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双界のアルシュリオン  作者: あかつきp dash
第一章『カナルディアのガルダート』
11/69

10

 クレスは昨晩と同じように牢屋で寝ることになっていた。むしろの上に仰向けになるとすぐに目をつむる。辺りは一瞬だけ暗転して、目を開けるとまたあの白い空間に来ていた。

「また、ここか」

 クレスはうんざりした口調でため息をついた。

「またとはとんだ言い草だな。お前は選ばれし者なんだぞ?」

 レントレオは椅子に座ってチェスの駒を手で遊んでいた。

「……一つ聞きたいんだが、どうして俺なんだ?」

 クレスはレントレオの対面に座って、レントレオに質問をした。

「単純にお前が気に入っただけでは不服か?」

「自慢じゃないけど、俺は士官学校で剣のほうはからっきしだったんだぞ?」

「そんなことか。それなら心配するな。お前が契約するガルダートは極めて優れた記録能力を持っていて、記録した出来事をそのまま契約者と共有できる。しかも体感レベルにまでにな」

 レントレオの言っていることがクレスにはよく理解できないでいると、それからまた詳しく解説してくれた。

「つまりだな。ガルダートの記録の中にレントレオの戦いの記憶があるわけだ。契約者はレントレオの戦い方をそのまま再現することができるということだよ」

 要するにガルダートと契約するだけで一夜にして武芸百般の技術を取得できるというわけである。たしかにそれなら剣技の才能の有無は関係なくなる。

「でも、そんな機翔竜と契約とかして大丈夫なのか?」

「その記録能力が人格なんかに多少の影響はしてくるだろうな。だからって、そんなに大げさなことはないだろう。お前はお前だ」

 どこまで信じていいのだろうかとクレスは疑いの視線をレントレオに向ける。

「そうそう。ガルダートは一階の宝物庫にあるぞ。鍵はかかってないので、力が欲しければいつでも来い」

 クレスはそこで目が覚めた。

 格子から漏れる光が既に朝であると告げている。あたりを見渡してみて、ここが牢屋の中であると実感をした。

(相変わらず、変な夢だ……)

「おはようございます」

 寝ぼけた顔をこすりながら顔をあげると、そこにはレミリアとは違う女の子がいた。

「おはようございます」

「本日はエンフィトス様が朝食を一緒にしたいとおっしゃられています。クレス様さえよければお誘いを受けてもらえないでしょうか?」

 この場合、自分にはどれほどの選択権があるというのだろうか。どのみち自分には受けないという選択はあり得ない。

「ええ、喜んで」

 それを聞いた女の子は安心した表情で「では、身だしなみを整えてからお願いしますね」と言って、牢屋をあとにした。

 クレスは自分の服を臭いつつ、寝癖がついていないか確認をする。どうやら朝食へ行く前に鏡を見ておいた方がいいようだ。

 簡単に身支度を整えると先ほど起こしにきた女の子がエンフィトスたちのところへと案内してくれた。

「こちらのお部屋で皆さんお待ちですよ」

 女の子は扉の前で立ち止まり、クレスに入室するよう促す。クレスは少し緊張した面持ちで扉にノックをした。すると扉の向こうから「どうぞ」という返事が返ってきて、クレスはゆっくりと扉を開けて中へと入る。

 その部屋は外側の二面が吹き抜けになっていて、白亜の壁と石柱、天窓も設けられており、光が取り入れやすい構造になっていて、太陽の光源だけでも十分明るく演出されていた。

「お客人って、彼のことだったの?」

 アルテナがエンフィトスに訊ねる。

「ええ、そうですよ。またお話ができればと思っていたので」

「エフィも物好きねぇ……」

 好奇心に目を輝かせているエンフィトスとは逆に、リーナの口調は冷めたものだった。

「とりあえず、立ち話もなんですから。席にお掛けくださいな」

 クレスはエンフィトスに促されて、空いている席へ座る。テーブルの上には焼きたてのパンとスープ用意されていた。昨日の朝に食べたものと同じ内容である。しかし、昨日食べたものより彩りよく感じるのは気のせいだろうか。食べる場所が違うだけで、こうも違うものかとクレスは感心してしまう。。

「本日はお招きありがとうございます」

 クレスは頭を少し下げて礼を述べると、アルテナは笑いだして「気にしないで」と言った。

「そんなに(かしこ)まらなくていいのよ。むしろ、こちらが突然誘ったのだしね。エフィの我が(まま)に付き合ってもらって、こちらがお礼を言いたいくらい」

「ですが、アルテナ様たちは高貴な方なのでは?」

 どのくらいと言われても答えようがないところだが、それでもまわりの扱いを見ていれば彼女たちが一目置かれているのは理解できる。

「高貴と言われると照れ臭いわね。そんな風に言われる日が来るとは思わなかったわ」

 アルテナは本当に照れ臭そうな仕草をする。それが不思議と年不相応な可愛さを演出していた。

「それにしてもカナルディアにはこんなところもあるんですね」

 クレスは早速違う話題を振る。

「こうやって晴れた日はここで朝食を摂るようにしているんです。陽光が気持ちいいですから」

 答えたのはエンフィトスだ。たしかに朝の陽光に当てられ、清々しい風が当たるのは気分がいい。これなら気持ちよく目覚められそうだ。

 そこでふとクレスはリーナの左手の薬指が煌めくのに目がいった。それは指輪だ。左手の薬指に指輪ということは、彼女が既婚者であることを指している。自分とあまり年も変わらないのに夫がいる——といっても、それ自体はあまり珍しいことではない。年齢的には一五から二〇歳までに結婚するのがいいとされているからだ。普通の間隔で言えば少し早いかというくらいである。

「何か?」

 その視線が気にいらなったのか、リーナは少し不機嫌そうな表情になる。

「いえ。特には……」

 リーナが既婚者であるとすれば夫がいるはずだが、その姿はどこにも見当たらない。ということは現在、夫は不在ということになる。おそらく、結婚してから間もないはずだろう。なのに夫が不在ということにクレスは少し違和感を覚えた。カナルディアの男性比率が少ないことと何か関係しているのだろうか。

「クレスさんはいまのところ行くアテはあるんですか?」

「カナルディアを出てからということなら、ありませんね」

 学院に入るには入学金がいるし、そんなお金があるわけもない。となれば、現状は故郷に帰って仕事を探すくらいしか思い浮かばなかった。仮に故郷に帰ったからといって仕事がある保証などどこにもないのだが。

「一応、故郷にでも帰ろうかとは思っています。そこからのことは何も考えていませんが……」

「それなら。このカナルディアで働くというのはどうですか?」

 意外な提案がエンフィトスの口から出た。これにはアルテナとリーナも少し驚いたようである。

「カナルディアは男手が圧倒的に不足していますから、仕事はいくらでもあります。……食事とお給金はあまりお出しできませんけど」

「たしかにエフィの言い分も一理あるわね。それに学士をやっていたなら、それなりに頼れる面も出てくるかもしれない」

「あたしはどっちでもいいわよ。パッとしない感じだから戦いには使えなさそうだけどね」

 リーナの棘のある口ぶりに少しムッとはするものの、事実なのだからと堪える。それにしても自分はそこまでパッとしない存在なのだろうか。そういえば士官学校時代もそんなことを言われたような気がしなくもない。

「どうですか? クレスさんさえよければという話になりますが」

 たしかに願ってもない申し出だ。食いっぱぐれないということと寝床があるというのが最低条件ならば、ここは間違いなくそのいずれの条件も満たしている。となれば——。

「少し待ちなさいな。これはあなたの行く末を決めることよ。すぐに決断を出さずに一晩よく考えてみなさい。それでここにいたいということなら、そのとき改めてあなたを雇うとしましょう」

 アルテナは厳しくも優しい口調でクレスを諭す。そう言われてしまってはクレスも「わかりました」と答えるしかなかった。

「クレスさん、朝食後にレミリアが迎えに来る手筈になっていますので、以降はレミリアと従って行動するようにしてください。不憫に感じるかもしれませんが、お客人を単独行動してもらうわけに行かない事情もありますので」

 つまり疑われるような行動は慎むようにということなのだろう。ここまできて波風立てる気は毛頭なかったので、それには「そちらに従います」と簡単に答えておく。するとエンフィトスは満足げに頷いた。

「ところでクレスさんは武芸を一時期習われていたそうですね。得意な武器とかはありますか?」

 エンフィトスの質問にどう答えていいものか首を傾げる。そもそも落ちこぼれだった自分に得意な武器というものが存在しなかった。

「たしかに武芸は習っていましたが、どちらかというと学問のほうに傾倒してましたから」

 これだけ言えば大体のニュアンスは伝わるだろう。クレスは少し歯切れの悪い口調で答える。

「そうでしたか。実は父の影響で武器の扱いには少々自信があったので、朝の稽古にでも付き合っていただこうかと思っていたのですが……」

「あなた、エフィの相手をするつもりなら覚悟しておいたほうがいいわよ。見た目華奢だけど武器の扱いならロウィンより遥かに上だから」

 ロウィンというのはあのカナルディアの若手でもっとも強いという彼のことだろう。大人しい雰囲気のエンフィトスを見るとリーナの言っていることはとても信じられなかった。

「信じてないのならいいけどね。試しに相手をしてもらえばいいわ」

 リーナはジト目でクレスに視線を送ってくる。まるで挑発されているような物言いにはさすがにクレスも流すわけにはいかなかった。

「エンフィトス様、自分でよければ手合わせお願いできますか?」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 エンフィトスは笑顔で答える。この屈託のない笑顔を見せられると、ひょっとして自分はこの姉妹にしてやられたのではと疑ってしまう。

「食後、少し時間が経ってから行いましょう。レミリアには私から伝えておきますので」

 エンフィトスと約束をかわして、朝食は終える。それからしばらくしてレミリアが迎えにきたので、クレスは部屋をあとにした。

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