前編
「ティーリア。私が皇帝になったら、何から手につけたらよい?この国に不足しているものはなんだ?」
「そうですわね。わたくしが言うのも差し出がましいようですが、貧富の差が都と地方とでは、激しいと存じます。皇帝陛下の素晴らしい政のお陰で、都は発展してまいりました。
皇太子殿下が即位されるのはまだ先と存じますが、その時は地方開発にも力をいれられたらよいかと思いますわ。」
ティーリア・アルディラテス公爵令嬢は、ケリウス皇太子殿下と、皇宮にあるテラスで、お茶をしていた。
今日は晴天で、秋の空が高く澄み渡り美しい。
舞い散る木の葉が、ロマンティックな気分にさせてくれる。
黒髪碧眼の見目麗しい皇太子殿下に、幼い頃からの婚約者だったティーリア・アルディラテス公爵令嬢は金髪碧眼の美しき令嬢であり、似合いのカップルだともっぱらの評判であった。
ティーリアは美しいだけでなく、学園での成績も優秀で、将来の皇妃としてのマナー、立ち振る舞い等、全てにおいて、非常に優秀であった。
それは、ケリウス皇太子も同様で、彼も学園での成績も優秀で、ティーリアと常に一位を競っている位である。それだけでなく、ケリウス皇太子は、剣技も馬術も他の生徒達と比べて群を抜いて素晴らしかった。
ティーリアは幸せだった。
このような素晴らしき皇太子殿下と、この国を治めて、この国の為に尽くすことが出来る。
なんて恵まれた人生なのでしょう。
そして、ケリウス皇太子は、ティーリアに深い愛情を注いでくれているのを感じる事も出来て。
「ティーリア。そなたと結婚する事が楽しみだ。本当は明日にでも結婚したい。
だが、それは学園を卒業するまで出来ぬ事だ。」
「わたくしも同じ気持ちですわ。早く貴方様と結婚して、お役に立ちたい。」
ケリウス皇太子は優しく微笑んで。
「愛しているよ。ティーリア。」
「わたくしも愛していますわ。ケリウス様。」
まさか、この幸せが壊れる事になるとは、その時、ティーリアは思いもしなかった。
その事故は突然起きた。
ティーリアがとある日、王立学園へ馬車で向かい、校門の前で、馬車から降りた所で起きたのだ。
馬が暴走してきて、ティーリアが降りた公爵家の馬車にぶつかってしまった。
その巻き添えを受けて、ティーリアは跳ね飛ばされる。
思いっきり、石畳に後頭部を打ちつけてしまった。
他にも巻き添えを食った生徒や通行人がいて辺りは大惨事である。
ティーリアはフラフラと石畳から立ち上がる。
頭が痛い。そして腕も。
助けに来た人達が他の人達を助け出す。
そして人が、ティーリアを見て悲鳴をあげた。
「腕っ。腕がっ…」
「腕がどうしたのですか?」
ティーリアは自分の右腕を見たら、肘から先がなかった。
痛い…痛いけれども…あら…不思議ね。血が一滴も出ていないわ。
ティーリアは自分の千切れた部分を探す。
石畳の先に転がっていた。
誰かが叫び出す。
「魔動人形かっ…。」
「そうだ。魔動人形だ。なんて事だ。」
魔動人形???
わたくしが人形??
そのまま、石畳に座り込む。
魔動人形とは、魔導士が魔法を使って作った人間そっくりな人形の事だ。
魔動人形…。自分が魔動人形だったなんて…
腕は痛いが、血が一滴も出ていなくて…
「ああ…魔動人形…わたくしは…」
どうしよう…この事がケリウス様に知られたら…皇家に知られたら…わたくしは…
その後、ティーリアはアルディラテス公爵家に運ばれた。
アルディラテス公爵はティーリアに会うと、
「ティーリア、腕がもげたそうだな。」
「お父様。腕の先なら、ここに。」
千切れた肘から先を父親に差し出す。
アルディラテス公爵はメイドに命じて、その腕を布にくるんでテーブルに置き、
ティーリアにソファに座るように促す。
「非常にまずい事になった。お前が魔動人形である事は、この国すべてに広まるだろう。」
「わたくしは、お父様の子ではないのですか?魔動人形なのですか?それが本当なら、
このことを皇家が知ったら、お父様もタダですまないのではないですか?」
ティーリアには母がいない。母はティーリアを生んだ後に、死んでしまったと聞かされていた。
しかし、自分が魔動人形であるということは、両親は本当の両親ではなく、
ああ…わたくしは何のために作られたの?
その時、奥の部屋からティーリアの妹のアイリスが飛び込んできて、
「お姉様が魔動人形だったなんて…いい気味ですわ。」
腹違いの妹のアイリスとはティーリアは仲が悪かった。
何でも出来るティーリアに嫉妬して、事ある毎にきつく当たってくる妹である。
そしてせせら笑うように、
「ケリウス皇太子殿下の婚約者の座から引き落とされますわね。
わたくしが後釜に座って差し上げます。」
「我が公爵家の事は心配しないの?わたくしが魔動人形だって広まっているのです。
我が公爵家は皇家をだまそうとしたのではと思われるのでは?」
アルディラテス公爵は首を振って。
「皇帝陛下はお前が魔動人形であることを知っている。何故なら、皇帝陛下の望みでお前を魔導士に作らせたのだからな。」
「皇帝陛下の望みですって?」
「完璧なる未来の皇妃。人である必要はない。それが皇帝陛下のお考えだ。だから私はその考えに賛同した。勿論、お前は子を成すことが出来ない。だが、皇帝陛下はこの国で自分が出来なかった事をお前と、ケリウス皇太子殿下に託したい考えだ。
だが、国民にお前が魔動人形だという事を知られてしまった。
私はお前を切り離さなければならない。」
ティーリアは一瞬にして理解した。
「お父様はわたくしが魔動人形であった事を知らなかったと、世間に公表なさるのですね?」
「ああ。そうだ。娘が知らぬ間に入れ替えられていたと…。勿論、皇家も知らぬ存ぜぬの態度であろう。」
アイリスは顔を輝かせて、
「それならば、お父様。わたくしをお姉様の後釜にしてくださいませ。いえ、お姉様ではありませんわね。たかが人形の癖に、姉面をしていたなんて、許せませんわ。」
ああ…心が痛む…
「解りましたわ。お父様。わたくしを切り離して下さいませ。」
「ティーリア。お前を作った魔導士は今、行方が解らない。だから、その腕を元の通りにしてやることは来ぬ。」
「大丈夫ですわ。腕の痛みは取れて参りました。日常は不自由になりますが。
わたくしはどうなるのでしょう。」
「皇家の沙汰を待つしかあるまい。」
ティーリアの心は重く沈んだ。
自分はどうなるのであろうか…
そして、愛しいケリウス皇太子は…もう二度と会えないのではないだろうか…
ティーリアは、翌日、騎士団に連れて行かれて、皇家の庭にある地下牢へ入れられた。
冷たく寒い地下牢。
国を乗っ取ろうとした罪により、近いうちに処分されてしまう。
ティーリアはそう覚悟した。
冷たい牢獄の床に座り、窓から差し込む月を見上げる。
「ああ…ケリウス様。もう一度、会いたい。」
その時、牢の外から声がした。
「私を呼んだか?ティーリア。」
「ケリウス様。」
鉄格子越しにケリウス皇太子を見上げる。
「こうして、お会いできただけでもわたくしは…。本当にごめんなさい。
わたくしは魔動人形…人間ですらなかったの。でも、貴方を好きな気持ちは本当でしたわ。」
「ティーリア。牢番に鍵を開けさせた。一緒にテラスでお茶でも飲まないか?」
「いいのですか?」
「ああ…」
月夜の下、いつもお茶をしていたあのテラスで、ケリウス皇太子と共に、お茶をする。
「右腕が無くなってしまったから、左手でしかカップを持てませんわ。無作法お許し下さい。」
「構わない。」
冷たい月が二人を照らして。
ケリウス皇太子が口を開く。
「君は明日にでも処分されてしまうだろう。」
「当然の事ですわ。皆をだましていたのですから。
でも、わたくしは、貴方様と国を治めたかった。国の為に働きたかった。」
「私も同じ気持ちだ。共にティーリアと国を治めたかった。」
「有難うございます。でも、これから先は新しいお方を娶ってどうか良い国をお作り下さい。」
涙がこぼれる。人形なのに…。わたくしの心は人と同じ…悲しければ涙も出るのよ…
ケリウス皇太子は立ち上がって、
「君が隣にいなければ、私が生きる意味はないよ。」
そう言うと、自らの左腕に手をかけて、ぐいっと力を籠めた。
ボキボキボキっと音がして、ケリウス皇太子は自らの左腕を千切りとった。
「これで揃いだな。」
「ケリウス様。」
「一緒に処分されよう。君に言っていなかったが、私も魔動人形なのだよ。父がアルディラテス公爵と共に完璧な政治を、完璧な国を目指して、私達を皇帝と皇妃にしようとした。
不思議だな…人形なのに、私もティーリアの事が愛しくて愛しくて仕方がない。」
「ああ…愛しています。ケリウス様。わたくしは貴方様と出会えただけで、生きてきた甲斐がありましたわ。」
ケリウス皇太子に抱き着く。背に手を回して引き寄せてくれた。
その温もりが暖かくて。
その時、一陣の風が吹いて、一人の少年が降り立った。
「あああ…俺の作った魔動人形が壊れたっていうから、やっと飛んできたというのに、もう一つも壊れちゃったの?治すの大変じゃん。」
ティーリアとケリウス皇太子は驚いて、少年を見つめる。
頭に羊の角があり魔族のようで。
「あ、俺、君達を作った作り主ね。こう見えても歳は食っているんだ。」
ティーリアは少年に向かって。
「わたくし達は処分されるのです。治してもどうしようもありませんわ。」
ケリウス皇太子も、
「魔動人形の存在を国民が許すはずはないからな。」
少年はにっこり笑って。
「じゃぁ、俺と一緒に来ない?魔王様は優秀な人材を募集中ってね。君達なら真面目に働いてくれそうだし…お願いっ。」
ティーリアはケリウス皇太子と見つめ合う。
「ああ…わたくしたちは生きる事が出来るのですか?」
「そのようだな…」
「お願い。連れて行って。わたくし達を。」
少年は頷いた。
「了解っ。それでは参りましょうか。」
「ティーリア。この間、提案した政策が上手くいっているようだと魔王様からお褒めの言葉を頂いた。君が協力してくれたお陰だ。」
「わたくしは大した協力は…さすが、ケリウス様。わたくし、嬉しいですわ。」
ティーリアは、ケリウスと、魔界の空を眺めながら、与えられたテラスでお茶をする。
魔界の空は赤くて暗いけれども、それでも…
こうしてケリウスと共に魔国の役に立てる事はとても幸せな日々で…
しかし、とある日、魔導士の少年ティムスが、遊びにやってきて、教えてくれた。