ゴミを出し、他人に始末させる。
思えば知らない街に一人で来たのは初めてのこと。
何をすればいいのかわからない私は、以前そうしていたように一人で街をぶらついてみる事にしました。
ちなみに私の荷物は魔法陣を入れている肩掛けの鞄一つ。
11の魔法陣の一つに『亜空間』(subspace)というものがあり、その亜空間の中に必要な物は入れているので荷物は少ないです。
原理も何もわかっていませんが、恐らく私の魔力で作った亜空間は私だけしかアクセスできないようになっているとの事でしたかーーそれもあの人の予想でしかありませんが、私はあの人の言うことであれば例え神が違うと言ったとして、信じない事はありえません。
「そこの綺麗なお嬢さん!どうだい?一つ食べていかないか?」
いくつかの天幕が張られたエリアにやってきた私に、知らない中年男性が声を掛けてきました。
恐らくここは市場のようなところなのでしょう。
「そちらは何でしょうか?」
男性の声に、少し小腹が空いていた私は足を止めて疑問を口にします。
男性の手には何やら果物の切り身らしきモノが串に刺さった状態でありました。
「これはこの辺りでしか採れない『ギッシュ』という酸っぱい果物に砂糖を塗したものさ。一本30ダレーだけど、美人さんだからお試しでタダでいいぜ」
「ではこちらで」
「えっ、おい。タダでいいって…」
私はその果物に興味を惹かれたので男性の手に銅貨三枚30ダレーを握らせました。
タダより怖いモノはありません。それに奴隷でもお金がないわけでもないのに施しを受ける謂れはありません。
呆然としている男性の手から商品を受け取り、はしたないですが歩きながら食べる事にしました。
全ての国でそうなのかは存じ上げませんが、私が訪れたことのある国では全て同じ貨幣が使われています。
銭貨一枚が1ダレーで銅貨一枚が10ダレー。後は同じように銀貨、金貨、白金貨とあります。
私の所持しているあの人から預かっている現金は白金貨だけで千枚以上になります。
もはやそこそこの豪邸が買えるのではないかと思いますが、私に浪費の趣味もなく、死蔵されたまま。
いつか持ち主の元に必ず返す大切なお金です。
まぁ私も討伐者としてあれから何度か依頼を受けていたのでお金には十分余裕があるので言えることですが。
そんな事よりもこれ……美味しぃ…
何も考えずに歩いていた為、もうあの店に戻れる気がしません……
これはとんでもない失敗です。反省の意味も込めて、他の店でもキチンと買い食いをしましょう。次は忘れないようにしなくては。
約束の日の朝もこれまでと同じ朝でした。
朝晩は少し肌寒いですが、天気が良ければ昼間は暑いくらいです。
ちなみに私は冬が好きですが、この国には雪は降らないらしいので長居は無用ですね。
あの方と過ごした寒い季節…早く見つけなければ今年の冬は寒くて凍えてしまいます……
ごほんっ。閑話休題。
「大会はトーナメント制のようですね。既に出場者は貼り出されていましたが、誰が誰なのかわからないので私には無意味でしたね」
これも大会…コロシアムを盛り上げるための演出の一つなのでしょう。
私は初戦の相手すら覚えていませんが、闘技会場に貼り出されていたトーナメント表の前の人達は一喜一憂していましたね。
元は先先代の皇帝が強者を探すために始めたようですが、今は興行の意味合いの方が強く、賭け事にもなっているようです。
「さて。遅れて失格になっては情けなさすぎます。そろそろ向かいましょうか」
そう呟き、私は宿を出立した。
「出場者の方はこちらへ〜っ!」
街中も皇都というだけあり、大変賑やかでしたが、闘技会場の周りはそれとは比にならないくらい人でごった返しています。
恐らくあの大声を出している男性の方がいるところに行けばいいのでしょう。
「出場者です。どちらに行けばいいでしょうか?」
声を掛けると男性は驚きを隠さずにいます。
「お嬢さん。冷やかしはやめてくれ。こっちは忙しいんだ」
「これが預かっている登録証です」
「えっ!?こ、こんな子が!?」
こんな子とは失礼な。私は16歳です。既に成人している淑女なのですよ?
「それで?どちらに行けば?」
「あ、ああ。あそこの入り口から入れば登録証の番号の部屋が控え室になっている……って!悪い事は言わないからやめとけっ!君みたいな子が犯罪者の……って、いない……」
何かほざいていましたが、人を見た目で判断する輩に用はありません。まぁ先程までは用があったのですが……
男性に言われた入り口に入ると、番号が書かれた部屋がずらっと並んでいました。
私は自身の番号である六十三番の部屋を見つけると中に入りました。
ガチャ
どうやら一人部屋ではないようです。
中には既に先客がいました。
「ん?メイド?お茶でも淹れてくれるのか?」
「俺は酒だ」
私の格好は所謂メイド服ですが、この世界のデザインではありません。
私の知らない世界のデザインをあの人が私の為に作ってくれた世界で一つだけの服です。
そしてこの二人の頭の中には蛆でも湧いているのでしょうか?
この様な場所にメイドが来るわけなどないでしょうに。
その二人を無視して私は奥の空いている椅子へと腰を下ろしました。
「なんだ?メイドじゃないのかよ。紛らわしいな」
「おい!お前!俺が酒を呑みたいと言っているんだ!さっさと持ってこい!」
一人は無視された事で文句こそ出ましたが、それだけ。もう一人は言葉を引っ込められないほど器が小さいのでしょう。態々私の目の前まで来て命令してきました。
「一度しか言いません」
「あん?」
「私に命令出来るのはこの世でただ一人だけ。貴方が出場を辞退したくないのならば、そのデカいだけが取り柄のしょうもない身体を、これ以上私の視界に入れない様にお願いしますね」
命令してきた男は、身の丈二メートルは優に超える巨体をしています。
…ちゃんと身体を洗っているのでしょうか?何だか臭い気がします……
おや?男がプルプルと震えています。申し訳なさからくる震えでしょうか?
「き、き、きさまぁ!!?女の分際でぇっ!!」
怒りで震えていたのは知っていましたよ?
…本当です。
「女の分際?はて?いつから男性の方が優位だと?貴方は男から生まれてきたのですか?それは気持ち悪いですね。早く死んだ方が世の為です」
「殺す!!今ここで殺すっ!!顔が良いだけのメスがぁっ!!犯して殺してやるっ!!」
もう一人の男性は私の物言いに口を開けて驚いていますが、それだけです。良かったですね?貴方はコロシアムに出場できますよ。
ブォンッ
巨漢はその身の通り、鈍重でトロい拳を座っている私目がけて振り下ろしてきました。
あまりに遅いので待ちくたびれましたが、漸く私の間合いに入ってきました。
バキッ
「ぎゃあっ!?」
迫り来る鈍重な腕を、私の特別製の脚が蹴り上げました。
腕の細い太いに関わらず、骨が折れる音には大差ないようです。
「ぎゃあぁぁあっ!?お、俺の!俺の腕がぁあ!?」
折れた骨が皮膚を突き破り露出していました。
骨の太さに体格はあまり関係がないのでしょうか。それで折れる音にも違いが少なかったのですね。
バタンッ
「な、何事だ!?」
闘技会場の職員さんでしょうか?ノックもなく入ってきた男性は不躾にもいきなり問い質してきました。
もう一人の男性は私を見ています。なぜ?
「私でしょうか?それでしたら一言。この様なしょうもない輩を参加者に選んだのは誰ですか?
もう少し出場者は選んだ方がいいと進言いたします」
「えっ…いや、え?」
「早くそのゴミを何処かへ持っていって下さい。目障りです」
「は?はぁ…」
不躾だと言いましたが、よく思い返せば私もノックをしていませんでした。
それにどうやら巨漢を運び出してくれそうなので、この人はいい人の様ですね。
まだ試合も始まってすらいないのに、何だか気疲れしてしまいました。