一日の終わり
室内には、それはそれは深いため息と重い空気に包まれておりました。
ある者は目頭を押さえ、ある者は項垂れ、ある者は呆れて言葉を失っています。私は深い息を吐き出すだけに止めましたが、なんだかどっと、つかれました。
「お嬢様には後でお説教ですね…。良く頑張ってくれましたリーリア。」
「ほんとですよぉ!あちこちで変な噂が流れてぇ、それを補正するために別の噂流してぇ…大変でしたぁ!おまけに講師に怒られたの私ですしぃ…。」
リーリアはまた机に突っ伏しました。疲れたと喚く彼女の姿は年相応で、だからこそ会議中は無理をして元気に振る舞っていたことが良くわかります。
そんな彼女の左右に座っていたサーニャは彼女の頭を撫で、ロミアは肩を軽く叩いておりました。各々、労いの言葉をかけています。
「セルビリア、マリー様の衣装製作で忙しいでしょうから…落ち着いた頃でいいので、何かリーリアに見繕ってあげてもらえないかしら。」
「いいわよー。もう少しでドレスの方は終わるし。それ終わったらリーリアちゃんに何か作ったげる。こんなに頑張ってるしご褒美くらいあげないとね。」
「僕もリーリアちゃんの好きなケーキをつくってあげるよ。何がいい?何でもいってくれよ。」
「うわぁん、皆優しすぎぃ…っ 」
重い空気はいつのまにか、彼女を優しく包むものへと変わっていきました。半分は、同情の念も含まれているでしょう。私たちの見えないところで、リーリアはいつも奮闘していますから。
「わ、私もリーリアさんに負けないように、明日から更に頑張ります!」
そんな彼女にあてられたのか、サーニャが目を輝かせて私とシルファを見つめています。お菓子作りの件ではサーニャにも頑張ってもらわないといけませんから、こうしてやる気を出してもらえるのはありがたいです。
若干、シルファの笑みがひきつっておりますが、見なかったことにいたしましょう。
「それでは皆さん、そろそろお嬢様のご夕食が終わる頃です。各自持ち場に戻りましょう。リーリア、あとは私たちでやっておくから、貴女はもう休みなさい。学園の課題もあるでしょうから。」
「はぁい。今日はゆっくり休みまぁす。」
号令と共に各自立ち上がり部屋を後にしていきます。皆去り際に会釈をしてくださりますから、笑顔で応え、最後にサーニャと私が残りました。
「さてサーニャ、お嬢様をお迎えに上がって。お土産のケーキは私がお持ちするわ。貴女の部屋に資料を置いておくから、確認してちょうだいね。」
「わかりました!」
元気良く走り出す彼女の背に、思わず肩をすくめます。相変わらず走ってしまう癖が抜けていないようです。
一人になったところで、リーリアの報告を思い返します。
クラウス・レベラル…レベラル家の長男にして魔法の才に恵まれたご子息だとうかがっています。当主の父親に似てすこし血の気が多い方です。だから余計に、お嬢様の挑発に乗ってしまったのでしょう。
レベラル家は、代々騎士として王族に仕えていた一族でしたが、その忠誠心から先代から伯爵の位を賜った比較的まだ新しい貴族です。その為武術に長けたご子息が数人いらっしゃいます。
侯爵のお嬢様よりも爵位は下…しかし向こうはお嬢様より上の学年の、それも長男のはずです。
そんな方と衝突したところで、メリットがありません。下手をすると家同士での衝突にもなりかねません。
「…お嬢様はなぜそのようなことを…。」
お家との衝突は貴族内でのパワーバランスを乱し、各家の今後の関係性を悪化させてしまいます。そんなことがわからないお嬢様ではないはず。
お嬢様は無意味なことはいたしません。ましてや己に不利になることなら尚更…。
顎に手を当て、思考を巡らせます。お嬢様がこうした騒動を起こすときは、決まってメッセージが隠されています。…ご本人すら気づいていない無意識のものですけれど。
騒動、家同士の衝突、お嬢様では手が出せない大事になったら…動くのは…。衣装…社交界デビュー…時期が重なったら…。
「…そういうことですか。」
結論に至りましたので、私も部屋を立ち去ります。勿論、意図を理解したところで、お説教には変わりはないのですけれど…。
「本当に貴女は、不器用な人ですね…。」
私も人の事は言えませんが。小さな独り言が廊下に響きました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◆◆◇◇
「お嬢様、レイです。ケーキをお持ちいたしました。」
「勝手に入って。」
数回のノックのあと、お嬢様のお返事から一間置いて扉を開きました。見ると、お嬢様は窓際の机にお座りになって、外を眺めていらっしゃいました。机にはやりかけの課題が広がっております。
部屋の片隅には書物を片付けるサーニャの姿がありました。大方、お嬢様のお勉強を手伝っているのでしょう。
彼女は魔法は使えませんが、魔法知識が高くたまに驚かされます。本人はなぜ詳しいのか覚えておりませんので、不思議なものです。
「課題の邪魔をしてしまいましたでしょうか。」
「いいえ、区切りがよかったから丁度休憩したかったの。甘いものも食べたかったし。」
伸びをしながらお嬢様は開いていたノートを片付け、スペースを開けてくださります。そこに本日購入してオペラケーキに、甘いものと良く合うダージリンのストレートティをお持ち致します。
「ふふふ、やっぱり頭を使った後は甘いものに限るわぁ!」
嬉しそうにフォークを持ち、目を輝かせているお嬢様は、本当に可愛らしい女の子です。とても…男性の服を燃やすようには、見えないでしょう。
「えぇお嬢様。さぞ甘いものを欲していらっしゃったでしょう?…学園で騒ぎを起こされたのでしたら尚更です。」
オペラを口へ運ぼうとしたお嬢様が、びくりと跳ねて動きを止めました。恐る恐る、私へと目を向けみるみるうちにお顔の色が青くなっていきます。私の言葉に振り向いたリーリアもあわあわと震えておりました。
…おかしいですね。私、決して怒った顔はしておりませんのに。むしろ笑顔を浮かべております。
えぇ、凍りつくほどのオーラをまとった笑みですけれど。部屋の温度もどんどん下がっていきますが…今は私とお嬢様と、サーニャしかおりませんから問題ないですね。
「どうかされましたかお嬢様?」
「…わ、私は悪くないわよ。向こうが悪いんだから…っ!」
一言も悪いだなんていっておりませんのに、お嬢様は慌てたように言葉を発しました。まるで言い訳でもしているようです。
「悪くないと思われていらっしゃるのに、なぜ堂々となさらないのですか?」
「そ、それは、レイが怖い顔してるからよっ!とにかく私は悪くなんかな…」
「言い訳ご無用です!」
ピシャリと叱りつけると、お嬢様はまた跳ね上がると縮こまりました。つられてかサーニャも身震いしています。別に彼女は怒られている訳ではないのですが…空気が凍っておりますから、そのせいですね。なんだか申し訳ないわ。
「全くお嬢様…なぜ伯爵家のよりによって長男の服を全て燃やすのですかっ!」
報告を聞いてからずっと抱いていた、ほんの少しの腹立たさについ声が大きくなってしまいました。
すこし考えればわかるはずの事に気づかず、騒動を起こしたお嬢様。あぁ、なんと歯がゆい。私がその場にいれば、こうはならなかったでしょう。
「そんな事に才能をお使いになるなんて!何て無駄なことを!!」
「…っえ?」
「ほぇ!?」
思いもしなかった私の一言に、お嬢様はもちろんサーニャまで、少々間の抜けた声をあげておりました。開いた口が塞がらないといったように、ポカリと。
おかげで暫し、部屋には変な空気が流れることとなりました。
いらっしゃい。ちゃんと紅茶とケーキを用意したよ。はは、さすがにケーキのデコレーションに例の一文はいれないよ?書こうと思えばかけるけど。そんなことより、僕としてはケーキの味の感想が聞きたいかな。(byシルファ)