才能の使いどころ
フォークの刺さったケーキを持ち、呆然としているお嬢様と、サーニャ。二人の反応に構うことなく、言葉を続けます。
「肌を焼かずに服を燃やすなど、相当の魔力コントロールをなさらないとできないものです。辱しめを受けさせるためだといえ、そんなところで才能を無駄使いするだなんて!お嬢様はもっとご自分の才能を大切にしてください!!」
珍しく声を張り上げておりますが、お嬢様は萎縮するどころか、恐らく私が言わんとしていることを必死で理解しようとなさっておりました。
「え、えっと…。レイは…何に怒ってる、の…?服を燃やした騒動を、怒ってるんじゃ…?」
「騒動はどうでもよいのです。」
断言をしたところ、お嬢様は更に混乱なさっておりました。これは…ちゃんと説明しないといけないようですね。
「いいですかお嬢様。そんな器用に服を燃やしたところで、所詮は服です。着替えてしまえばお嬢様のせっかくの労力も無駄となってしまいます。なぜ髪の毛を燃やさなかったのですか!」
歯がゆさのあまり腕を組み、思わず己の腕を強く掴んでしまいました。しかし私のこの気持ちはまだお嬢様には届いていないご様子。
「髪を燃やしてしまえば生え変わりに時間を要します。それに例えば髪の毛を散々に燃やし中途半端な髪型となれば、それだけで笑い者です。なにせ髪は服と違いすぐに変更ができません。スタイリストが学園にはおりませんから。」
服は学園がわがストックを持っている可能性は非常に高い。すぐに着替えられる服よりも髪を燃やす方が効率がよいのです。同じ才能を使われるとしても、最大限効果のある使い方をなさらなければ宝の持ち腐れです。
あぁ、なんと嘆かわしい。私がその場にいたならば最小の能力で最大の結果を出せたでしょう。今回ばかりは学園に立ち入れないことを悔しく感じてなりません。
「っく、ふ…ふふ、あはははっ!!」
漸く意味を理解したお嬢様は、フォークを置いて笑い出しました。口を隠すことなく、腹を抱えております。サーニャだけは、まだぽかりと口を開けたままです。
「私は真剣なのですが…。」
「はは、はぁ……えぇ、わかってるわ。真剣に怒ってくれているのも。でも、ふふ、貴女はやっぱり飽きさせないわね。」
一頻り笑ったところで、お嬢様は美味しそうにケーキを頬張りました。令嬢としてはあまりマナーのない食べ方ですが、子供のように…実際にまだ子供ですが、令嬢の肩書きを降ろしたただの少女としてケーキを食べる姿は微笑ましいので何も言わないでおきましょう。
「お嬢様の才能は、必ず必要とされる大切なものなのです。使い道を間違えないでください。」
「…ありがとうレイ。次からはもう少し考えて嫌がらせするわ。」
紅茶に口をつけて笑っておりますが、なんだかとても嬉しそうに見えます。私は真剣にお叱りしたつもりでしたのに。
部屋の空気が和やかになったことで、サーニャも漸く胸を撫で下ろしております。そこからは会話はなく、お嬢様はケーキを食べ終えてから呼びつけました。
「キリがいいところで寝るから、貴女たちはもう下がりなさい。」
「「かしこまりました。」」
食器を下げつつ一礼してサーニャと共に立ち去りますが、去り際にお嬢様のお顔を観察します。嬉しそうにしていたその瞳は、少しだけ不安そうに曇っておられました。
…やはり、意図的なものでしたか。
「「お休みなさいませお嬢様。失礼致します。」」
「ええ、おやすみ」
あることに納得した私は、扉を静かに閉めサーニャと共に廊下へと歩き出します。まずは食器を厨房に片付けてから湯浴みですね。別館には使用人専用の大浴場が完備されておりますので、皆そこで汗を流します。
「あの…レイさん…。」
厨房まではなに言わず、いえ…なにか言いたそうにして黙ってついて来ていたサーニャが、別館の入り口であるバラのアーチを潜った辺りで口を開きました。彼女なりに本館で話しては不味いだろう、とタイミングを見計らってくれていたようです。
「なんで…あんなこと言ったんですか。あれじゃ、お嬢様の騒ぎを助長しかねないです…。」
不安そうに俯いている彼女は震える子犬のようで、彼女に向き直り落ち着かせるように笑いかけました。
「貴女の言いたいことはわかるわ。詳しくは…そうね。湯浴みでもしながら話しましょう。」
いい時間ですし、これ以上湯浴みの時間がずれると睡眠時間にも影響しかねませんから。睡眠不足はコストパフォーマンスを著しく下げ、デメリットしかありません。
話を逸らされたことに不服げなサーニャをつれ、大浴場へと向かいました。
大浴場は本館のものに比べればタイルが敷き詰められ、巨大浴槽ひとつと言う簡単な作りですが、大勢いる使用人が使うには十分すぎるほどの広さがあります。
私もサーニャもタオルひとつで湯船に浸かりながら、今日の疲れを癒します。やはり仕事のあとのひとときは格別です。この時間は利用者が少なく、今は私とサーニャしかおりません。
「さっきの話の続きなのだけど。」
湯が流れる音以外何も聞こえなかった空間に、声が響きます。急に話を切り出したものですから、サーニャは驚いて私に目を向けています。
「貴女は騒動の本当の理由はなにかわかっているかしら。」
「本当の…ですか?うぅん…ポイントの荒稼ぎなんて行為をしていることに腹をたてた、じゃ…ないんですか。」
首をかしげながら唸り、すこし考えてたサーニャの発言に、小さく指でばつ印を向けました。
「それは表向きよ。」
謎かけのようにしてしまったせいで、サーニャは疑問符を頭の上にたくさん浮かべておりました。すこし意地悪が過ぎたようです。
「サーニャ…お嬢様はね。旦那様を試されておられるのよ。」
それがわかっていたから、私はお嬢様のその行動を、お叱りすることはできなかった。甘いと言われればそれまでですが、理由が理由のため、私にはそれはできません。
「お嬢様が騒ぎを起こし、それが大事になれば当主の旦那様だって動かなくてはなりません。けれど旦那様は今は、お嬢様ではなく別のところに気を向けてらっしゃいます。」
「…っあ! マリー様の社交界デビュー…。」
サーニャも理解したようで、とたんに納得したのか…眉を下げて寂しそうに肩を落としました。
来月に控えたマリー様の社交界デビュー。12歳となり茶会などには招かれておりましたが、正式なパーティーに出向かれるのは初めて。
ルクシュアラ侯爵家の次女と言う家柄をその小さな肩にのせ、決して美しい花園だけではない社交界に足を踏み入れなければなりません。旦那様はそれがとても気がかりなのでしょう。
マリー様はお嬢様と違いとても内気で、気弱ですから。すこしの事でも気を病まれる可能性はあります。
つまり旦那様は今、マリー様の事で頭が一杯なのです。そんなときにお嬢様が騒ぎを起こしたら…。
「旦那様は、お嬢様を助けてくださりますでしょうか…。」
両足を抱え顔を埋めたサーニャは、小さく呟きました。お嬢様の狙いは、まさにそれですから。
騒ぎを起こしたとき、果たして旦那様はお嬢様とマリー様、どちらをとられるか。
勿論お嬢様は狙って騒ぎを起こしたわけではなく、無意識だったでしょう。それでも騒ぎを起こしたあとで事の大きさに気づかないわけがありません。
お部屋を後にしたときに見えたお嬢様のあの不安そうな顔が物語っております。
旦那様は、お嬢様を助けないと。
そのくらい、旦那様はお嬢様に無関心なのです。
「旦那様の態度も、今回の件には起因しています。だから叱ることができなかったのよ。」
ただ父親の愛を試したかった子供のしたことです。無論、誉められたものではありませんが。
「…レイさんやっぱりすごいです。私だったら…普通に怒っていたと思いますから。」
そろそろ上がろうと二人揃って立ち上がりますが、滴り落ちる湯に透けて、サーニャの背中が見えます。その背には、左肩から右腹部にかけて裂けた赤茶色になった傷跡がくっきりと残っていました。
サーニャは何も覚えていません。だからこそ、家族の愛も、忘れてしまっています。レディアンは大きな街ですから、きっと自分を探してくれる誰かの情報が見つかるはず。そうして一年待ち続けておりますが、サーニャを探している気配はどこにも感じられません。
誰からも探されない、関心を受けていない。そうした経験を私はしたことがありませんが、サーニャは今のお嬢様の気持ちに、一番近いのかもしれません。
お嬢様を自分と重ねてしまったのか、暗く笑う彼女の肩を軽く叩きました。
「普通に怒ってくれる存在も大切よ。サーニャにとっての私も、そうしたものでしょう?」
「えぇっ、レイさんは怒るよりもっと厳しいじゃないですかぁ!」
持ち前の明るい笑顔を向けられて、すこしホッとします。お嬢様は勿論ですが、サーニャにもずっと笑っていてほしいのです。
すっかり元気になったサーニャと共に大浴場を後にし、脱衣室を抜け一緒に部屋まで帰りました。
「私もお嬢様のお役に立てるよう頑張ります!」
自室に戻る間際、決意宣言のように私に笑いかけてくれたサーニャ。その笑顔は、まるで夜を照らす太陽のようで私にはすこし、眩しく見えました。
…その眩しすぎる太陽が翌日暴走をするなど、このときは思いもしておりませんでした。
よし、ようやく俺の出番か。え?誰だって?庭師のクレゼスだ!順番抜かされた訳じゃねーんだ、端から順番に組み込まれてなかったんだよ……おじさんの扱い皆雑だよな……(byクレゼス)