■11 メイドの行動可能範囲、狭い……
リゼになったわたしは、屋敷を出ると真っ直ぐ王宮に向かった。
幸い王宮は頑張れば歩いて通える程度の距離にあったし、リゼはこれまでにもよくお遣いで王宮を訪れる機会があったので、メイドの身分でも出入りは可能なはずだった。
「駄目だ。ヒーストン家の者は入れるなとのお達しだ」
他の多くの物が出入りしている通用口の前で、リゼのわたしは思いがけず足止めを食らった。
「何故です? 謹慎はアシュリー様だけのはず」
「殿下のお心をお騒がせするなということだ。リカルド殿下以外のかたへの親書ならばここで預かるぞ?」
門番がそう言って手を差し出すが、わたしは手元の封書を見つめてから、そっとそれを隠した。
わたしが自分で書いて持ってきた手紙はリカルド様に当てた恋文だったからだ。
困ったわ。手紙は王宮に入るための理由付けで、本当の目的は、どうにかしてメフィメレス家の企みの証拠をつかむことだったんだけど、中に一歩も入れないとなるとその計画が狂ってしまう。
ぶっちゃけ、入口で止められると、もう為すすべがなかった。
門番の前から離れ、どうしたものかと王宮の高い塀の前で悶々としていると、ちょうどそこに王宮内で働いている顔見知りの下女が通り掛った。
「あら、リゼじゃない。どうしたの?」
あら。リゼもこの子と知り合いだったの?
意外な繋がりに驚きつつも、駄目でもともとと事情を打ち明ける。
「任せてよ。その手紙、私がリカルド殿下に届けてあげる」
「いいの?」
もしも手紙を仲介したことがバレたら、この子が罰を受けることになるかもしれないのに。
「私、あのヴィタリスって女大嫌いなの。リカルド殿下にはアシュリー様の方がお似合いよ。断然、応援しちゃうわ」
「え、ヴィタリスのこと知ってるの? その……、リカルド様と……」
「当然! 私たちのネットワークを舐めないで欲しいわね。王宮内の出来事なら、何でも。私たちが知らないことなんてないんだから」
「じゃ、じゃあ……」
メフィメレス家のことで、何か知ってることはないかしら?
そう言おうとしたわたしの言葉がそこで途切れる。
アシュリー贔屓の親切な彼女の背後から、こちらに近づく大柄な人影があったのだ。
「あっ、申し訳ありません。ミハイル様。し、失礼します」
後ろを振り返った彼女は、彼の姿を見るなり頭を下げて、あっという間に駆けて行ってしまった。
あっ、手紙は!? リカルド様に渡してくれるんじゃなかったの!?
そう声をかける隙もなかった。
先ほどまで彼女がいた場所に、ミハイル様がずいと割り込んで、間を遮ってしまったからだ。
あ、あれ? これって、わたしに用がある感じ?
無言で立ち尽くすミハイル様のお姿は、あの下女が何でもないのに謝って逃げ出してしまうのも頷ける威圧感があった。
わたしだって、できることなら今すぐ逃げ出したいぃ……!
「ヒーストン家の者だと聞いたが?」
低く落ち着いた声。
わたしはアゴを高く持ち上げて彼の顔を見つめる。
「はい……。リゼと申します……」
「では、リゼ。何をしにここに参った?」
ひぃっ。なんか怒ってない?
「えっと……、あの……」
「なんだ? やましいことがあるのか? そうでないなら堂々としろ」
やましい? いや、謹慎中の身を偽って出歩いているというのは十分やましいことだけど、それを正直に言うわけにはいかないし……。
わたしがどう応えたものか分からずモジモジとしていると、ミハイル様はため息をついて、頭を掻きながら、あらぬ方向に顔をそむけた。
「どうもいかんな。俺が話しかけると皆を怖がらせてしまうようだ」
そう言うミハイル様のお顔を、わたしはこっそり下から覗き見るようにして観察する。
わたしは、いつも遠くの方にいらっしゃるミハイル様のお姿しか知らない。こうして間近でお話しするのは始めてのことだった。
見下ろすようにされるのは正直怖かったけど、そうやって困ったような表情を浮かべるミハイル様の様子は、少し意外で、少し親しみが感じられた。
こんな人通りのある往来で、ミハイル様を困らせてはいけない。どうやったらお助けできるだろうかと考える───。
わたしはピンと背筋を張って一歩後ずさり、ミハイル様を正面に見据えて言った。
「失礼いたしました、ミハイル様。ですが、あまり近くにお立ちになられますと、背の低い女性は萎縮してしまいます。このように、見上げずに済む距離でお話しいただければ、逃げ出す女性もいなくなるかと……」
ミハイル様は少し驚いた表情になったあと、口角を上げ顔中にしわを作った。
「なるほど。それは済まなかった。今後はその助言、十分に役立てることにしよう」
お怒りを買わなくて良かったと、わたしはほっと胸を撫でおろす。
そして、かつて見たこともないミハイル様の笑顔にしばし見惚れてしまった。
常に引き締まったお顔をされて、厳しいお方だという印象しかなかったけれど、根はお優しいかたなのかもしれない。
「それで?」
「あ、はい……」
リゼであるわたしは自分の主人から託されたリカルド様への手紙があることを告げた。
「なるほど。ならばその手紙、私から殿下にお渡ししよう。と、言ってやりたいところだが……」
「では、やはり……」
「うむ。王直々の下達がされている。ヒーストン家の者と王子との接触を絶つように、とのことだ」
「そんな……」
「私も厳しすぎると思う。特に殿下とアシュリー様の仲を知っている者たちからすればな」
「…………」
そこまで徹底されているなんて。
やはりただの伯爵家の令嬢に過ぎないわたしは、リカルド様と釣り合っていなかったのだ。
それがどのようなものかは分からないけど、国王様やこの国にとっては、あのヴィタリスのメフィメレス家と婚姻を結ぶことの方が国益に適うのだわ。
仕方がない。諦めて身を引こう。
そう思って屋敷に帰ろうと身を翻しかけたそのとき、ミハイル様がわたしを引き留めた。
「待て、リゼ。君をヒーストン家の者と知って引き留めたのだ」
「なんで……ございましょう?」
「私とアシュリー嬢との引き合わせを頼みたい」
「わたしと?」
引き合わせるも何も、今お話ししているではありませんか。
と思ったけど、わたしは今、アシュリーではなくリゼなのだった。
あ、ほら、不味い。ミハイル様が困った顔をしている。
「あ、失礼しました。わたしの主人とですか、と言いたかったのです」
「う、うん。そうだ。直接会ってお尋ねしたいことがある」
「それならば、直接当家をご訪問いただけばよろしいのでは?」
「アシュリー嬢は謹慎中の身だ。正面からお願いしても会ってはもらえぬだろう。それに、私がアシュリー嬢と接触を図ったと知られるのは、おそらく良くない」
「内密に、ということでございますか……」
「できるか?」




