■07 王子の貞操を守ったのは騎士団長?
今ここにいるのがわたしではなくて、本物のリカルド様だったらどうしていただろうかと考える。
きっと毅然とした態度でヴィタリスの手を振り払い、彼女のことを軽蔑すると言って突き放つだろう。そう想像するけれど、無性に熱く感じるこの身体の火照りがわたしを不安にさせた。
女のわたしですら、こうやって言い寄られてドキドキしてしまうのだ。
男の人であれば、心では拒んでも、身体が言うことを聞いてくれないかもしれない。
ほら、今のわたしが、そうなっているみたいに。
リカルド様の手がヴィタリスの大きな胸に触れようとしたそのとき、妖艶にほほ笑むヴィタリス越しに、部屋のドアが開け放たれるのが見えた。
わたしが驚いてそちらに目を向けると、ヴィタリスも振り返る。
ん? 今、舌打ちした?
「リカルド殿下。ご無事ですか」
力強い、ズシリとした声がわたしの鼓膜を震わせる。
直接お話ししたことはなかったけれど、このようなお声をされていたのだ、と変なところに頭が働く。
入ってきたのは、王国騎士団長のミハイル様だった。
まだお若いのに───と言っても、わたしとは十ほどもお歳が離れているけれど───騎士団長にまで上り詰めた実力と、上の者にも下の者にも信を置かれる人格者だと聞く。
ミハイル様が何故ここに?
「王子。お立場をお考えください。こんな密室で二人きりになるなど。王子の身に何かあればなんとされます」
ああ、そうか。
王子だ。王子の身を気遣うのは当然のこと。
でも、二人きりってどういうこと?
この部屋には三人いるわよね?
あ、でもわたし(の身体の方)は寝てるし、そういうことか。
ミハイル様は、王子がヴィタリスに誘惑されてその貞操を危うくされていることを危惧しておられるのだわ。
「まあミハイル様。どうかご安心ください。わたくしが、ヴィタリスがおります。あの女が目覚めても、わたくしがこの身を呈して王子をお守りいたしますわ」
えっ、そっち?
わたしがリカルド様と二人きりになるのが危険だと考えて飛んで来たって言うの?
もしそうなら、わたしをどんな凶悪な人間だと思ってるのよ。失礼過ぎない!?
気づくとヴィタリスはリカルド様の側からさっと離れて、今度はミハイル様の元へすり寄っていた。
手は……、握ってないみたいだけど、大柄なミハイル様のお顔を下から仰ぎ見るようにするその顔は、恋する乙女のよう……。
あれ?
なんだか違和感があるわ。
横から客観的に見ているからそう思うだけかも知れないけど、先ほどヴィタリスがリカルド様に見せていた計算づくの妖艶な微笑に比べて、今、彼女がミハイル様に向けている目は……、なんというか、やっぱり、貴方に恋してますって目に見える。ちょっと余裕がない感じ。
そう思うと、彼女が今ミハイル様の前で、もじもじと手をもてあそんでいる様子も、なんだか可愛らしく見えてしまう。
……いやいや。いやいやいや。駄目よ、駄目。
ヴィタリス。貴女、仮にもわたしからリカルド様を奪おうとしてるんでしょ?
本当はミハイル様のことが好きなのに、そんな、あれもこれもだなんて節操なしに、何てアバズレなの? 毒婦というなら貴女のことよ!
「あっ! おい」
あ、手を取った。
ヴィタリスがついにミハイル様の大きな腕を取って、蛇のように身体を絡みつかせた。
ねえちょっと、リカルド様が見てる前よ? 自覚ある?
「わたくし、以前からミハイル様とお話ししたいと思っておりましたの。でも、周りのかたのガードが硬くって……。こんなところではなんですから、向こうへ行ってお話しいたしませんか?」
ヴィタリスが強引に連れ出そうとするのを、ミハイル様は迷惑顔で見下ろしていた。
その顔が救いを求めるようにこちらを向く。
いや、わたし(リカルド様)は助かったから、そのままお願いします。
どうか、その色情魔を引き取ってください、という意思を込めてコクリと頷いてみせた。
「……分かりました。参りましょうヴィタリス様。私も貴女にはお聞きしたいことがありました」
「まあ、何でしょう? わたくしに?」
ヴィタリスは見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、ウキウキなご様子で、ミハイル様と連れ添って部屋を出て行く。
リカルド様のことなど、まるっきり忘れてしまったかのようだ。
「……おい、そこの者。私が戻るまで、この部屋には誰も入れないようにしろ」
ミハイル様は出掛けに部屋の外に控えていた者に向かってそう命じ去っていった。
最後に、これは貸しだぞ、とでも言うような目配せをリカルド様に残して。
お二人は昔から気心の知れたご友人であると、リカルド様からお聞きしたことがある。
ミハイル様はきっと、リカルド様のお気持ちを汲んでそうしてくれたのだろう。
そうして、再びわたしは、わたし(ベッドで寝たままのわたし)と部屋で二人きりで残されることになったのだった。




