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十字架を背負って  作者: しむ
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お久しぶりです。

 気づくと私は、またしても不思議な雲の上に立っていました。

その光景は、以前見たものとは打って変わり、漆黒の雲が一面に広がり、荒れ狂う暴風雨で、うまく前を見ることもできない。


 仕方ないので足元を見ていると、数分に一度ほどの間隔で、雷と思しき光が視界に入ってくる。そしてその度に恐怖が強まり、気づけば目的もなく前に進めていた足も、止まっていました。


 「汝よ」


 途方に暮れ、何度目かもわからない雷が轟いたそんな刹那、一人の男の声が聞こえてきました。その声は力強く、しかし同時に柔らかさも孕んでいました。


「汝は、何を求めて生きている」


 気づくと彼は目の前にいて、彼の、何色とも例え難い色の瞳は、私だけを映しているようでした。軽蔑の一切ない、そんな目で見られるのは初めてで、期待に添えるような回答をしたくて、でもそう思うほど、焦りは強くなる。


 なにもない、目的なんて。そんな、薄々勘付いていることから目を背け、綺麗事を考えてみるものの、うまくいかず。


 言葉に詰まる私を見かねてか、はたまたしびれを切らしたのか、


「では、質問を変える。汝は、何故、この理不尽な世界で、生きることを諦めない?」


と、彼は言いました。

 神の圧を、もう感じたくないから。そんな消極的な理由で満足してもらえるとは到底思えませんでしたが、それ以外に思いつくことはなく。


「あっ、と、うっ」

「茨に落ちた種はよく育たない、か」


小声でどもるばかりの私に失望したのか、彼はそう答え、私から目を離してしまいました。そうして私に背を向け、歩き始めてしまいました。


 「ま、待ってください」


 そんな言葉に彼を引き止める力は宿らず、視界の悪さも相まり、彼の姿は一瞬にして消えてしまう。


 ようやく出会えた、()()()()()人に見放された絶望。そして実感させられた、自らの不甲斐なさと、空っぽな中身。それらが私の思考を黒く覆う。


 どうして私には、死に、恐怖と痛み以上の苦痛が、待ち受けているのでしょう。こんな世界。全体に満ち溢れた絶望の一つ一つが、私を指さしてきた、こんな世界。そこで何故、生きていかなければ、ならないのでしょう。

 前世の私が、一体何をしたと言うんですか。何故。何故私が、こんな目に。


 上空から叩きつけられている雷雨は弱まる気配を見せず、しかし轟く雷鳴に、私の聴覚は刺激されませんでした。





 「ん」


 爽やかな風が通り過ぎるのを感じながら、私は目を覚ましました。

 何か、夢を見ていたような。


 とりあえず、ゆっくりと立ち上がり、背伸びする。そうして少し意識がはっきりとしてきて、辺りを見渡してみる。どうやら私は丘のような、少し高い所にいるようで、そこから見下ろしても尚途切れることなく、辺りを草原が覆っていました。

 小雨の降った後なのか、一面に広がる草原は露に濡れ、その雫が陽の光を受け、七色に輝く。

 なんだか、気分がいい。


 散歩のひとつでもしたくなり、歩を進めようとしたところ、なにかに躓く。

 足元を見てみると、一冊の汚れた本があり、それを取ろうとして手を伸ばす。そうして視界に入ってきた私の腕は、痣だらけでした。

 何だ、この痣は。

 そう思い、その瞬間、ようやく、教会での悪夢を思い出す。


 ..あれは夢だったのだろうか。転生先は教会などではなく、この草原だったのだろうかと、そう考えてみましたが、それではこの痣の存在を肯定できない。

 そういえば、私の体は痣だらけであるにも関わらず、痛みは全くありません。あの悪夢が事実であったならば、あれだけの致命傷を受けたというのに。

考えれば考えるほど、分からない。


 分からないことを考えていても仕方ないので、どさっと、草原を背に、両手を広げて倒れてみる。

 上空には、整理のつかない思考とは裏腹に、雲ひとつない晴天が、広がっていました。やはり、こうしていると、気分がいい。



このままもう、何もしたくない。

 あの悪夢が現実だっただろうと夢であっただろうと、それが私の心を蝕んでいることに、変わりありませんでした。そしてもう誰とも、会いたくはありませんでした。


 何も考えず、ただひたすらときが過ぎ去るのに任せ、過ごして。寝て、起きて、目の前にあったたんぽぽの綿毛を、吹き飛ばしてみたりして。

 こうして半日ほど過ぎても、不思議と飽きが来ることはありませんでした。

 ずっと、こんな時間が、続けばいいのに。


 そんな思いも束の間、気づくと青一色だった空の端が、乱層雲に遮られ、風も少しずつ強くなってきました。

 その風が、例の本のページを幾つか、荒々しくめくる。

 なんだか読めと言われているような気がして、その本を急いで手に取りました。

 確か、私が生きる上で守らねばならぬことだったな、と思いながら、読み進める。しかし、読んでも読んでも、人を殺すなだとか、物を盗むなとか、そういった当たり前のことばかりで、それをわざわざ書いているということが、前世の私の悪行を物語っているようで、それがとても、苦しい。


 そうしてなんとか最後のページまで読み進めると、最後の見開きに、特段大きく、荒々しい文字で、文章が書かれていました。


 ..一瞬、識字能力を失う。

 無意識の拒絶を、どうにか意識的に押さえつけ、一文字ずつ読み進める。

 

 「進め。とにかく進んで、様々な地を訪れ、様々な人と関われ。それがお前の、贖罪となる」

 と、そう書かれているようでした。


 つまり私の平穏は、この一日で、終りを迎えたのでした。


最近、午前中に起きることができず苗

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