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エンフィトスの話をラインとマリアナは沈痛な面持ちで聞いていた。そこにはいつからいたのかアルテナの姿もあった。
「バッハムの遺体が見つからない理由はそれだったわけか……」
ラインはふとアルテナに視線を向ける。その表情は落ち着いた風を装っているが、これでもかなり無理をしているはずだ。その証拠に言葉を一言も発しようとしない。声を漏らせば嗚咽も漏れてしまうということなのだろう。
「俺が聞いた話ではバッハムは敵と差し違えたはずだ。そして遺体ごと黒い何か――おそらく瘴気に空へ連れ去られた。報告した奴がバッハムの形見を持ってそう言ったんだ。信じてやらないとな」
戦場で主君のとはいえ、その形見を持ち帰るというのは命をかけねばできない行為だ。自らの危険を顧みずに主君の死んだ場所へ向かって、主君の形見を探しだしたということだ。武器を持った人間たちが激しくぶつかり合う中で、そのような行為は自殺行為に等しい。そして、見事に形見を見つけ出して、報告するために生還まで果たしたということなのだから、その忠義心は十分に信用する価値があると思えた。
「エフィ、よく話してくれた。……辛かっただろう」
「……はい」
エンフィトスは何とか返事をしたあと、堪えきれずにむせび泣きはじめる。
瘴気に乗っ取られているとは言え、父親に刃を向けなければいけない辛さは想像を絶するものがある。あまつさえ死んで尚、辱めを受ける姿には耐えられないのだろう。
「エフィには辛いところだが、瘴気に対抗するのは機翔竜の乗り手の力が不可欠だ。残念だが、俺たちに代わりは務められない。わかっているな?」
ラインは努めて平静に語りかける。残酷なことを言っているのは百も承知だが、この現実とは彼女自身が向きあわなければならないことだ。こればかりは助けてやるわけにはいかなかった。
「……クレスのところへ行っても構いませんか?」
エンフィトスは何とか言葉を絞りだす
「ああ、行ってやるといい」
エンフィトスはそれを聞くとふらふらと立ちあがって、拙い足どりでクレスの眠るテントへ向かっていった。
「悪いわね、ライン。本当は私が言うべきことなのに……」
アルテナは辛そうな表情で謝罪をしてくる。
「構わないさ。もうじき俺の娘になるんだ」
現実はただ在るだけなのだ。ラインはそれを呪詛のように何度も心の中でつぶやく。間もなく陽も傾こうとしている。それは、事は速やかにいかないと告げるようでもあった。