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双界のアルシュリオン  作者: あかつきp dash
第四章『カナルディアの地下へ』
39/69

4-6

 リーナが地上へ戻ると野営地は騒然としており、一人の兵士を捕まえて何事かを訊ねると傷ついたクレスが奥のテントへと運ばれたということだった。

 それを聞いたリーナは疲労しきった体を推して、クレスが運ばれたテントへと向かう。

「クレスの容態はどうなの?」

 テントへ入るなり、それがリーナの第一声だった。

「リーナ、無事だったのね」

 クレスはテントに設置してある簡易ベッドの上に寝かされており、その傍にはアルテナが付き添っていた。

「私は何とか……。それよりクレスはどうなの?」

 テントにはクレスとアルテナに数人の女官がいるだけだ。そもそもクレスしか怪我人がいないのだから閑散としているのは当然と言えた。

「先ほどから止血をしようとしているんだけど、なかなか傷が深いようなのよ……」

 うつ伏せに寝かされているクレスの背中には包帯が巻かれているが、それもすぐに赤く染まって役目をあまり果たしていないようにある。

「魔法での治療は施したの?」

「それはこれから。でも、これだけの深い傷だと塞ぐのは相当に骨が折れそうだわ……」

 アルテナはふうとため息をつく。

「私も手伝おうか?」

「それは駄目。いま、あなたが果たすべき役割はしっかり休むこと」

「でも……」

 きっぱりと言い放つアルテナにリーナはそれでも食い下がろうとする。

「何でもかんでも自分で背負いこむ必要はないんじゃないかしら。それにこれは私がやるべきことよ」

 アルテナは天井を見上げて、ふとため息をついて語りだす。

「リーナ、私はとても後悔してるのよ。こんなことになるならアトラスとあなたの結婚を絶対にでも反対しておくべきだったって」

「そんな……」

 アルテナの真剣な面持ちにリーナは少なからずのショックを受けていた。たしかに二人の結婚に当初は懐疑的ではあったが、最終的には認めてくれていた。だから自分とアトラスの結婚も祝福してくれているものと信じていたのである。

「戦場に出る男の“必ず帰ってくる”なんて約束ほどアテにならないものはないわ。あれは男が女を願掛けの道具にするときにだけ使う言葉よ」

「アトラスは死んだとかぎらないわ!」

「そうね。でも、生きているともかぎらない。それにアトラスはあのとき逃げ延びて、いまあなたの傍にいることはできた。にも関わらず、彼は戦場に行ってしまった。この意味がわかる?」

 リーナは押し黙る。それは敢えて考えないようにしていたことだ。それをアルテナはきっぱりと断言しようとしていた。

「アトラスは妻であるあなたの幸福と自らの父親とを天秤にかけたのよ。結果、あなたをとらずに父親をとった。可哀想な話だけど、アトラスにとってはあなたを幸福にすることよりも自分の父親の命のほうが重かったということよ」

 それについてアルテナはアトラスを非難するつもりはない。彼はずっと尊敬する父親に認められたいと願っていた。だから、リーナよりラインを優先してしまう気持ちにも理解はできる。だが、結婚して間もない妻を置いて戦場へ行ってしまったことに対しての恨みはあった。男は何もわかっていない。結婚だけで幸福になれる女は一人もいないということを。

「子の不幸は親の不幸でもあるわ。いま、ここでクレスを助けなければ、あなただけでなくエフィまで心に深い傷を負うことになるわ。それだけは絶対に阻止しないと」

「エフィはクレスと結婚して幸せになれると思うの?」

「結婚するだけ幸福になれはしないわ。お互いがゆっくり時間をかけていけばこそ、必ず訪れる瞬間なのよ」

 ――それに、何より婚礼を間近に控える女にとって、相手の男に先立たれるという以上の不幸があるだろうか。それをエンフィトスに体験させるわけにはいかなかった。それがアルテナの母親としての通すべき意地である。

「お母様……」

 リーナは何かを言いかけようとするが、アルテナはそれを言わせまいと強い言葉で遮る。

「早く休みなさい」

 リーナは一瞬それでも食い下がろうとする素振りを見せるが、寸でのところで止めて、「わかったわ」と返事してテントをあとにする。

「クレス、あなたを死なせはしないわ。そして知りなさい。既に自分の命は自分だけのものでないことを……」

 それは呪詛のようにつぶやかれた。自分とラインがこの青年するであろう仕打ちと、それに対する罪に震えながら――。


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