■14 お待ちください!……おまっ!
わたしから一通りのことを聞き終えたミハイル様は席を立ち、すぐに帰る素振りを見せた。
その高い背丈を、椅子に座って見上げながら、わたしは急に心細い思いに囚われる。
置いていかれる、という焦燥感。
大体の状況は分かったけど、結局わたしの状況には何も変化がないのだった。
折角、人目を忍んでミハイル様に来ていただいたのに……。
やはりここは、全てミハイル様にお話しすべきではないだろうか。
わたしが鏡の悪魔に呪われて、リカルド様と入れ替わっていたという話は、まだお父様にも誰にも伝えられていなかった。
とても信じてもらえるとは思えなかったからだ。
頭がおかしくなったのかと思われるのがオチだった。
でも、さっきリゼにやってみせたように、あの入れ替わりの呪いに再現性があるのであれば話は別だ。
この呪いを上手く利用すれば、メフィメレス家に一泡吹かせられるかもしれない。
ミハイル様のお知恵と騎士団長としての力をお貸しいただければ、メフィメレス家の非道を暴き、わたしに掛けられた冤罪を晴らすことができるかもしれない。
「あの、ミハイル様。お待ちください」
わたしは急いで立ち上がってミハイル様の背中を呼び止めた。
思わずその大きな手を両手でつかんでお引止めする。
「まだ、お話ししていないことがございます……」
そこまで言ってから、入れ替わりの条件のことが頭をよぎった。
えぇ、やっぱり言えないよ。
寝たふりをしているときにキス、されたこととか。
わたしが、自分にキス、したこととか……。
「アシュリー様?」
ミハイル様は戸惑った顔で、わたしが両手で握った左手を持ち上げてみせた。
けど、それ以上強引に振り払ったりはしない。
どうしたら良いのか分からずに困惑しているようだった。
「あの……、お助けください。ミハイル様……」
上手く言葉が出ない。
どう説明していいのか……。
リカルド様としたキスのことを思い返す。
それが妄言ではないと証明するために実演してみせる。そのことを考えると、何故か眼の前にいるミハイル様の唇に目が行ってしまい、話の続きを言い淀んでしまう。
まだ、何も話せていないのに、自分の頭の中だけで気持ちが先走り、顔が熱くなってしまう。
気がつくと、わたしはミハイル様のお顔にジッと見入っていた。
それ以外のものが全然目に入らなくなった。
だって、視界いっぱいに、ミハイル様のお顔が、唇が……。
「あっ……」
首の後ろを優しく、撫でるようにして支えられる感覚。
と、同時に唇を覆う熱い体温。
閉じた唇の間から、それをこじ開ける力強い舌が分け入ってくるのを感じる。
そのときのわたしはどうしてか、驚きよりも先に、ミハイル様がわたしを見捨てずに居てくれた、という謎の安堵感で心がいっぱいになっていた。
トロリと瞼が落ち……、そして……。
重っ!
右手から何かがこぼれ落ちる感触に驚き、とっさに左手でそれを抱き留めた。
指に食い込む、温かく、柔らかな質感のこれは……、いや、そんなことより、重っ!
重ければ手を離せばいいのだろうけど、そんなわけにはいかない。
そのときには、わたしはすっかり事態が飲み込めてしまっていたからだ。
わたしの手の中にあるこれは、何あろう、わたし自身の身体なのだ。
うっかり放り出して頭を打ったり、首を折ったりさせては一大事。
わたしは支えるのではなく、自分の方へ思い切り引き寄せて、床に倒れようとするわたしの身体を助け起こした。
でも、意識を失くしたわたしの身体は、自分の脚で立とうとはしてくれなくて、膝を曲げ、その場にしゃがみ込むようにして沈んでいく。
わたしはその身体を追うように、いっしょに腰を屈めて介添えをしながら、わたしの身体をお尻から着地させ、そしてゆっくりと仰向けに寝かせた。
ふー。やれやれ。
この光景はもう結構見飽きてしまったかもしれない。
わたしの苦労など知らないように、スヤスヤと寝息を立てるわたしの姿。
もう言うまでもないでしょ?
わたしは今度は、ミハイル様と入れ替わってしまっていたのだ。




