■03 キスで入れ替わる呪いですって!?
もしかしてもしなくても、それはわたし以外にあり得なかった。
着ている服は間違いなく、わたしが今日着てきた淡いピンク色のドレスである。
それに、今まで自分のことをこんなふうに眺めたことはなかったけれど、ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てているその顔は、普段鏡の中で見る自分の顔……そのものだった。
驚きながらも、わたしはとっさに、色々な角度から自分の顔を覗いて観察してしまう。
は、はー……。わたしって、こんなふうに見えてたんだー。
鏡映しじゃない、全然別の角度から見る自分の姿はとても新鮮に見えた。
驕って言うわけじゃないけど、客観的に見て、我ながらまんざらでもないなと鼻息を荒くする。
小さなアゴに柔らかそうな頬。
きめ細やかで、白く瑞々しい肌。
サラサラの長いブロンド。
ふあぁ……。
長いまつ毛と瞼のその下には、どのような瞳が隠れているのか……、指で開いてそれを確認しようとしている自分に気がついて、ハッとその手を引っ込める。
いやいや、違う違う。人形じゃないんだから。これはわたし。
そう自分に言い聞かせて、それが随分とおかしなことであることに気づき我に返った。
ここで寝てるのがわたしなら、わたしは……、誰なのよ?
そこでようやくわたしは、自分自身の身体とまともに向き合うことになる。
見覚えのある服の生地。長くしなやかな手足に指先。
そして、さきほどまでこの部屋にいたはずの彼の姿が見えないことを考え合わせると、導き出される結論は一つしかありえなかった。
鏡、鏡、鏡っ!
部屋の中を改めて見回して見つけた鏡台の前に歩いていく。
その途中から、わたしはその中に、よく見知った立ち姿を見つけていた。
「リカルド様……。わたし、リカルド様になってる……」
わたしが呟くように言ったその声は、そうと分かってから聴けば、確かに、紛れもなくリカルド様のお声だった。
「どうして……?」
鏡面台に手を突き、打ちひしがれるわたしの視界に黒い影がよぎる。
えっ、と驚き顔を上げた。
それがいたのは鏡の中にいるリカルド様のお顔のすぐ横だった。
そこに、小さな黒い小鬼が浮いているのが見えた。
「おっと! 見つかっちまったァ」
おどけた声が耳元でしたのに驚いて、そちらを振り向くが、そこに小鬼の姿はなかった。
あれ!? なんで?
首を何度も横に振り、視線を鏡の中と外に行ったり来たりさせるが、鏡の中では確かに自分の顔のすぐ側に小鬼がいるのに、鏡を通さずに見た実際の部屋の中には、それがどこにも見えない。
何、このへんてこ?
あ、ああ頭、おかしくなりそう……。
「無駄無駄ァ。肉眼じゃあ俺様は見えねえよォ」
「だ、誰? あ、悪魔?」
鏡の中に目を凝らしてよく見たそれは、絵本などに出てくる悪魔の姿によく似ていた。
細長い手足に真っ黒な肌。
おでこの辺りには角のような突起が二本生えている。
顔も目がつり上がっていて狂暴そうだが、いかんせんサイズ感がわたしの手の平に乗りそうなほどの大きさしかないので、怖い、という感覚はあまりなかった。
でもそれは、突然おかしなことが沢山起こり過ぎて、わたしの感覚が麻痺しているだけかもしれない。
「悪魔かァ……。まあ、そんなようなもんだ。お前にとってはなァ」
鏡を身ながら悪魔のいるはずの位置に合わせ、ワキワキと手を動かすが、手をすり抜けて全然つかめない。
どうなってるの、これ?
「おい、よせッ。触るなッ」
「な、何が目的なの? 悪魔なら、もう間に合ってるわ!」
本当にもう沢山。
みんなして、わたしをどれだけ苦しめれば気が済むって言うのよ。
「フフェフェッ。さっき、どうしてって聞いたよなァ? 教えてやるよ。折角、呪ってやったのに、本人にその自覚がないんじゃ、その甲斐がないからなァ?」
「呪い?」
「おうよ。その呪いだ。お前の今の境遇は、お前が俺様にした仕打ちのせいだと自覚しろ」
「全然分からない。わたしが何したって言うのよ?」
「俺様が静かに眠っていた鏡を拭いて綺麗にしやがっただろォ?」
「鏡……?」
思い当たるものは……、ある! ありまくりだ!
わたしがリカルド様から婚約を破棄される口実とされた小旅行。
その目的地の寺院跡で見つけた古臭い鏡を擦って磨いたのだった。
多分、あれのことを言ってるんだ。
他に祈りを捧げられそうな物も見当たらなかったし、これでいいかと思って……。
折角だし、泥で完全にふさがってた鏡面を、少し布で磨いてやっただけなのに、あれがいけなかったって言うの?
そのあと祈りを捧げたとき、かすかに感じた悪寒みたいなやつ。
あれが、呪いだったの?
「ケッケッケッ。愛する者と決して結ばれない呪いをかけてやったぜェ? 大成功だろ? せいぜい思い知れ!」
悪魔はそれだけ言うと、わたしが返事をする間もなくパッと鏡の中から消えてしまった。
わたしは慌てて周囲をキョロキョロと見渡す。
「んんー……?」
鏡の中をもう一度覗き込んで、色々な角度から部屋のあちこちを探ってみるけど、あの小鬼のような悪魔の姿はもうどこにも見つからなかった。
「ちょっとー! ちょっと待ってよ。誤解よ。そんなつもりなかったのにぃ。汚い方が好きな人がいるなんて誰も思わないじゃない!」
部屋の中を見渡しながら大声で呼び掛けてみても、あの悪魔からの返事はなかった。
その代わり、女言葉で喋るリカルド様というのが、生理的に受け付けなくて、寒イボが立った。
「嘘でしょ……? こんなの……」
ペタリと内股でその場に座り込むわたし。
こ、こんなみっともない姿、リカルド様にさせちゃいけない。
そうは思うんだけど、力の抜けた足腰はすぐには持ち上げられなかった。
婚約破棄された上に、服毒自殺を偽装されるたくらみの渦中にあって、しかも呪われてるって……。
一生分の不幸が一度にやってきたのかしら……。
わたしはリカルド様の姿のまま、両手で顔を覆い、シメジメと泣き崩れた。




