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逃走ではない。東走(東へ走る)である。

 





 水蒸気が晴れると闘技場には私と男の姿が変わりなくありました。

 以前との違いは、私は無傷ですが男は…下半身の服は焼けて無くなり、ドロドロになった皮膚が重力に従い垂れ下がっています。

 辛うじて人の形を保っているので何とか人だと認識出来るレベルです。


「さて。私が聞いた限りですが……同じ事を貴方にもしましょうか」

「……っ!?」


 最早男は覆いかぶさる元瞼により目も見えていないのでしょう。辺りをキョロキョロと窺っています。見えもしないのに滑稽ですね。

 もしかしたら耳も?

 それだと私は独り言を?イヤだ…恥ずかしいですね。


 その後、男だったモノは闘技場の上でバラバラになりました。


 こんな事で、殺された人達の無念は晴らせないのでしょうが、私の心は少し晴れたので良しとしましょう。





「優勝者!ろ……本名は『秘密です』六十三番!!」


 流石に優勝者が匿名というのは格好がつかなかったのでしょう。

 ですが私は無闇矢鱈に名を売るつもりはありません。

 審判さんの言葉に拍手喝采が巻き起こりましたが、私には嬉しくもなんともありません。

 え?頬が緩んでいる?

 …気のせいでしょう。恐らく火傷が上手く治らなかったのです。


「優勝者には賞金と、皇室に仕える名誉が贈られる!有り難く『辞退します』…何と言った?」

「辞退すると告げたのです」


 審判の方が私の言葉に疑問を呈しました。耳が遠いのでしょうか?


「こ、皇室に仕えるのはとても名誉な事なんだぞ?」

「私に名誉は必要ないと言いました。ですので賞金のみで結構です」


 ここ数年はあの男のせいで優勝者が出なかった。よって皇室は新たな人材を長らく手にしていないのです。

 その機会は是非次に取っておいてもらいましょう。


 お金だけ受け取ると私は宿へと戻りました。











 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


「ここに長い銀髪の16.7程の見た目の少女が泊まっているはずだ。その者を呼んで来い」


 煌びやかな鎧を纏った騎士が居丈高に宿の者へと命じる。

 しかし…


「き、騎士様…大変申し上げ難いのですが、その女性は日の出と共に部屋を引き払いました」

「な、なんだと!?天上人であらせられる今上陛下の勅命なのだぞ!?」

「ひぃ…そ、そう、申されましてもっ…」


 騎士は焦りを顕にした。

 この国で騎士が勅命を受けるのは大変誉れとされていた。裏を返せばそれを達成できなければ命を持って償う程の大罪でもある。


「さ、探せ!!」

「はっ!!」


 連れてきていた部下なのか従者なのか。どちらかはわからないが供の者に指示を出し、再び宿の者に視線を戻した。


「何をしておるっ!貴様も探すのだっ!!」

「はいぃぃっ!?!!」


「クソッ!!ガキめ!何処に行きおった!!?」


 騎士は悪態を吐くが、目当てのモノが見つかる事はなかった。










 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


「こ、これは…?」


 聖職者のような格好をしているご婦人…いえ。神に仕えているので実際に聖職者ですね。

 その方は目の前の大金に目を丸くしています。


「何と申されましても…この孤児院への寄付金です」

「!!?」


 賞金を受け取った私は宿に帰って着替えた後、教会と併設されているこの孤児院へと来ています。


「シスター様。私も幼い頃、両親を亡くして苦労しました。失礼ながらこの孤児院は見たところお金にお困りのご様子。微力ながら子供達の未来のためにお手伝いさせて下さい」


 真っ赤な嘘。と、言いたいところですが、全て本当であり、本心です。


 私はこの孤児院の子達と違って、姉は孤児院、私は奴隷商で育ちましたが、私はあの人に助けられました。

 同じような境遇のここの子達にも誰かが手を差し伸べてもバチは当たらないと思うのです。

 私は聖人ではないので受けた御恩を返す相手を見つけるまでは勝手ながら思いのままに他人であれ返させて頂きます。


 そう。これは恩人に恩を返すことが出来ていない、不甲斐ない私が私自身の心を慰める為のエゴでしかないのです。


 もちろんあの人を見つける事を諦めたりはしませんが。


「神のご加護がありますように」


 用が済んだので孤児院を出る私に、シスターが祈りを捧げてくれました。


「私を助けたのは神ではなく紛れも無く人でした。そしてこの孤児院に寄付したのも神ではなく人です。

 お間違えなきよう」

「はい。それも神のお導きによるものでしょう。微力ながら貴女の平穏を祈らせていただきます」


 はぁ…私は助けてくれない神を信じていません。私が信じるのは、姉と私自身。そしてあの人のみ。

 寄付金を無駄にしないように精々頑張って下さいね。


 目線でそう告げる私にもシスターはニコニコとしているばかりでした。












「こんな時間にお出掛けですか?」


 翌朝、まだ太陽が出きっていない時間に私は宿を出る事にしました。


「はい。もう戻っては来ないので、これで」

「そうですか。またのご利用お待ちしています」

「……」


 私は二度と来ないと言う意味で伝えたのですが、どうやら意味を少し履き違えているご様子。ですが大した違いもないので、態々訂正はしません。この宿自体は良い宿だったのもありますから。


 私はお辞儀だけして、宿を出ました。


 何故このような早い時間に出立する事にしたのかというと、あのコロシアムに力を入れている皇国が、久しぶりの犯罪者以外の優勝者である私を放っておくとは思えなかったからです。


 何もなければそれで良し。ですが、面倒な事になっては余計な手間が掛かります。

 少し早起きするだけで、それを気にしなくて良いのであればお得なくらいです。


「ここより南は……やめておきましょう。この国は南北に長いと聞きました。早く出国したいので東へ向かうことにしましょうか」


 これまでの街では、日の出と共に外壁に備え付けられている門が開きます。皇都の門も同じように開かれているようです。

 私はこの国では何の収穫もなく、早々に立ち去る事になってしまいました。

 ですが、あの男を始末出来た事と孤児院に少しばかりの幸を分けられた事は、少なからず私の心にゆとりを与えてくれました。


「焦っても良い結果は出ません。

 あの人はひと所には落ち着かない性格ですが、あの方はあまり大きくは動かない性格でした。

 どの選択を取られても必ず探し出せるように、大陸中を隈なく探せば必ず見つけられます」


 期間中は『こんな事をしている場合なのか?』と日々自問自答していましたが、やはり落ち着いて隈なく探す事がベストですね。

 焦れば見落としが必ず起きます。


 考え事をしながらも何事もなく門を通過した私は、東に向けて走り出しました。
















「きゃーーーっ!?」


 皇都を出て十日。東に向かって走り続けた私は道なき道を通り、山や谷を越え、漸く見知らぬ道へと出たところです。

 そんな私の耳に女性の悲鳴が届きました。


 その悲鳴が聞こえた方に足を向けると、すぐに状況がわかりました。


「懐かしいですね。あの時もこうして賊が馬車を襲っていましたね」


 そう、あれはまだあの方があの人だった頃の記憶。街道を歩いていた私達の近くで馬車が賊に襲われていました。

 あの時私はまだ奴隷だったのにも関わらず、あの人に口ごたえをしてしまいました。

『放っておきましょう』

『えっ!?そっち!?助けないのか!?』

『運が悪いと思ってもらいましょう。私達が助けなければいけないわけではありませんから』

 確かこの様な話をしました。

 あの人はそんな私に……あっ!


「思い出に浸っている場合ではありませんでした」


 視線を戻すと、馬車の護衛は数を減らし、見るからに賊が優勢…いえ、もう負けそうです。




「死ねやぁっ!がぼあっ!?」


 膝をついた護衛の兵士さんに賊が刃を振り下ろす寸前。私の鋼鉄の膝が賊の頭部を粉砕しました。


「だ、誰だ!?」

「ゴンザがやられちまったぞ!?」

「女だ!!しかも美人!!」

「生捕りにしろ!!高く売れるぞ!」

「いや、俺たちで使おうぜっ!」


 賊達が慌てたのは私を確認するまでの事。現れたのが私みたいな華奢な女性一人であればその反応もわかりますが、ここでお仲間が頭を変形させて痙攣している事を誰がしたことなのか忘れたのでしょうか?


 3歩も歩いていないので鶏以下の記憶力ですね。


「き、君は…?」

「旅の討伐者です。襲われていると思い、助力しましたが……合っていますよね?」


 まさか馬車で襲いにいかないでしょう?

 ですが、そのまさかが起こるのが人の世。一応確認しました。


「そ、そうだ…我等は………」

 ・

 ・

「もう大丈夫です。安らかにお眠りください」


 護衛の方は傷が深かったのでしょう。話の途中で死んで(事切れて)しまいました。


「さて。あの人の代わりにはなれませんが、貴方達には死んでもらいます。それくらいであれば私にも可能」


「何だ?このねーちゃん頭おかしい系か?」

「ぶわあっはっはっ!ちげぇねぇな!プギョッ!?!」


「えっ!?」


 まだつまらないお喋りをしている賊達を、私が待つ必要などありません。

 刃物にだけ気をつけて、私は脚を動かしました。













「『fire』」


 sub space(亜空間)の魔法陣から取り出したfireの魔法陣を使い、賊達の死体を燃やしているところです。


「お姉様!!馬車の準備が整いました!」


 私と同じ銀髪で豪奢な髪型と煌びやかなドレスを身に纏った少女が声を掛けてきました。

 もちろん私の妹ではありませんよ?私は生粋の末っ子ですから。


「お嬢様。ありがとうございます。奴等が燃え尽き次第馬車に向かいますのでもう暫くお待ちください」

「もう!お姉様!(わたくし)の事はアンネとお呼び下さいとお願いしましたよっ!」

「あ、アンネ…ロッテ様」


 お貴族様の御息女様を元奴隷で平民の私が呼び捨てになど出来るはずがありません。


「もうっ!ア・ン・ネ!ですわよ!」

「わ、わかりました。アンネ。ここは危険です。もう暫く馬車で待っていてください」

「はい!お待ちしています!」


 少し変わった少女ですが、悪い子ではありません。

 その事に少しホッとしています。


 今となってはわかりますが、国により貴族の在り方が本当に違います。

 アンネの話によると、この『ホーネット王国』は王侯貴族が国を統治しているよくある国のようです。

 そしてそんなお貴族様は平民に無体を働く方達の多い事……

 これまでもつまらない貴族は大勢見てきました。

 そんな貴族にあってアンネはとても良い子だと思います。少なくとも私が助けてよかったと思えるくらいには。

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