■22 これで元通り
部屋に戻ったミハイル様のわたしは、アシュリーのわたしと椅子に座って向かい合うことになった。
リゼが人払いをしてくれたお陰で、こうして落ち着いて話をすることができる。
今は、そのリゼが二人に紅茶を注いでくれているところだった。
「信じる他はないのだが……、頭では分かったつもりでもどうにも落ち着かぬものだな」
「わたしもでございます。ミハイル様」
アシュリーのわたしの中にいるのは、ミハイル様だった。
ミハイル様の身体を中で操っているのが、わたし───アシュリーであることは、説明してようやくご納得いただけたところだ。
まったくもって、ややこしい。
「リゼはどうしてそんなに物分かりよく落ち着いていられるのかしら?」
ベッドの上で目を覚ましたわたしの様子がおかしいことに、真っ先に気づいたのはリゼだった。
混乱するわたしを……、ミハイル様を、リゼが必死でなだめてくれたおかげで屋敷の中は大騒ぎにならずに済んだらしい。
先に起きていたリゼが、わたしの身体と添い寝をしていたというミハイル様の訴えには、わたしはひとまず聞こえなかった振りをしておいた。
「それは、身に覚えがあったからでございます」
側に控えたリゼが事もなげに言う。
「わたくしとキスをして気を失ったという記憶から推測を……?」
「いえ。それもそうですが、自分が王宮の前まで行って、ミハイル様とお話しをしたという微かな記憶がありまして……」
「えっ!? 本当?」
「はい。と言っても、まるで夢で見たようなおぼろげなものです。ですが、その、お嬢様になったミハイル様からお話をうかがって情報を突き合わせると、それが現実にあったこととしか思えなくなりまして。それで、誠に信じ難いことですが、口づけをきっかけとして身体が入れ替わっているのではないかという仮説を立てさせていただいたのです」
リゼとミハイル様から話を聞く限り、ミハイル様が目を覚まされたのは、ミハイル様のわたしとヴィタリスがキスをして入れ替わった頃合いだと推測できた。
一対一で入れ替わったときには、何を試しても目覚めなかったのに、もう一人別の人に乗り移ると、玉突きのようにして目覚めてしまうということかしら。
あるいは、呪いの力で眠らせておくのは一人分が限界とか?
でも、今気にするべきは、それよりも入れ替わっている間にわたしが見聞きした情報は、あとで本人にも知られてしまうらしい、という話だった。
「わたし、さっきまでヴィタリスの身体になって、ルギスの部屋から手紙を持ち出して来たんだけど、それってもうヴィタリスには知られてしまってると思う?」
「さぁ、どうでございましょう。大半は本当に曖昧なイメージでしかございませんので。わたくしもミハイル様からお話をうかがわなければ、あれが本当にあったことだとは思わなかったはずです」
「すまぬ。その、ルギスの部屋から持ち出した手紙、というのは?」
「ああ、そうですね。これでございます」
わたしは懐からルギスの部屋から持ち出してきた証拠資料一式を取り出してミハイル様にお渡しした。
ミハイル様は興奮気味にそれを読みながら紅茶をすすり、考えを整理しているようだった。
目の前にいるこの華奢な少女がミハイル様なのだと思うと、何故だかその仕草一つ一つがお可愛いく見えてしまう。
そうしながらわたしたちは、今後の戦略について意見を突き合わせた。
戦略というのは当然、メフィメレス家とその背後にいるアダナスの陰謀をどのようにして公にし、叩き潰すかということだった。
わたしの軽率な行動については当然ミハイル様も良いお顔はされなかったけど、咎め立てるお言葉は形だけのものだった。
なにしろ、結果として今わたしたちの手元にある情報は求め得る限り最良の成果なのだから。
王国の危機を救うわたしの貢献についてはミハイル様も大いに喜び、わたしを褒めてくださった。
*
「……それで……、その、君の呪いの件……なんだが……」
アシュリー姿のミハイル様が、そわそわとし始めた。
分かってます。ミハイル様。わたしもです……。
本当なら、この部屋に帰ってきてすぐに済ませておくべきだったのに、やはり互いに気遅れがあったのだ。
元の身体に戻りたい……、戻るべきなのに、その方法が口づけをすることであるばかりに、そんなはしたない申し出をすることがためらわれてしまう。
けれど、もう限界だった。
そんなお上品な駆け引きをしている場合ではなくなってきた。
「リゼ。ちょっと外していただけますか?」
「いえ、お嬢様。わたしはメイドでございます。どうぞお気になさらず。いない者としてお考えください」
「いいえ。気にします。見世物ではありませんよ?」
「私には、何かあったときにそれを見届ける義務が……」
「ありません」
「……承知しました。……ですが、それならその前に一旦、小用をお済ませになってはいかがでございましょうか? 何やら先ほどから落ち着かないご様子でありますので」
「だっ、だから、急いでるんだってば!」
意地悪で言っているのか、天然で言っているのか分からないけど、どっちにしろ後でみっちりお仕置きよ!
私はリゼの背中を押して部屋の外へ追いやる。
そうして二人きりになった部屋で、わたしとミハイル様は向かい合った。
お互いに自分自身の身体を見つめ合う。
わたしは自分を見下ろし、ミハイル様は自分を見上げるようにして。
急がなきゃ。
でも、どうやったらいいの?
起きて意識のある相手となんて。
しかも相手はあのミハイル様なのだ。
「その……、あのときのことは、すまない……。つい、出来心で……」
それがミハイル様からわたしになさった口づけのことを言っている、ということはすぐに分かった。
わたしの姿のミハイル様は、気まずそうに顔を背ける。
「いえ……。あの……、それで国が救われることになったのですから」
男女の色恋、若気の至りに対し、なんて壮大な言い訳なのかと、つい可笑しくなってしまう。
「元に戻るときは、君から、なのだろう?」
「……ぇ、えぇ……。そのはず、なのですが……」
そうだ。わたしが決心しなければ、いつまでもこのままなんだ。
思い切って背中を曲げ、わたしはわたしに向かって顔を近づける。
このミハイル様の身体に比べて、わたしの身体はなんて小柄なんだろう。
大柄なミハイル様にとっては、ほとんどの女性がそうなのだろうけど、この体格差はいかにも不釣り合いなものに思えた。
ヴィタリスほど豊満な胸も持たないのに、ミハイル様は一体わたしのどこにひかれたのだろう。
そんなことを思って自分の顔を観察すると、わたしの───ミハイル様の身体の鼓動がドキドキと速まり、顔が熱くなってきた。
やっぱり……、この身体は、わたしのことが好きなんだ。
目の前のこの小さな身体を全身でギュッと抱き締めたい!
そんな衝動が湧き上がるのをなんとか押し留めて、わたしはわたしの肩を抱き寄せた。
「……申し訳ありません。瞳を……、閉じていていただけませんか?」
「あ、ああ。そうだな。すまない」
キュッと目を閉じ、お可愛くするミハイル様。
彼に、というか、彼女に向かって、わたしは顔を傾け、息を詰め、そっと口づけをした。




