初めの二人ががそれぞれ無難な自己紹介を終え、いよいよ順番が実乃梨の元へ回ってきた。


「はい。じゃあ、次は……」

「ハイハイっ! ワタシ! 仲村実乃梨です! 中学までは水泳やってました! 今はまだ未経験ですけど、いつかレッズのサトミちゃんみたいになりたいのでキャッチャー希望です! 皆さんどうぞよろしくお願いしますっ!!」


 相変わらずハキシャキと言葉を発する実乃梨に、先輩たちからも好意的な拍手が送られる。


「スゴいね〜、キャッチャー志望かぁ。それじゃあうんっと頑張らないとね」

「はいっ! ワタシ、頑張ります! そのために野球部のある学校に来ましたから!」

「そうなんだ! 来てくれてありがとうねミノリちゃん! えっと、それじゃあ次の子……」


 その拍手に紛れるように、栞李はのっぺりと口を開いた。


「えっと……末永栞李です。中学はサードと、ちょっとだけショートもやってました。よろしくお願いします」


 何の衒いもない栞李の言葉は、当たり前のように場の空気の中へ流されていった。


「うん、ありがとう! ちょうど内野手は数が少なくなってたから来てくれて嬉しいよ。よろしくね、シオリちゃん」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「うん! それじゃあ、次でもう最後の1人かな? その右の子、お願いします」


 そうして、気づけば新入生の自己紹介も最後の一人に差し掛かっていた。


「倭田莉緒菜です。ポジションは、ピッチャー(投げること)以外できません」


 そこまで言い終えた後、彼女の瞳が静かに熱を帯びる瞬間を栞李はその頬肌で感じ取っていた。


「けど、マウンドに立つ以上は他の誰にも負けるつもりはありません。相手の打者にも、同じピッチャーにも……」


  例え周りの目がどうあろうと、彼女は“彼女らしく”あり続けた。


「私はここで、日本でイチバン(・・・・)の投手になります」


 とても現実的とは言い難いその宣言に、その場の誰もがすぐには反応を見せることができず。

 それでも、きっと誰もが一度は夢見た先を無邪気に見据えるその瞳に、栞李だけでなくそれぞれがそれぞれに心浮かされ、動かされていた。

 それは良い方ばかりではなく、人によっては暗く、重たい方へ。


 その沈黙の中心で、彼女はそっと頭を下げた。



「あ、ありがとう。リオナちゃん。大きな目標を持って入部してくれて嬉しいよ。えーっと、それじゃあ後の説明は葵ちゃんに……」

「はいはい。お任せください!」


 耳に残る莉緒菜の言霊に圧された雰囲気が残る中、菜月の言葉に応えて栞李たちの前に飛び出たのは同級生かそれ以下にも見える幼顔の少女だった。


「ただいまご紹介にあずかりました、2年の津代(つしろ)(あおい)です。とりあえずしばらくは初心者の子も含めてワタシが1年生(みんな)のサポート係になるから! わからないことがあったら何でも聞いてね~」


 ただでさえ幼く見える容姿が余計に引き立って見えるのは、眉の上でパッサリ切り落とされた前髪のせいだろうか。実際の身長は栞李と大差なかったが、ひと回りかふた回りほど小さいような錯覚さえ覚えた。

 そんな彼女はふと、これといった前触れもなく倭田莉緒菜へと視線を向けた。


「君……確か、リナちゃんだっけ?」

「莉緒菜です」

「そっか、リオナちゃん。うんうん。いい宣言だったと思うよ。『日本で1番のピッチャーになりますっ』なぁんて、ランキングに入ったこともない高校に入った子がそうそう口にできることじゃないからねぇ」


 皮肉めいて聞こえる口ぶりだったが、彼女の表情(ソトヅラ)には金メッキのような優しげな笑顔が貼り付けられていた。

 その笑顔を浮かべたまま、彼女は莉緒菜の手を取った。


「一緒に頑張ってこーねぇ? ワタシもランキングなんてクソくらえって感じだし、環境がどうとか人数が少ないからとか言い訳できるからって、負けてもいいなんてこれっぽっちも思ってないからさ〜」


 栞李の眼には彼女の本性がこれっぽっちも見えてこなかった。


「葵は野球に関しては間違いなくこの部の誰よりも知識がある。初心者も経験者も困ったら遠慮なく頼ってほしい」

「はーい、任されましたキャプテン! それじゃあみんな、外野でストレッチから始めるよ~」


 明朗快活風の彼女の笑顔を見て、実乃梨はひっそりと栞李に耳打ちした。


「優しそうな人で良かったね」

「さあ、どうだろうね……」


 実乃梨としては、てっきりいつも通り気のない同意が返ってくるかと思っていたのだが、その時の栞李はどこか苦酸っぱそうにその先輩の顔を見つめていた。


「えー、どうして? いい人そうじゃん、葵センパイ」

「まあ、そうかもだけど……何か私、あの人のこと苦手かも」


 そんな栞李の小声が聞こえていたかのように、二人はばっちり幼顔の先輩と目が合った。彼女の顔は何も知らないとばかりに笑ってはいたのだが、栞李はそこに得体の知れない不気味さを覚えて一人こっそり肩を縮めていた。




 作中で分からない野球ルール、用語等ございましたらTwitter、コメント等で気軽にご質問ください。


 私に分かる範囲でお答え致します。

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