■10 け、計画通りですわよ?
心臓が、凄くドキドキしていた。
もちろん驚くよ?
他人と身体が入れ替わっちゃってるんだもん。
でも、これは二回目の経験だ。
そうなるんじゃないかと予想して、それを試すためにやったこと。
だから、わたしにはこのドキドキの意味が違って感じられる。
もしかすると、これって、リゼのドキドキなのでは?
この後ろめたいような、切ないような感覚は何なのだろうか。
目の奥が熱い。なんか泣きそう。
わたしはリゼがわたしに向かって見せていた潤んだ瞳を思い出す。
不味いことしちゃった……っていうか、不味いこと知っちゃった?
これはわたし自身が感じている感情なのか。それともリゼの肉体に宿った感情を拾い上げているものなのか。感情がぐちゃぐちゃに混ざり過ぎていてよく分からなくなっていた。
お、落ち着こう……。
一旦、落ち着くのよ……。
リゼのわたしは一旦、ベッドの上のわたしから視線を外して部屋の中を意味もなく歩き回った。
ふと、テーブルの上に用意された食事が目にとまる。
そうだ。今日はまだご飯を食べてなかった。
頭を働かせるために何かお腹に入れよう。
けど、完全に冷めきったハムエッグを二口まで喉に入れたところで、実は自分が全くお腹がすいていなかったことに気づく。
むしろちょっと食べ過ぎで苦しいくらいだった。
水を飲んで、喉にあったものをどうにか奥に流し込む。
まあ、これで少し、冷静になる効果はあった。
わたしに掛かった呪いはまだ健在だった。
最初に入れ替わらなかったのは、もしかすると、自分からキスしたんじゃ駄目だってことかしら?
リカルド様と入れ替わったときもそうだったし、きっと、相手の方からキスされないと呪いは発動しないんだわ。
呪われてるなんて、本来はなんら喜ばしいことではないんだけれど、考えようによっては、これは使えるわ。
わたし───アシュリーは、謹慎が解けるまで外出できないけど、こうやって他人の身体を借りれば自由に動き回ることができる。
他人はわたしのことをアシュリーとは思わないはずだから、前回タッサ王やヴィタリスなどがリカルド王子に話して聞かせたように、アシュリー相手には話してくれないような情報も聞き出せるかもしれない。
よし。
早速外へ……、と思ったけど、ちょっと待った。
わたしを、このまま寝かせておいて大丈夫かしら。
もう一度、ベッドの方を振り返ると、わたしの身体はさっき目を離したときと同じく、手を半端に万歳するように放りだしグースカと寝ていた。
この二日間、もう嫌というほど寝ているのに、一体どれだけ寝れば気が済むのだろうか。
わたしは前回、ヴィタリスからアシュリーが目覚めたと聞かされたとき、かなり焦ったことを思い出す。
あのときは、ヴィタリスが嘘をついていて、実際は起きたわたしと鉢合わせることはなかったのだけれど、この状態のわたしが目覚めたらどうなるかは、知っておかなくちゃいけないと思う。
そう思ってわたしは、寝ているわたしの身体に恐る恐る触れた。
やっぱり、不思議な感覚。
大きなお人形遊びをしているような気分になる。
まずは、お行儀悪く放り出されている腕を直して……と。
「お、起きてください……? アシュリーお嬢様?」
なんちゃって。
肩を軽く揺すりながら声をかけても、わたしは全く起きる気配がなかった。
それで思い切って強めに揺さぶる。
……駄目か。
……いや。起きるかな? じゃなくて、起こさなくちゃ。
入れ替わっているのだとしたら、リゼが目を覚ましたときに驚いて騒ぎ出さないように言い含めておかないと。
わたしは寝ているわたしの頬っぺを両手でつねってみた。
結構強く。びよーんと横に伸ばしてみる。が、わたしは起きない。
痛そうに赤くなったわたしの頬。
やり過ぎたかな、と後悔して今度は優しく撫でてやる。
スベスベで柔らかな肌の感触に、自分の顔がうっとりとしていることに気付き、ブルブルと首を振った。
だから、わたしはナルシストじゃないんだってば。
よ、よし。最終手段よ。
そう覚悟して、今度はわたしの閉じている瞼にそっと指を添えた。
そのままゆっくりと上に持ち上げる。
起きなさい……! わたし……!
パッチリと開いたわたしの瞳はドロリと濁った色をしていた。
確かに開いているのに、こちらを見ていない感じ。
意識が宿っているような光が感じられない……。
わたしはガッカリした気持ちとともに、瞼から指を離した。
これだけやっても起きないということは、きっと普通にやったんじゃ起きないんだ。
普通の眠りじゃない。呪いの影響で起きなくされている。
よし。それならそれで好都合よ。
私は気を取り直し、勇んで屋敷を抜け出したのだった。




