初めての彼女と絶対に別れたくない俺VS絶対に別れさせたい幼馴染みの攻防
「鷹斗、ずっと好きだった、って言ったら……私と付き合ってくれる……?」
「……えっ」
それは晴天の霹靂。
幼馴染みの山田沙月に、教室で告白された。
沙月は幼稚園からもう運命かよ、ってくらいずっと俺と同じクラスで、小さな頃に「大きくなったら結婚しようね」と約束した仲だ。
もちろん小さな頃の約束なんて普通に無効だろうし、成長するにつれ沙月の美貌は留まるところを知らないのかと思うほど……とんでもなく美人になっていく。
あらゆるすべてが平々凡々な俺なんて、とても彼女には釣り合わない。
瞬く間に『高嶺の花』と呼ばれるようになった沙月は、それでも変わらず俺を幼馴染みの友人……クラスメイトとして接してくれていた。
それがどんなに残酷で嬉しく感じていたか。
そう、俺はずっと沙月が好きだったのだ。
そして、沙月も俺と同じ気持ちでいてくれた事に腰が抜けるかと思った。
嘘だろ、と声が溢れる。
「あ、嘘じゃないよ……子どもの頃約束したじゃない……! 私は鷹斗が好き! ずっと好きだった! 高校生になってからよそよそしくされて、私……もう、もう……!」
「さ、沙月……あ、ち、違うんだごめん! 沙月がどんどん綺麗になるから……! ……俺、自分が情けなくて……」
「鷹斗?」
「あの、だからその……俺なんか沙月に釣り合わないって、思って……」
正直に言うと、沙月は首を横に振る。
お世辞にも顔も成績も運動神経もいいとは言えない俺。
趣味は空いた時間のネット小説やマンガアプリ、家に帰ればゲームがアニメ。
そんなオタク道まっしぐらな俺と、学年成績一位、一年でバレー部のレギュラーになり、生徒会書記の沙月はどう考えたって幼馴染み以外の繋がりは考えられない別世界の住人じゃないか。
「俺なんかのどこがいいのか……」
「全部!」
「え?」
「全部好き! 鷹斗は? 私の事……もう、やっぱりただの幼馴染みとしか、思ってくれてない? 鷹斗の彼女には、してもらえない?」
「っ」
とんでもない。俺の方こそ君に相応しくないのに!
涙を浮かべた沙月。
俺は……俺は……!
「俺だって、沙月が好きだ!」
「!」
「沙月、俺と、付き合ってください!」
ゴッ!
机に盛大に頭突きする事になったが、その時は痛みも感じないほど必死だった。
泣いた沙月が俺の頭を抱き締める。
上を圧迫する、この柔らかいものは、まさか——!
「はい! もちろん!」
「……っ」
この日、俺は人生初めて……彼女が出来た……。
——その、翌日。
「鷹斗、お弁当作ってきたんだけど……あの、良かったら食べて欲しいな……」
「え!」
俺は親が共働きで、いつもコンビニのパ おにぎりか購買のパン。
前の席のやつに断りを入れて椅子を借りてきた沙月が、俺の机に花柄のハンカチで包まれたお弁当箱を置く。
ま、まさかこれは、いや、沙月は今言ったじゃないか……作ってきた……と!
「さ、沙月の手作り……?」
「うん。唐揚げは生姜多めにしたんだよ」
ざわ。
教室がざわめいたのが、俺にも分かった。
いや、お前らの気持ちは分かる。俺もそんな気持ちだ。むしろ一緒にざわついている。
この学校の『高嶺の花』……山田沙月の手作り弁当……!
そんなもはや国宝級のブツが俺なんかの前に置かれる、この異常事態!
「い、い、いいのか?」
「うん! 口に合うといいんだけど……」
「お、おお……!」
蓋を開ければそこには見事な手作り弁当が!
ご飯の上には梅干し。
俺の好きなだし巻き卵と唐揚げ!
きんぴらごぼうは沙月の得意料理のはず。
ミニトマトが彩りを添えて、ここまで完璧な手作り弁当とかこの世に存在する?
「……あ、ありがとう……」
「お、美味しかったら、明日も作っていきていい?」
「え! でも、そんな、わ、悪いよ……」
「平気だよ。私、毎日自分でお弁当作ってるんだもん。ちょっと……二人分にするだけだから……」
「っ……」
あ、やばい、教室の野郎どもから殺意が……。
いや、でもそれすら気にならない。
こんな、幸せ……ある?
「じゃ、じゃあ……その、沙月の迷惑じゃなければ……」
「うん!」
嬉しそうに微笑む沙月。
その笑顔に、見惚れた。
この世に、こんな可愛い女の子がいるものだろうか?
俺は人生の運を使い切ってしまったのでは……いや、それでも、一時でも……この夢のような状況が続くなら……。
「鷹斗おおぉーーー!」
「ひっ!?」
バァタァァァン! ……と、教室の後ろの扉がぶっ壊れたのではないかと思うほどの音。
クラスメイトも驚いて振り返る。
そこに現れたのは沙月と対となる『高嶺の花』……上城莉子。
……なにを隠そう、俺のもう一人の幼馴染である。
莉子は沙月と出会う前から……なんなら、生まれた瞬間からずっと隣にいた。
生まれた病院が同じで、生まれた日も同じで、生まれてすぐ泣かされたベッドが隣同士。
当然幼稚園も小学校も中学校も同じ。
まさか高校まで同じになるとは思わなかった……だって莉子は東京に行って芸能界に入ると思っていたから。
……莉子は見た目が派手だ。
化粧をしていなくとも顔貌が黄金比。
修学旅行で東京に行った時、一日でスカウトマンにもらった名刺の数は三十八枚。
性格も明るく社交的で世話好き。男女ともに人気が高い。
俺には「オカン」としか思えないんだけど、とにかくこの学校では沙月と人気を二分しているとんでもない幼馴染なのだ。
ズンズンズン、と怒りの形相で入ってくる莉子は、俺と沙月の目の前までやってくる。
「沙月……アンタ! 抜け駆けしたわね!?」
「してないわよ。日曜日に鷹斗に告白しなかったら、月曜日に私が告白するって言ったわよね?」
「っ! そ、それは!」
「?」
え? え? な、なんの話だ?
日曜日?
「私、ちゃんとあなたに言ったわ。でも、莉子は告白しなかった。だから私は鷹斗に告白した。そして、鷹斗は私の気持ちを受け入れてくれたの」
「っ! ……そうなの? 鷹斗……」
「…………ああ、俺は……沙月が好きだ」
恥ずかしいけどハッキリと言う。
クラスメイトの中に「ヒュー」と茶化すような反応をする奴もいたけれど……。
「鷹斗……!」
沙月は嬉しそうだし、長年の片思いが叶ったんだ……俺だって、ちょっとくらい沙月の『彼氏』気分を味わっても、いいだろう?
「……なによ、それ……いやよ……」
「莉子?」
だが、莉子は体を震わせた。
いや、体だけではない、声も震えている。
見上げた俺が見たのは、涙を溜めた莉子。
「え?」
「鷹斗! 考え直して! 確かに沙月は……顔も性格も頭も運動神経もいいけど……わたしより胸がない!」
「ぐうっ!」
「ぶっ!」
そ、それは——!
「な、なんて事言うの!」
「沙月と別れて……わ、わたしと……わたしと付き合ってくれたら、わたしの胸……鷹斗の好きにしていいよ!」
「はあああああああああ!?」
バーン、と俺の目の前に突き出された莉子の胸。
い、いや、そ、それはー!
「わたし知ってるんだから! 鷹斗は……巨乳大好きなおっぱい星人だという事を!」
「ぐっ! な、なぜそれを!」
まさか俺の部屋のエロ本を……!?
「た、鷹斗……そ、そうなの?」
「うっ」
沙月にはまだ知られたくなかったぁぁー!
「そして鷹斗は『歳上好き』! 言葉攻めしてくれる眼鏡とミニスカートとハイヒールが似合う姉様好き!」
「り、莉子おおぉっ! お前ェ! どこまで俺の性癖を——!」
「鷹斗……!?」
「つまり! すべての条件を満たすのは、沙月じゃなくてわたし!」
どこがだよ! と、叫びそうになったが……待てよ? 確かに莉子がピッツパッツな超ミニスカートを履いて、眼鏡と赤いハイヒールで教壇に立ったらまさしくエッチな女教師風……っていやいやいやいやいやいや!
落ち着け俺! 考えるな俺! AVはファンタジーだ!
「……なに言ってるの莉子……鷹斗に告白する前に失恋して、壊れたの?」
「うっ」
……沙月の冷静なツッコミが俺の心にもクリーンヒット……!!
「だって、だって……」
「り、莉子……あの……」
やばい、莉子、泣きそうじゃん。
状況がいまいち呑み込まないけど、こんなところで泣かせるのは……。
「だって、沙月でいいなら、わたしでもいいじゃん!」
「は?」
「別れてよ! 沙月と別れて鷹斗!」
「いやいやなに言ってるんだ!? 付き合って初日だぞ!?」
「だってわたしだって……わたしだって鷹斗と付き合いたい! ずるい! 沙月ばっかりずるい!」
子どものわがままかな!?
「こうなったら、お兄ちゃんたちに頼んで絶対に別れさせてやる!」
「「えっ」」
「うわーーーん! お兄ちゃーーーん!」
「「ちょ! 莉子!?」」
バァン! と、入ってきた時同様、莉子は勢いよく立ち去った。
しかし、聞き捨てならない事を言っていったぞ。
莉子の……兄貴たち!?
「…………た、鷹斗……」
「だ、大丈夫……! 俺は沙月と別れるつもりは、ない!」
でもやばい、やばいぞ!
莉子の兄貴たちは——あらゆる分野でエキスパートな変態ばかりなんだから——!
第10回書き出し祭り用に書いたやつでした。
執筆中整理してたら出てきたので、供養がてらあげました。
ちょっと普通すぎたかなぁ、と思ってるんだけども兄貴たちのキャラが濃いのはお約束ですね(考えてません)。