■20 すたこらさっさ、です
ルギスの部屋から出た後、ヴィタリスのことを呼び止める侍女に向かって、用事を思い出しましたと言い捨て、わたしはミハイル様の元へ急ぐ。
ミハイル様の身体をテーブルの上に寝かせたままのあの小部屋。
その扉の前に差し掛かったとき、その部屋から出てくる女性の姿が目に入った。
おっと、まずい。
思わず廊下の曲がり角に戻って身を隠す。
少し様子を見ていると部屋の中からはもう一人の姿が。
彼女らの顔には見覚えがある。王宮の小間使いの子たちだ。
というかよく話すので名前まで知ってる。
けど、今のわたしはヴィタリスなので話しかけるわけにはいかないのだけど。
「お疲れなのかしら」「もう少し寝かせておいてさしあげましょう?」などという会話の後、二人は扉の前を離れて行ってしまった。
危なかった。今のうちに、早く戻らないと。
わたしは周囲に目を配ってから、足早に小部屋の中へ身を滑り込ませる。
テーブルの上には、わたしが部屋を出たときと同じ姿勢でミハイル様が寝転んでいた。
仰向けの上半身をテーブルの上にドッカと載せて、足の方はテーブルの下に放りだしている。
なんとも豪快だけど、見方によっては仮眠を取っているように見えなくもない。
わたしは服の隙間に隠していた書状や毒草を取り出し、テーブルに置いた。
そして、ゴクリと唾を飲み、ミハイル様の寝姿に向き直る。
ヴィタリスが再びミハイル様の唇を奪うことになるのは嫌だったけど、やらないと、元に戻れないんだから、と自分に言い聞かせる。
眠っている自分相手にキスをしたときも気が咎めたけど、今からやろうとしていることの罪悪感は半端じゃない。
今さらながらにミハイル様に断りもなく、この身体を持ち出して好き勝手していることに引け目を感じた。
拒否も、抵抗もできない相手の唇を無理矢理奪うなんて……。
ミハイル様に申し訳ない、というのもそうだけど、こんなことをしていたら自分の性癖が捩じ曲がってしまいそうだ。
あー、やっぱり。
ミハイル様のお顔とその身体を見つめていると、ヴィタリスの身体の中が熱く滾ってくるようだった。そんな気がする。
本当にいやらしい女……。こんな想いでミハイル様を見ていたなんて……。
そんなふうにヴィタリスのことを非難がましく思いながらも、そんなよこしまな想いが自分の心の中にも満ちていくのを感じる。
他人のことは言えない。
わたしからしたって、ミハイル様の精悍なお顔やお身体は、とても好ましく見えるのだから。
服の上からでも分かる、鍛えられた男の人の筋肉、熱い胸板に思わず目を奪われる。
リカルド様がどちらかと言えば線が細く中性的で神聖な印象をお持ちなのに対し、ミハイル様は女性とは真反対の、力強く男らしい色気を蓄えておられた。
昼間宮中で、貴賤を問わず、沢山の女性に遠巻きに盗み見られるようにされていたことも頷けるというものだ。
そう、これは客観的な事実よ。
誰だって見惚れる。
人目をはばからず、好きに見ていいですよって言われたら、女性だったら誰だって、こんなふうにガン見しちゃうはず。
ヴィタリスのわたしは、その太い首筋を、隆々と盛り上がった肩を、舐めるように見回した。
ちょっとだけ、触れてみてもいいかしら。どうせ、分からないのだし……。
厚い胸板を。お腹の辺りを。触れて、その硬さを確かめてみたい……。
そのとき、ガチャリ、と、何の前触れもなく小部屋のドアが開かれた。
振り返って固まる。
僅かに開いた隙間からは、小間使いの女性たちが三人、縦に顔を並べてこちらを覗いていた。
「あ、あっ……。すみません。お邪魔しました!」
中の一人が大きな声で謝罪し扉を閉めた。
すぐにバタバタと廊下を走り去る音が聞こえた。
我に返ったわたしは我が身を振り返る。
ヴィタリスであるところのわたしは、いつの間にかテーブルの上に身を乗り上げ、四つん這いになった状態でミハイル様の身体を跨いでいた。
まさに今から寝込みを襲いますよ、と言った体で。
その状態で口づけをしようとしていたのだから、そう見えて当然だった。
あ……、あっ……、あたし、知ーらないっと。
もともと一目もはばからずミハイル様を誘惑なさろうとしていたのだから、どうせ自業自得でしょ、という自棄を起こしたような気持ちに勢いを得て、私は一息でミハイル様の唇に口づけした。




