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思い出の品を強請る。

 





 ヒュンッ


 私はその汚い手を……物理的には汚くはないのですよ?精神的に。の話です。

 …私は一体誰に言い訳しているのでしょうか……


 バキッ


 蹴り上げました。


「ぎゃあぁあっ!?!?」


「五月蝿いですね…たかが爪がいくつか剥がれただけでしょう」


 本当はアンネを傷つける可能性があるその手を引き千切ろうかと思いましたが、どうやら貴族のようなので自然治癒出来る程度に留めておきました。

 この程度であれば放っておいても十日もあれば治るでしょう。


 ガチャガチャッ


 私が蹲る豚とアンネの間に立っていると、何やら重装備を掻き鳴らしながら走り寄ってくる者がいます。


「何事だ!?……これは、一体…?」

「何をしているっ!!この売女が私に…貴族である俺に手をあげたのだっ!!引っ捕えろっ!!」


 豚の情けない悲鳴が聞こえたのでしょう。侯爵家の私兵の方達が集まってきました。


「……アリス様。何が?」

「貴様っ!!?この俺の言うことが信じられんのかっ!?」

「この豚がアンネに詰め寄った為、護衛しました」

「お前に詰め寄ったんだっ!!」

「…らしいですが、どちらにしても自衛したに過ぎません」


 アンネと豚の間に割入った私。そして私と豚の間に割入った兵は、私と豚の話を聞いてどうするか決めかねているようです。


「…お館様にお伺いします。皆様ご同行を」

「はい」「わかったわ」「チッ…」


 兵士の言葉に三者三様に答えます。

 あっ。思い出しました。


 この兵士の方はアンネの話を聞いて模擬戦を挑んできた方です。

 中々骨のある方でしたが、クリス様と一緒に戦ってきた私の敵ではありませんでした。実際には敵どころか味方なのですが……言葉とは難しいものですね。












「いつかやるとは思っていたが……」


 私と豚、それから兵士さんとアンネから個別に事情を聞いた後、侯爵様は再び四人を招集して話し始めました。


「や、やはりこの売女は以前からその兆候があったのですね!?伯父上殿!この売女の処分は私めにお任せくださいっ!!」


 豚が何やらほざいていますが、侯爵様は怒りで顔を真っ赤にしています。

 それ以上の戯言は、侯爵様の健康に関わりそうなのでやめてほしいのですが……


「馬鹿者がぁぁあっ!!!」


 侯爵様が怒鳴り声をあげました。まるで火山のような…この様な怒りを出される方なのですね…

 やはり普段温厚な方を怒らせると恐いというのは事実の様です。

 見て下さい。アンネは自分が怒られているわけでもないのに俯いて震えています。

 私も…?い、いえ。これは武者震いというやつですよ?…ホントです。ええ。


「ひぃぃっ!?」

「侯爵家の……アーネスト家の恩人に分家とはいえ、同じアーネストの名を冠する者が無作法どころか無礼を働くとは!!……おって沙汰を下す。連れて行け」


「「はっ!」」

「ま、待ってください!伯父上ぇぇっ!!」


 バタンッ


 ふぅ。漸く五月蝿いのが摘み出されました。


 最後の方は怒りを通り越したのか静かに告げていました。余計恐い……


「アリス嬢」

「は、はいっ…!」


 いけません。久しぶりに吃ってしまいました…


「嫌な思いをさせてしまい、申し訳ない。きちんと処罰するので許してほしい」

「いえ。アンネに危害がなく気にしていないのであれば私は構いません。自分の身は自分で守れますので。それに侯爵様の責任ではありません」


「そうはいうが、客人の気分を害したのは家長の責。他に何かあればすぐに伝えて欲しい。出来る限りの事はする。

 今回の詫びとして、何か贈らせて欲しいのだが…急には決められないだろう。我が家で用意できるモノは高ランク討伐者にはさして珍しい物はないかと思うが、アンネならある程度ウチで揃えられるモノは理解している。二人で相談して決めてくれないか?

 アンネ。アリス嬢が遠慮しないようにしっかりとこなすように」

「はい!お父様!わかりましたわっ!アーネスト家を代表して、お姉様の望むモノを必ずや聞き届けます!」


「えっ…わ、私は…」

「そういう事だ。今日は本当に済まなかったね。それでも……言えたことではないけど、この街を嫌いにならないでいてくれたら、嬉しく思うよ」


 最後には優しい侯爵様の口調に戻っていました。

 あのぉ…私に欲しいモノはないのですが……














 私の欲しいモノは自由でした。

 その為に両親はこの脚を用意してくれました。

 あの人は奴隷商から連れ出してくれました。

 あの方は奴隷という身分から解放してくれました。




「えっ…欲しい物がない、ですの?」


 侯爵様の話が終わり、部屋へと戻ってきた私のところへと早速アンネがやって来ました。


「はい。欲しいモノと言われても、ないのです。服も食べる物もあります。普通であれば後は住むところなのですが、私は旅人、ひと所には留まりません」

「お、お姉様。そんなに難しくお考えにならないで下さい。服と(ひとえ)に言いましても、普段着、部屋着、寝間着、一張羅などがあります。そうですね…所謂贅沢品と言われる物であれば、いくら持っていてもいいと思いますの。いざとなれば現金に変えられますわ」


 なるほど。現物の資産として持っておくということですか。

 しかしそれは自分の稼ぎでするべき事で、贈り物でそれを選ぶというのは…相手の誠意に対してこちらが不誠実に感じます。


 アンネの説得にも中々良い顔を出来ません。

 そんな私を見て、アンネは言葉を続けます。


「お姉様。確かにお姉様は高価でなくともセンスの良い私服もたくさんお持ちです」


 ええ。それは全てあの方が選んでくれた物です。私は美的センス皆無です。


「ですが、そんなお姉様に足りない物があります」

「…一応聞いておきましょう」


 何やら自信満々の様子。


「装飾品ですわ!お姉様は確かに美しいです。宝石が無くともその輝きは失われません。しかし!乙女の嗜みとして、ここぞという場面で付ける一品は必要ですわっ!

 如何でしょうか?

 今、欲しい物が今見当たらないのであれば、いつか欲しい物ができた時に売って足しにする事も出来ます。

 お父様はこういう時に絶対引きません。必ずお詫びとして何かされます。

 そしてあまり遠慮なさると勝手にお詫びの品が贈られます」

「それはそれで構わないのでは?」


 選ばなくて良いのであれば…


「お父様の贈り物のセンスは言葉を選んでも壊滅的ですわ。お母様が幾度となくガラクタを買ってくるお父様をお叱りしているくらいです」

「そ、それならアンネが選んでくれたら…」

「ええ。ですので、私は装飾品をおすすめいたしておりますの」


 な、なるほど?

 何だかうまく言いくるめられた感は否めませんが…

 可愛いアンネの言う事です。間違いなどあるはずがありません。


「わかりました。では、アンネが選んだ品を私に下さい」

「!!ありがとうございますっ!!」


 ?それは私の言葉では?

 喜ぶアンネですが、一つ釘を刺しておきましょう。


「ですが、一つお願いがあります。今回の件は確かに不愉快ではありました」

「そ、そうですわよね…」

「ですが、それだけです」

「?」


 私の言葉の意味が理解できないのか、アンネは可愛らしく不思議そうな顔をしています。

 このお人形さんが欲しいのですが、流石に侯爵様もアンネはくれないでしょう。


「この様な事は我々市井の者達には日常茶飯事。それで高価な物をいただくのはただの強請とも言えます。

 アーネスト侯爵家の方々が良い人という事は周知の事実。であればそんな物は必要ない。というのが私の感覚です」

「で、ですが…」


「はい。侯爵という立場がそれを許さないのもわかっています。

 ですが、私は物よりも気持ちの方が大切だと考えているのはわかりますね?」

「は、はい」


「ですので、お詫びの印としてアンネの気持ちを下さい」

「えっ?(わたくし)の気持ち…ですか?」


 会話が出来る可愛いお人形…やはりアンネが欲しいですね……


「はい。アンネの手作りの物です」

「私の手作り!?い、いけません!!私…まだ刺繍を習っている段階で…お姉様に見合う物など…」


 はい。アンネが偶に習い事として刺繍をしていたのを知っていたのです。

 これはアンネに限らず、この国の女性貴族達なら何かしらしているとの事です。

 習い事は刺繍、裁縫、料理、絵など色々あるそうで、手先が器用なアンネは刺繍を選んだそうです。


「高価な物でなくていいです。アンネの刺繍が入った手拭い…いえ、ハンカチをいただければ嬉しく思います」


 私はあと少しでここを旅立ちます。その時に思い出の品としてそれがあれば……寂しさを紛らわせられます。

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