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■01 冤罪まみれの婚約破棄 (スキップ・倍速可)

いらっしゃいませ。

ライトなお話(になる予定)なので気軽に付き合いください。


1話は……、正直言って、スキップ可、かもしれません……。

あと、2話目からは一人称(女主人公目線)になる、はずです。




「婚約は、破棄する……」


 リカルド王子の口から放たれたその残酷な言葉を、アシュリーは信じられない思いで聞いていた。

 王子は玉座に座るタッサ王の隣。彼女を見下ろす位置に立っているが、その目はアシュリーを見てはいなかった。

 彼女からの視線が耐えがたいとでも言うかのように、その顔を逸らし、あらぬ場所に視線を置いている。


 アシュリーは、かつて彼との距離をここまで遠く感じたことはなかった。

 二人、言葉を交わすときは、常に互いの息遣いが聞こえるほど近く、寄り添うようにし、やがて結ばれるときの訪れを共に信じて疑わなかったというのに。


 王都を離れた僅か一週間ほどの間に、一体何が起きたというのか。アシュリーには、その理由が全く分からなかった。


「お待ちください、王よ! 娘が何か!? 何か粗相を致しましたでしょうか?」


 呆然と立ち尽くす娘に代わって、彼女の父であるヒーストン伯爵が、王や王子による突然の翻意(ほんい)のわけを尋ねる。

 当然、事は当人同士の問題にはとどまらない。

 いくら王とは言え、正当な理由もなしに一方的な婚約の破棄など通るわけがなかった。


 王はその申し立てには直接答えることなく、側付きの男に向かって首を揺らしてみせただけだった。

 王から促されたその者は、壇上のやや中寄りに進み出て、手にした書状に目を落としながら、高らかに宣言する。


「ヒーストン伯爵令嬢アシュリー。そなたにはアダナス帝国との密通の嫌疑(けんぎ)が掛けられておる」


 静まり返っていた謁見の間がざわつき始めた。


「知ってのとおり、アダナスとわが国は長年戦争状態にある。その最中(さなか)にあって、アダナスとの国境にもほど近い地に、身を隠すようにして出向くとは、十分な嫌疑に値する」


 その瞬間アシュリーは思った。


(は……、ハメられた……!)


 ……と。

 地理のことなど、ろくに頭になかったアシュリーは、その地に向かう際、従者に向かって、ただ目的地の名前を伝えただけだったのだ。


(まさか、あそこがそんなきな臭い場所だったなんて……)


 自分の迂闊(うかつ)さを呪うのに必死で、顔面蒼白となっている彼女の口からは反論の言葉が出ない。


「お待ちください。たったそれだけのことでございますか!? 娘に一体何ができましょう? まだ、(よわい)十六にも満たぬ小娘が、敵国との密通など、そのような大それたことをしでかすなどと、本気でお思いで?」


「ラングよ。嫌疑は嫌疑だ。此度(こたび)のこと、お主は知らなかったのであろう?」


 早口でまくし立てるようにして食い下がるヒーストン伯に対し、王はゆっくりとした口調でたしなめた。

 後半、何か含みありげに高く釣り上がった王の声音に、ヒーストン伯の肩がビクリと震える。

 そして、気弱さを感じさせる表情で、自分の隣に呆然と立ち尽くす娘の顔を(うかが)い見るのだった。


「王太子殿下が破談をご決断された理由はそれだけではございません! ヴィタリス嬢、前へ」


 王側付きの男が続けて口上を述べると、その後ろから若い女が姿を現した。

 主張の激しい豊満な胸とは裏腹に、慎ましやかに目を伏せ、しっかりと分かるほど大袈裟に肩を落として見せるしおらしい様子。

 彼女は、アシュリーの前ではついぞ見せたことのない、憐れを誘う立ち居振る舞いで壇上にあり、広間に集まった貴族たちの注目を一身に集めている。


「ヴィタリス嬢からの訴えにより、アシュリー嬢には彼女への暴行と恐喝の罪状が提出されております」


(はあっ!? 暴行? 恐喝? まったく身に覚えがないんですけど!?)


 広間がざわつきを増す中、男がヴィタリスに向かって小さく声を掛けた。

 ヴィタリスはさらに前に進み出ると、自ら衣服の端をまくり、横腹の辺りをはだけさせる。

 彼女が身に着けた上と下が分かれた衣服は、王宮内であまり見られない珍しい形状であったが、どうやらそうやって自分の肌の一部を衆目にさらすことが目的であったようだ。

 その周到さを見て、アシュリーは自分の中に、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。


 ヴィタリスの手によって僅かに持ち上げられた布地の下からは、白い肌の上に痛々しく浮き上がった火傷のような赤くただれた痕が覗いていた。


「アシュリー様は、他の者の目が届かない密室に私を呼び出し、自分の留守中に、私が王太子殿下に決して近寄ることがないよう、激しく恫喝(どうかつ)なさいました。分からせるためだと言って、無理矢理私の衣服を剥ぎ、外から見えない場所に、このように焼き(ごて)を……」


 涙ながらに語るヴィタリスの言葉に、あちこちから悲鳴が上がる。

 「お可哀そうに」「一生残るような痕じゃないか」「なんて酷い」と小声で囁き合う声が聞こえる。


「誰かに言えば王都にいられなくしてやる、とのアシュリー様のお言葉が恐ろしくて……。それに、傷物になった身体を知られるのが怖くて、必死で隠して参りましたが、先日ついに家人に見つかってしまいました。見かねた父上から勧めを受けまして、恐れながらリカルド殿下をお頼りした次第でございます……」


 アシュリーにとっては、何一つ(うなず)くことのできない言い掛かりも(はなは)だしい主張であったが、広間に集まった者───特に貴族の婦女子の間では、完全にヴィタリスに同情する空気が漂っていた。

 アシュリーは知っていた。ヴィタリスが最近熱心に、特に社交的な性格の娘を狙って親睦を深め、自分の取り巻きを作るように画策していたことを。


 今この場において、アシュリーに味方をする者は誰もいなかった。

 彼女の父ですら、王から(にら)まれ、何も言い返せなくなっている。


「……リカルド様! リカルド様、信じてください。これは濡れ衣です」


 彼女が最後に頼ったものは、彼女が長年慕い愛を誓い合ってきた王子であった。

 二人が積み上げてきた誠の愛があれば、このようなでっち上げの猿芝居など、一瞬で霧散(むさん)するはずだと、そう信じた。

 だが、壇上の王子が返した言葉は、彼女のその信頼を裏切るものであった。


「すまない、アシュリー。擁護(ようご)は、できない……」


 アシュリーの顔から血の気が引く。


(リカルド様……。リカルド様、そんな……。信じられない……)


 アシュリーが呆然と見やるリカルドの元にヴィタリスがサッと駆け寄る。


「そんな! リカルド様がすまないなどと……。逆でございます。これまでその性根を隠し、王子を騙してお心を奪おうとしたアシュリー様こそ、謝罪すべきなのです」


「ちっ、違います。そんな……、わたくしはそんな……!」


 アシュリーが必死で声を掛けるほど、リカルドは彼女から顔を背けるようにした。

 そんなリカルドに向かって、ヴィタリスがさらにその身体を寄せる。

 自分の身体を盾に、アシュリーの目からリカルドの姿を隠そうとでもするように。


「ああ、お可哀そうなリカルド様……。早く。王子を睨みつけるあの毒婦を遠ざけて!」


 ヴィタリスが叫ぶと、それに続いて王の側の男が再び宣言する。


「リカルド殿下とアシュリー嬢の婚約は撤回された! アシュリー嬢はその嫌疑が晴れるまで無期限の謹慎処分とする!」


 王宮を揺るがすこの大事件を受けて広間中が沸いた。


 そのどよめきの中、アシュリーの身体がグラリと傾き、前のめりに倒れ込む。

 大きな音を立てて床に倒れ伏した令嬢の姿に、周囲の者たちはひときわ騒々しい悲鳴や、がなり声を上げる。


 アシュリーの意識は朦朧(もうろう)としながらも、その喧噪の中、自分の名を必死で呼ぶリカルドの声を聞いていた。


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