騒動の前触れ
豪快さと賑やかさで包まれた街レディアン。
その中でも一際大きな時計塔とは比べ物にならないほど、巨大な敷地と建物を誇るのがエリザベルの通う学園、聖ルチアーノ学園。
全体を特殊な魔法に囲まれた土地は山ひとつを切り開いたもので、許可のある馬車でしか立ち入ることは許されていない。
優雅できらびやか、それでいて豪華さはなくどこか品のある学舎が立ち並ぶそこには、同じ学園服に身を包む名だたる貴族のご子息、令嬢が皆話に華を咲かせながら昼休みを過ごしていた。
「エリザベル様ー、待ってくださいよぉ。」
昼休みも半分ほど過ぎた辺り、学舎と学舎の間に設けられた小さな中庭を横切るエリザベルを追いかけ、リーリアは走っていた。
学園の至るところに緑が溢れ、それはそれは立派な庭はいくつもあるが、こうした空きスペースでさえ中庭に変えてしまう辺り、学園創始者は随分、自然を愛しているのであろう。
そんなことは通う学生には全くもって関係の無い話で、現にエリザベルは中庭に見向きもしないで歩き続けていた。
すでに立派な庭を保有している名家にとっては、見飽きた光景なのだ。
「遅いわよリーリア。次の授業は魔力講義だから早くいきたいのよ。」
「って、まだ全然時間あるじゃないですかぁ。」
朝は何かと弱く、動くのが遅いエリザベルではあるが勤勉なところがあり、特に魔法関連の授業になれば熱の入り方が違う。その為か常に魔法実技の成績はトップを修めている。
将来国を守る騎士の門下でもない令嬢でその成績を修めるのは異例の事であった。
(普段もこれくらい早く起きてくれたらいいのにぃ)
主を追いかけながら心の中でぼやくリーリアであったが、その顔がエリザベルの背中にぶつかった。
「ほわっ、って、あれぇ?急に立ち止まってどうしたんですかぁ?」
間抜けな声をあげながらも、エリザベルに首をかしげたリーリアは釣られて彼女の視線の先に目を向けた。
季節になれば見事なバラが咲くはずの中庭には、お茶ができる小さなスペースがある。そこに、数人の若者がたむろしていた。
「なぁお前。どうせポイント低いんだろ?俺に寄越せよ。」
「そ、そんな…0ポイントになるのはさすがに…」
「はぁ?俺様に口答えするのか?」
三人の若者が一人の気弱そうなメガネをかけた若者の肩に手を回し、脅迫紛いの事を呟いている声が聞こえてくる。中庭は障害物が少なく良く声が通るのだ。
(あー、魔法トーナメントのポイントの荒稼ぎかぁ)
中庭での一見ただ若者達がじゃれているだけの光景にリーリアは肩をすくめた。
魔法トーナメントとは、全学園生を対象に行われている大会のひとつである。各自持ちポイント10ptが配布され、正式宣言のもと魔法で勝負をし、勝者に持ちポイントを1pt渡される。それを繰り返し期間内でどれだけポイントを稼げるか競うものだ。
学園内での強さを競える大会のため子息達は積極的に参加する反面、令嬢はほとんど参加しない。男とは強さをステータスにするが女は気品さ、淑やかさをステータスとするため、むしろ参加する方がデメリットになるからだ。
かくいうエリザベルも参加していないためポイントは10ptのままである。
しかし正式な講師の立ち会いがないため、明らかに実力の差がありながらも勝負ができてしまうため、無理矢理ポイントを奪う荒稼ぎも起こっている。学園内では家柄や階級関係なく皆平等という教えがあるため、両者“表面上でも”同意すれば勝負は出来てしまうからだ。
(かわいそーに。皆平等とか言っても実際は学園内カーストが出来上がっちゃってるもんねぇ。)
他人事のためリーリアはあまり興味がなかったが、それも主が男子達の元へ歩み寄ることで目を向けざるをえなくなる。
「え、ちょっとお嬢様!?」
つかつかと迷うことなく若者達に向かうエリザベルを慌てて追いかけたリーリアは、その者達が自分達よりひとつ上の学年であることを気づいた。
リーリアは持ち前の思考トレースで、主であるエリザベルの思考を先読みしようと試みるも、一歩遅かった。
「あなた達ポイントがほしいのよね?それならば私と勝負しませんこと。」
いきなり現れて自信満々に宣言をした令嬢に、四人の若者は一瞬呆然としていた。それもそうだろう、男からの挑戦ならばわかるが女の、それも年下からの挑戦など滅多なことがない限りないからだ。
「は?なにいってんだこいつ。女がしゃしゃり出て…」
「あらやだ、お逃げになられるのですか?それはそれは仕方ありませんわぁ。先輩方は年下の女相手に尻尾を巻いて逃げる腰抜けだと見抜けなかった私がいけませんわよねぇ?」
態々大きく声を張り上げたことで、中庭を通る生徒はもちろん、中庭に面した学舎の窓からも何人かの生徒が一斉にこちらに目を向けた。
「え、何々勝負?」
「子息と令嬢でか!?」
回りの視線を一気に集めてしまい、若者達は引くに引けなくなり舌打ちをしていた。しかしそのうちの一人、脅迫紛いの事をしていたクラウス・レベラルは肩をすくめて、こちらも分かりやすくリアクションを返し。
「おいおい、女相手に本気になれるわけないだろ?フェアじゃないしそんな趣味もない。令嬢はおとなしくダンスでもして…」
「私はここに“下克上システム”を使うことを宣言いたしますわ!」
クラウスがどうにか勝負をしない方向に話を持っていこうとした矢先、エリザベルは叫びその言葉に周囲がどよめいた。
下克上システム…魔法トーナメントにおいてポイント劣勢者に与えられた特殊権利である。通常勝敗により変動するポイントは1ptであるが、下克上システムを宣言した後ポイント劣勢者が勝利すれば、相手とのポイント差額分を一気に奪うことが出来る。
簡単にいうならば、勝てば相手と自分のポイントが丸々入れ替わるのだ。しかし負ければペナルティとして全てのポイントが奪われてしまう諸刃の剣でもある。
「まさかとは思いますが、ここまで言わせておいてお逃げなさりますか?それは構いませんよ、誰だって負けるのは嫌ですものねぇ?」
これでもかと煽りながら人をこき下ろしたように見下すエリザベルに、クラウスの中でなにかがプツリと切れた。冷静に考えれば逃げ道などいくらでもあったが、回りの目と何より年下の女になめられたという行為にプライドが許さなかった。
「上等だ!!その宣言受けて立とうじゃねぇか!!」
(うわぁ………っ)
まんまとエリザベルの挑発にのってきたクラウスにリーリアは頭を抱えた。この先の結果はトレースしなくてもわかったからだ。
(これ、私が走り回らないといけないやつだ…お願いだからお嬢様、少しだけでもいいから控えめにしてぇぇ!!)
彼女は両手を合わせ心で祈るばかりであった。なぜなら、あの悪巧みを胸のうちに秘めたような、どこかの悪役に見える邪悪な笑みを浮かべている主にはもう言葉が届かないからである。
あの状態のエリザベルの耳に言葉を投げ掛けられるのは、侍女頭レイしかいない。
リーリアは大人しく見守る他なかった。
え?リーリア抜かしちまってたって?悪い悪い、まぁあいついつも忙しそうだし、休ませたってことでなんとか……ならねーか。相変わらず、ブクマと評価はじゃんじゃん募集してるからよろしくな!あ、今日はちゃんと告知できたぜ。(byロミア)