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■23 因縁の謁見の間にて


 先日の婚約破棄騒ぎの熱も冷めきらないうちに、謁見(えっけん)の間には再び大勢の貴族たちが集められていた。

 皆、口々に噂するのはやはり、リカルド王子とメフィメレス家のヴィタリスの婚約についてのことだった。

 本来、正式な発表まで伏せられているはずのその情報が、すでに皆の知るところとなっているのは、ヴィタリスとメフィメレス家が明に暗にと吹聴(ふいちょう)して回っていたからだった。


 あの悪女アシュリーにたばかられた傷心のリカルド王子を甲斐甲斐しくお慰めするうちに、互いに情を募らせ、というのがその筋書きだった。

 実際にその作り話を信じている者はいない。

 だが、タッサ王がメフィメレス家を重用する素振りがあることは明らかであったし、周囲の者はその流れに遅れじと、二人の仲を大いに持ち上げ、賛辞を送ってみせた。


 なんでも、メフィメレス家は、あのアダナスを打倒するための魔法の秘薬を完成させており、近いうちに王国の魔法部隊の大幅な強化が行われる。

 そんな噂も、今や公然と噂されるようになっていた。


 メフィメレス家の当主ルギスは、広間中を賑わすその諸侯の反応に満足そうに耳を傾けていた。

 王子の元婚約者であるアシュリーの口封じが上手くいかず、(なか)ば焦るようにして事を急いだが、機は十分に熟していたようだ。

 自分の娘と王子の恋仲がどうであろうともはや関係がない。

 このオリスルト王国にとって、先の戦の敗北が如何に大きかったか、魔法部隊の強化が如何に急務であったかということだ。


 広間の騒めきが一際(ひときわ)大きくなり、王と王子、それにヴィタリスが壇上に姿を現した。

 王側付きの男が、集められた貴族の紳士淑女に向かって謝辞を述べ始める。

 そして、今日この日の本題───リカルド王子とヴィタリスの婚約が高らかに宣言される。

 ルギスは満面に笑みを湛えその様子を見守った。

 そのときだった。


「お待ちください。タッサ王。その婚約はなりません!」


 大扉が開かれ、そこから王国騎士団長のミハイルと、彼の部下たちがぞろぞろとなだれ込んできた。

 困惑する群衆を押しのけ壇上へと詰め寄る騎士団員たち。

 それとは別に、ルギスの背後にも数名の騎士団員が、いつでも彼を取り押さえられる距離に位置取った。


「恐れながらタッサ王。王国騎士団はメフィメレス家の(はかりごと)を告発しに参りました」

「ぬぅ……。話せ、ミハイルよ」


 王は低く(うな)りながら、玉座に深く掛け直した。

 王国騎士団長のミハイルがこれほど急ぎ、事を荒立てて意見をするのであれば、何も聞かず頭ごなしにすることはできない。

 そこに並々ならぬ事情があることは、広間に集まった皆が察するところであった。


 だが、その後ミハイルの口から語られた真実は、彼らのそんな想像を遥かに超える恐るべき国家転覆の陰謀であった。


 まず、タッサ王らがその脅威を知り、秘密の供与を願った魔法強化の秘術。それを開発したのがメフィメレス家であること。それ自体は間違いなかった。

 それは特別に調合した秘薬を魔法士たちに服用させて、潜在的な魔力の素質を大幅に底上げするものであった。

 まさにその力によって、二年前の戦争においてオリスルトは大敗北を喫したのだ。


 だが、大き過ぎる力は代償を伴った。

 その戦闘の直後、秘薬を服用した者たちのほぼ全員が不調をきたす。

 それは肉体ではなく、精神的な弊害であり、ほどなく皆、言葉も交わせぬほどに意識が薄弱とし、廃人同然となった。

 大勝にも関わらず、アダナスがそれ以上進軍を続けなかったのはそれが理由だった。


 事が露見した結果、アダナスにおけるメフィメレス家の立場は失墜した。

 一家が取り潰しとなる瀬戸際にあって、当主ルギスは一計を案じる。

 戦に敗北したオリスルトの者たちは、強化された魔法の威力のことしか知らず、副作用の件は秘匿されている。そのことを利用し、自ら亡命を装いオリスルトに取り入り、内部から崩壊せしめてみせるとアダナスの皇帝に進言したのだった。


 ミハイルはそれらの事情を説明したあと、証拠として、アダナスの皇帝からルギスに宛てられた手紙や、ルギスの自著による作戦の草案書をタッサ王に提出してみせた。


「薬は多く用いれば毒に、毒は少なく用いれば薬になるという。メフィメレスの秘薬も、使い方如何では実用に耐え得るのではないか?」


 メフィメレス家からの技術供与を国防の要と考えていたタッサ王は、そう言ってすがった。

 ミハイルは黙って辞儀をした後、部下に合図をし、広間の外から一人の男を招き入れる。


 現れたのは以前、タッサ王の前で強化のお披露目をして見せたオリスルトの魔法士だった。

 そのときは、その男が放ってみせた大きな火球に満足し、さらなる強化を指示したタッサ王であったが、今、謁見の間に連れて来られたその男の風貌は、僅か半月ほどの間に大きく様変わりしていた。

 金色に(つや)めいていた長髪は、かなりの数が抜け落ち、色も()せて枯れたようになっていた。(ほお)もこけ、口からはだらしなく(よだれ)を垂らし、目だけが飢えたように爛々(らんらん)と輝いている。


「メフィメレス家の者たちによって監禁されていたところを発見し保護しました。押収した実験記録によれば、この男に与えられた薬はアダナスの魔法部隊に使われた量の十分の一程度とのこと。服用量の如何に関わらず、一旦体内に取り込んでしまえば、その後は魔法を行使すればするほど精神に異常をきたすようでございます」


 タッサ王は、ぬぬぬと唸った後、やおら立ち上がりルギスの方を指差し言った。


「ルギスよ、何か申し開きがあるなら申してみよ!」


 ルギスは顔を伏せたまま何も返さない。

 広間では貴族の女たちが、ご婚約はどうなるの? などと暢気(のんき)なことを(ささや)き始めている。


「お、お待ちください。タッサ王。これは我がメフィメレス家を(おとし)める陰謀です。全てご説明できます。重大な秘密ですので、今、この場では申せませんが、必ずご納得いただけますから」


 壇上で大声を上げて王に迫ったのは華美な衣装に身を包んだヴィタリスだった。


「それに……、この、このミハイルという男、この男には嫌疑がございます。ああ、そうです! わたくし、この男に先日(はずかし)めを受けました。記憶はおぼろげですが、何か薬を()がせるかして、私を昏睡させ、私の身体にいたずらしたに違いありません。このような不埒(ふらち)者の言葉など、何一つ信用なりませんよ! 誰か!? 誰かいませんか? 小部屋で寝かされている私を発見して起こした下女がいたはずです。誰か証言して!」


 手が付けられないほどの剣幕で、一人しゃべり続けるヴィタリスに、周りの者は皆顔を背けた。

 どう考えても事の趨勢(すうせい)は決しているのだ。

 凋落(ちょうらく)が決まっているメフィメレス家の娘に味方する者など誰もいない。

 救いを求めてキョロキョロとするヴィタリスが、群衆の後ろからおずおずと進み出る一人の女を見つけて手招いた。


「なんです? お前。さあ! 言って、証言して頂戴!」

「お、恐れながら申し上げます。私は確かに見ておりました。あの日、お疲れになってお部屋でお休みになっていたミハイル様のお身体に、ヴィタリス様が覆い被さっておりました。逆でございます。無防備なミハイル様に手を掛けた不埒者は、ヴィタリス様です」


 ヴィタリスは気づかなかったのだ。

 あの日、寝ている自分を起こした女と、前に進み出た女が別であることを。

 そもそもヴィタリスにとって、王宮の小間使いの女たちなど顔を覚えるにも値しない、道具か何かでしかなかったのだから。


「なっ……、な、何を言うのよ、この女。これも陰謀だわ。嘘です。リカルド様。これも、私を貶める罠です。使用人の女などいくらでも丸め込めるのですから。お助けください、リカルド様。一言、一言わたくしのことを信じると……」


 ヴィタリスに言い寄られてもリカルドは顔を背けたままだった。


「王子に気安く触れるな、この悪女め」


 ミハイルがヴィタリスの手を取りリカルドから引き剥がす。

 手首を持って乱暴に振り回したことで、ヴィタリスは体勢を崩し、壇上でへたり込んだ。

 その様子にワッと歓声が沸いた。

 貴族の婦女子たちもそうだが、より歓声を大きく上げたのは壁際で静かに控えていた使用人の女たちである。


「その女を早く王子の目の前からお遠ざけください」

「リカルド殿下にはもっと相応しい御方がおります」

「どうか、アシュリー様との婚約破棄をお取消しください」


 その他にも、自分はヴィタリスにこんな酷い仕打ちをされた、などと訴える声が混じる。

 それと対比するように、アシュリーにはこのように優しくしてもらえた、だとか、彼女と王子との仲がいかに本物の恋であったかを説く声も。

 アシュリーの名を呼ぶ声は次第に増えていき、その場にいた貴族たちを困惑させた。

 誰も、あの伯爵令嬢が下の者にこれほど慕われていたことを知らなかったのである。


「アシュリー様……」

「ああ、アシュリー様良かった」

「アシュリー様? どうぞこちらです」


 感極まったようにはしゃぎ始めた女たちの方を皆が振り返った。

 使用人たちと同じく広間の隅に隠れるようにして立っていたドレス姿の女性が、使用人たちから手を引かれ、背中を押され、前へと進み出る。

 それは約半月前に、この場所で婚約破棄を言い渡されたあのアシュリー嬢であった。


 騎士団の男に引っ立てられるヴィタリスと、アシュリーが広間の中央付近ですれ違う。

 ヴィタリスは頭を押さえ付けられて床を見つめ、()いずるように歩かされていた。

 すれ違いざま、首を横に曲げ、アシュリーのことを恨みがましく(にら)みつけるヴィタリスに対し、アシュリーは毅然(きぜん)と前を向き、足元の女には見向きもしなかった。

 伯爵令嬢アシュリーが見つめる先、そこに立つ壇上の男は───。


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