■21 門限破りは見逃して
おっと!
わたしは自分にむかって倒れ込んでくるヴィタリスの身体を両手で受け止めた。
その結果、ヴィタリスのあの大きなお胸を揉むことになってしまったけど、こんなものただの脂肪の塊よ、と心の中で悪態をつきながらヴィタリスの身体を無造作に寝かせる。
横向きでしどけなく髪を乱したヴィタリスの姿。
流石にこれは良くないなと思ったわたしは、倒れていた椅子を直し、ヴィタリスの身体を滑らせるようにして動かし、その椅子の上に座らせた。
両腕を曲げて、テーブルに向かって顔を突っ伏すようにさせる。
よし、これなら間違っても情事の後には見えないでしょう。
その出来映えに満足したわたしは、テーブルの上に散らかっていたメフィメレス家の陰謀の証となる書状や毒草を引っつかんで小部屋を飛び出した。
*
わたしは太陽が完全に沈んだ夜道を自分の屋敷に向かって急ぐ。
想像以上に外は真っ暗。
女性の身でこんな夜道を出歩いていると考えたら恐ろしくて堪らなかったけど、人とすれ違う度、わたしを見る相手の方が驚くので、段々とすれ違う人々に対する申し訳ない気持ちの方が勝っていった。
な、なんにもしていないのにこれほど怖れられるなんて……。
ミハイル様はミハイル様でご苦労があるに違いないわ。
見覚えのある塀が見えてきた。
こんな時間まで外を出歩くなんて悪い娘です。
心の中でお父様に向かってそう詫びる。
けれど大丈夫。わたしは───本物のアシュリーの身体は、今もずっとベッドの上。今日一日、屋敷から一歩も外に出ていないことになっているのだ。
流石にずっと眠ったままでいるのを心配されているかもしれないけど、もう一度キスをすればすぐに、もと……ど、お……り?
「……ああっ! どうしよう……!」
わたしは馬鹿だ。
どうやってこの、ミハイル様の姿のままで、自分の部屋まで帰ればいいだろう。
こんな夜中では通用口の扉には錠が掛かってしまっているはず……。
正面玄関から尋ねようか……。
いや、アシュリーは謹慎中の身なのだ。
お父様がそんな簡単にミハイル様を中に招き入れるとは思えない。
しかもこんな陽も暮れた後で。
明日まで待つ?
いいえ、だとしたら今晩はどこで眠ればいいの?
ミハイル様のご自宅だって分からないのに。
わたしが頭を抱え、ひとしきり自分の迂闊を呪っていると、なんと都合の良いことか、使用人用の通用口の扉が開き、中から小さな人影が現れた。
暗くて誰だか良く見えないけど、屋敷の者ならなんとか言いくるめられるでしょう、とわたしはその人影に向かって駆け寄った。
「すまない。緊急事態なんだ。何も聞かずに私をアシュリー様の元に案内してくれないか」
そう言いながら半開きの扉に手を掛け、閉じられないように身体をねじ込む。
最悪の場合は強行突破しよう。キスさえしてしまえばこっちのものだ。
切羽詰まっていたわたしはそこまで考えていた。
「お、俺か!?」
自分のアゴよりも低い位置から聞こえてくる女性の声にむかってわたしは目を凝らす。
寝巻に薄いカーディガンだけを羽織ったその小柄な女性は……。
「え、わ、わたしぃっ!?」
野太い男の声が暗がりに響く。
思わず出た大きな声に自分で驚き、わたしは慌てて口に手を当てた。
どういうこと?
わたしはここにいるのに、わたしがベッドから起き出して歩いて来ちゃってる。
ミハイル様のわたしとアシュリーのわたしは、互いに向かい合って、指を指し合い、あんぐりと口を開けていた。
「良かった。お嬢様でございますよね?」
塀の内側───アシュリーのわたしの背後から姿を現したのはメイドのリゼだった。
「え、ええ……」
「早く。お部屋に戻りましょう。話は中で」
わけも分からず応答したミハイル様のわたしに向かってリゼがそう促す。
それは願ったり叶ったりだけど……、いや、まぁいっか。
まだ何が何だかよくわかってないけど、どうやら上手く自分の部屋に戻れるみたいだわ。




