魚魚魚。
「み、見つかったぁっ!!?」
お爺さんが大きな声を上げますが、私は舟の先に立っているのでとっくに知っています。
「大丈夫です。このまま近寄って下さい」
「ええいっ!ワシも男だ!!どうにでもなれっ!」
どうにかなってしまっては私は困ります。
『キィィィイン』
セイレーンから何か高い音が聴こえてきました。
恐らくこれが人を惑わすセイレーン固有の魔法なのでしょう。
「『魔法無効(Magic invalid)』」
恐らく私の手の中の魔法陣からは赤い光が出ているのでしょうが、あの人以外の人にそれを見る事は出来ません。
魔法陣の効果により、セイレーンの魔法は掻き消されました。
目に見える魔法ではないので、イマイチ実感はありませんが…
『ギギィ!?』
自身の放った魔法で効果が得られなかった事に驚いているようです。その表情は人そのもの。なんとやりづらい…
「ん?水魔法ですか。ですがそれも同じ事。『魔法無効(Magic invalid)』」
舟の周りの水が隆起していましたが、それも魔法陣の力により、直ぐに治りました。
「す、すげぇ…何をしてるかわかんねぇが、お嬢ちゃんが精霊を抑えてる…」
「はい。ですのでこのまま進んでください」
「お、おうっ!」
気を取り直したお爺さんは舟をさらに進めました。
それを見たセイレーンは呆気に取られていた表情を引き締め直して、逃走を図りますが……もう遅いです。
「『硬化(sclerosis)』」
湖に手をつけて放った魔法陣の力は硬化。
セイレーンは逃走する為に湖に飛び込んだ姿勢のまま固まりました。
上半身の人型は湖の中。下半身の魚型は湖の上に出ています。
「ご老人はここで待っていて下さい」
「えっ?おいっ!うそだろ!!?」
何か後方から驚きの声が上がりますが、無視します。この魔法陣の力は2分ほどで解けてしまいますので。
私はセイレーンの所まで固まった湖の上を走り、辿り着くなり機械仕掛けの脚を天高く上げ、そしてそれをセイレーンに向けて振り切りました。
「ホントにお嬢ちゃんは凄かったんだなぁ」
帰りの舟の上で、お爺さんはずっと私を褒めています。
そんなに褒めても何も出ませんよ?
「これは情報料と舟を出していただいた代金になります」
「うえっ!?こんな大金受け取れねぇよ!」
「情報料はそうですね…ですが、命を掛けて他の漁師やこの湖の周りで暮らす人達の生活を守ったのです。
私は高額の報酬をいただいているので、ご老人も受け取って下さい。
もし、気兼ねしているのであれば、そのお金は漁師さん達の為に使ってもらっても構いません」
このお爺さんは良い人です。初めて会った私の我儘(?)に命を掛けて付き合うような人。
その生活の助けに少しでもなればいいのですが。
「…わかった!お嬢ちゃんにそこまで言われたら受け取る!お返しじゃねぇがちょっと待っててくれ」
「?わかりました」
話をしていると船着場に着いたので、そこでお爺さんは私に待つように言ってきました。
まだ日没には時間があるので私は待つことにしました。
「お嬢ちゃん待たせたなっ!」
お爺さんが手を振りながら近づいてきます。その周りには大勢の…漁師さん達でしょうか?
日に焼けた肌を晒しながらみなさん屈強な体をしています。
「いえ。この方々は?」
「こいつらはワシの仲間の漁師達だ!みんな!このお嬢ちゃんが精霊を倒してくれた討伐者だぁ」
「ホントに別嬪さんだ!ありがとう!」
「ウチの息子の嫁に…いや、なんでもねぇ…ありがとう」
「これすくねぇけど食べてくれ!」
沢山の人に囲まれて、沢山の感謝の言葉を頂きました。
中には不穏な事を言っている人もいましたが、周りの方達に睨まれて小さくなっていました。
はい。良かったです。
これだけの人の生活の助けになれたのなら、暇で良かったですね。
最後の人が言った後、荷車に乗せられた大量のお魚さん達が…えっ?食べきれるわけありません。
「こんなに頂けません。報酬は討伐者組合からちゃんと出ますのでお気になさらぬよう」
「それはそれ、これは俺達の気持ちなんだ。仲間が何人か死んじまった…その仇を討ってくれたんだ。受け取ってくれ」
「…そういう事でしたら。有り難く頂戴します」
「ああ!荷車もボロだけど持っていってくれ。これがなきゃ運べねぇからな!」
「いえ。それには及びません」
そう告げると私は亜空間の魔法陣を取り出して、その中に魚だけ仕舞いました。
漁師さん達なら荷車の使い道は沢山ある事でしょう。返却です。
「「「「えっ!?魚が消えたっ!?」」」」
まぁ驚きますよね。私も初めてこの魔法陣の効果を目にした時は驚いたものです。
この様な代物は見た事も聞いた事もありませんから。
一様に驚く漁師さん達に別れを告げて、私はアーネストの街へと向け脚を動かしました。
「お帰りなさいませ!お姉様!よくぞご無事で」
討伐者組合に報告と討伐証明の尾鰭を納品してから、侯爵家へと戻ってきた私をアンネが出迎えてくれました。
「ただいま帰りました。事情を聞いたのですね?問題ありません。それどころかお土産を沢山頂きました」
「お土産…?ですか?」
「はい。漁師さん達にお魚を頂いたので厨房に行きましょう」
居候の身で侯爵家の台所へ一人で向かうのは憚れます。丁度アンネが居たので着いてきてもらいましょう。
「す、凄い量ですわ…」「最近魚が品薄でしたが…ある所にはあるのですね…」
厨房へと行き、アンネの案内で冷凍の魔導具が置いてある保冷室に、調理担当の方を呼んできてもらったところです。
アンネと共にその調理担当者さんが驚いているのですが、別に街で買い占めてきたわけじゃないですよ?
「貰い物ですが良ければ使って下さい」
「はい!早速夕食の一品として出させてもらいます」
「楽しみですね!お姉様!」
「はい。私達は邪魔になるので行きましょう」
亜空間の魔法陣に入れておけば保存は効きます。では、なぜ私はそうしなかったのか。
・・・魚料理は焼くくらいしか出来ないからです。
この量の魚をただ焼いて食べるだけでは、折角ご厚意でくださったのにと申し訳なく思ってしまいます。
しかし、ここの料理人さん達にかかればその心配は皆無。蒸したり、煮たり、穀物と炊いたりと、色々な調理法で料理してくれます。
これでお魚さん達をくださった漁師さん達にも顔向け出来ますし、私も美味しい魚料理が食べられて一石二鳥です。
「そうか。それは領主としてお礼を言わないとな。ありがとう。この魚もとても美味しいよ」
夕食に珍しく侯爵様が同席なされました。普段は忙しい方なので、朝食以外では見かけません。もしかしたらセイレーン討伐のお礼を言う為に態々来られたのかもしれませんね。義理堅いお方です。
「いえ。仕事ですから。ですが、漁師の方も侯爵様からもそう言って頂けるのは大変光栄に思います」
仕事はお金を得るための手段ですが、それ以外の副次効果の方が嬉しいのも事実ですね。
そう言っていられるのも、私が強さ的に恵まれていて、お金に苦労していないからでしょうが。
私は何故あの人に会うまで、他人の不幸を見て見ぬふりしていられたのでしょう。
今となってはその考えはあり得ません。特に弱い人の不幸は……
【俺は聖人じゃない。ただ弱い人が自分と重なって見えるから放っておけないだけなんだ】
【僕は僕達に危険がない選択をしたい。
困っている人がいたかもしれないって悩むなんて、アリスは優しいんだね】
今となってはどちらの言葉も理解できます。弱者が強者に奪われるのを見過ごせないあの人。常に私の事を最優先して考えてくれたあの方。
見つかるのはどちらなのでしょうか……いえ。私が会いたいのは………




