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双界のアルシュリオン  作者: あかつきp dash
第一章『カナルディアのガルダート』
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(ちょっと待ってくれ……)

 クレスはエンフィトスが槍の素振りをしているのを見て固まってしまった。

 エンフィトスの槍さばきは見事の一言だった。槍の動きには躍動感があり、それでいて伸びがあってしなやかだ。まるで槍を体の一部のように扱っている。それだけでかなりの手練れなのがわかった。

 対してクレスが槍を最後に持ったのは数年前。しかも士官学校では落ちこぼれだった。武芸ではとてもエンフィトスの相手が務まるとは思えない。

「軽く乱打をしましょう。クレスさんからどうぞ好きに打ちこんできてください」

「お手柔らかにお願いしますね」

 クレスは訓練用の槍を構えてエンフィトスに視線を送った。対してエンフィトスも槍を構える。

 好きにということは突いても斬りつけにいってもいいということだ。実際、彼女はわざと打ちこみやすいようにところどころに隙を作ってくれている。

(とりあえず突きから!)

 クレスはエンフィトスの胸部に目がけて突きを放つ。するとエンフィトスは軽い動作でその突きを払って、明後日の方向へ逸らしてしまう。

 クレスは力一杯の突きを放ったつもりだったが、それに対してエンフィトスの払いはそれほど力は入っていなかった。

(こういうのを受け流されたっていうんだよな……)

 もう少し攻撃に体重をかけていれば、いなされて転倒させられていたということである。たった一突きであったが、それでもクレスはエンフィトスとの技量の差を思い知れた。

 エンフィトスには勝つどころか互角ですら絶望的だった。彼女にとっては自分との手合わせなど遊びにもならないはずだ。なのに嫌みなど一切感じないのは彼女の人柄なのだろう。

 一方でここまで実力に差があるのなら、ある種の諦めもつくというものだ。クレスはそれからも幾度となく突きを放つが、その突きがエンフィトスに届くことは一度もなかった。その代わりに彼女からたまに繰り出される突きもクレスにわざわざ受けやすい位置に打ちだしてくれていた。絶妙な手加減とでもいうのだろうか。

 やがて、エンフィトスから「そろそろやめにしましょうか」という申し出があると、クレスは極度の疲労からか大の字になって寝そべってしまった。対してエンフィトスは額に汗こそかいているものの至って涼しい顔をしている。

 しばらくクレスが空を仰いでいると、屋上の扉を開けてレミリアとリーナがやってくる。

「お二人ともお疲れさまでした」と言ったのはレミリアだ。

 レミリアは汗を拭くためのタオルをクレスとエンフィトスに差し出した。

「あ、ありがとう」

 さすがに大の字のままで受け取るというわけにはいかず、クレスはのっそりと上半身だけ起きあがってタオルを受け取る。

「その様子だと手も足も出なかったっていうところでしょうね」

 リーナがなぜか勝ち誇った口調でクレスに言ってくる。実際にはその通りなのだから言い返す言葉もない。

「ええ。完敗でしたよ。素晴らしいお手並みでした」

「まあ。褒めても何も出ませんよ?」

 クレスの素直な賛辞にエンフィトスは少し照れ臭そうに笑って見せた。

「エフィはお父様から幼い頃より手ほどきを受けていましたからね」

 それを言ったのはレミリアだった。

「お父様ってライン様のことですか?」

「いえ。エフィのお父様です。槍の名手だったんですよ」

「そうなんですか……」

 だが、朝食にはそのエフィとリーナの父親の姿はなかった。レミリアが何か懐かしむような表情をするのはその男が既に亡き人だからなのか。もっとも部外者であるクレスにはそれを直接聞く資格があるわけでもなく、推測で推し量るしかない。

「エフィ、そろそろ行きましょうか」

「私ならいつでも」

 リーナの呼びかけにエンフィトス答えると、立ちあがって自分の槍を構える。

「二人はこれから何をしようとしているんですか?」

 クレスはレミリアに質問をする。するとレミリアはくすりと笑ってこう言った。

「クレスさん、機翔竜を見たことはありますか?」

「そりゃ遠目でなら何度か見たことありますけど……」

 その希少価値故に間近で見る機会は圧倒的に少ない。特に平和な時代になって、機翔竜が飛んでいるところを見ること自体が難しくなっている。

「おいで、ラナリス」

 レミリアが槍の切っ先を地面に立てると、そこを中心に青白い光が筋となって、魔法陣を描き出す。そして地面に立てた槍を九〇度にまわすと錠が外れたように魔法陣が浮き出て、立体的な幾何学模様を描いて収束していく。そして、その光はやがて形を成していき、白銀のペガサスの姿が現れた。

「きなさい、フェイブラーム!」

 リーナも自分の持っていた杖でエンフィトスと動揺の仕草をしてみせると、彼女同様の現象が起きて、光の中からは紅蓮に燃えさかるような紅色の巨大な鳥が現れる。

「これが二人の機翔竜です」

 レミリアが説明をしてくれた。その説明だけで十分に驚嘆に値するものだ。

(こんな小さな島に二機も機翔竜がいるなんて……)

 一〇機も抱えていない国の方が多いはずの機翔竜が二機も並んでいる光景はそうそうお目にかかれるものではない。

 二機の機翔竜をクレスはまじまじと観察する。機翔竜とは機械の竜だ。メタリックで無機質なボディの中にあって、瞳はたしかな意思を湛えている。これが機翔竜の特徴だ。そして竜というのはあくまで総称であり、その姿は様々である。

「すごいな。二機も機翔竜があるなんて。カナルディアはどこかの国に所属しているんじゃないんですか?」

「いまのところ、カナルディアはどこの国にも所属していませんよ」

 答えてくれたのはエンフィトスだ。だが、クレスにはその事実が信じられなかった。機翔竜といえば一体所持するだけで国家間のバランスを大いに揺るがしかねないほどの力を持っている。ましてやその機翔竜を所持するだけではなく、操者までいる。これを各国が知ればこぞって二人をスカウトしようとするはずだ。

「それじゃあ、レミリア行ってくるわね」

「二人とも行ってらっしゃい」

 レミリアが手を振るとリーナとエンフィトスも手を振って答える。そしてフェイブラームとラナリスは飛翔して、空の彼方へと飛んでいった。

「二人はどこへ行くんですか?」

「慣らし運転を兼ねて、この周辺の偵察をするそうですよ。周辺の地形とかも覚えておくほうがいいだろうってお父さんが言ってました」

「なるほど」

 クレスは二人が飛び去った空を仰ぐ。

「クレスさん、休憩はもうよろしいですか?」

「ああ。俺はいつでも」

 そう言ってクレスは立ちあがる。そして、ふと最近見る夢のことを思い出した。

「ところで、機翔竜をもう一機所持しているっていうことはないですよね?」

 その質問にレミリアは考えるような仕草をして、それからこう答えた。

「さあ? どうでしょうか」

 そう言うレミリアはどこかいたずらっ子のような表情を浮かべている。それがどういう類のものであったか、いまのクレスには判断がつかなかった。

 さて、カナルディアはそれから間もなく山賊の襲撃に合う。

 リーナとエンフィトスが山賊を見つけられなかったのは、山賊たちが湾の方から雲の下に隠れながら近づいてきたからである。

 だから二人は山賊たちが近づいてきていることに勘づけに飛び立ってしまったというわけである。それから偵察に出た二人は数時間の間帰ってこなかった。それがカナルディアにとって悪い偶然となったのは言うまでもない。

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