表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これはよくある英雄譚  作者: 晦 智祐
1/1

ウェルズのファズ家


「、、ではもう一度確認します」

「粛清対象はアンパ。ローダ・アンパ、20歳のNB。今回ウェルズ国から戦闘能力なしと判断され、期日までに出頭するよう通達。しかし期日を過ぎても出頭していないため、ウェルズ国法によって強制連行する。特徴は女性。藍髪の痩せ型で、身長は170センチ前後、現在ローダ・アンパは自宅で立て籠もり中、同居中の男性一名も一緒と見られる」

「充分です。ありがとう」

「ふう、早く済ませよう。今日はこの他に12件もまわらなきゃいかん、、あんた達警察だけで解決してくれると助かるんだがね」

「、、無茶言わないでくださいよ。あんた達NBと人間の我々とでは、、」「失礼します。ローダ・アンパ連行の準備が完了しました」「よし、早速作戦を開始しろ」

「では、粛清者が抵抗するようでしたらお願いしますよ。ファズ区自治者のNB、フィエル・リプス殿。民間人の保護、及び避難対策は終わりましたので」


ガン、ガン「ローダ・アンパ!出てきなさい。あなたには国からの連行命令が出ています!、、」

バン!けたたましい音と共に扉が吹き飛んだ。出てきなさいと叫んだ警官の身体も吹き飛び、腹からは内臓が飛び出し勢いよく水を入れたホースのように暴れまわり血を吐き出す大腸、顔面は原型を留めず喉から舌が飛び出し、鼻から上の皮と肉が剥がれ頭蓋が露出していた。

「ローダ・アンパが抵抗しました!」


「なにもここまで、、」ローダは震えていた

「何言ってるんだローダ!捕まったら殺されるんだぞ!早く!一緒に逃げよう」

「う、うん、、エール君。私、腰が抜けちゃって動けないわ」

「しょうがないな。おいで、ローダ」エールと呼ばれる若い男はローダを抱きかかえようとローダの手を握った。

「えーと、、すまないね。君達を行かせるわけにはいかないんだ」

「!お前、、自治者か!、、」ドン!ドン!先程の轟音が今度は複数回、自治者と呼ばれる男の近くで起こった。

「効かないよ、そんなもの。なめてもらっちゃ困る」男は微動だにせず、代わりに後ろの壁が吹き飛んだ。

「チッ、、そんなこと知ってるよ」エールは驚きながらも不敵な笑みを見せた。

「まだなにか、、なるほどね」男は自分が囲まれている事に気づいた。10人、20人、、いや30人はいるか?「これで僕を倒せると?」

「いや、、倒せなくとも逃げ切れればいいんだ」瞬間、エールはローダを抱え、消えた。

「、、困ったな。君達、いくら積まれたか知らないが、金は死んだら使えんぞ」

「俺達は金で動いたわけじゃない、、あの二人に、、生きていてほしいんだ!」

「感動させるじゃないか。この粛清者連行という殺伐とした事柄の中で、素敵なロマンスもあったものだ」

「こんな事で、、あの二人が、ローダが殺されなきゃいけないなんて間違ってる!」「ただ成績不振というだけで、、身分が低いというだけでこの仕打ち、、酷すぎる!ローダはなにもしてないんだぞ!」

「すまないね、、話している時間はないんだ」この言葉を発してから1分、いや30秒ほどだろうか?あるいはもっと早かったかもしれない、、自治者と呼ばれた男の前には大きな肉の塚が出来ていた。周りには血の池が出来ている、更に池は塚から供給を受けて、ドンドン大きく広がっていった。

男は自身が作った肉塚の頂点に飛び乗ると「良かった。すぐにでも追いつきそうだ」

肉塚から飛び降りるや否や、一瞬で二人に追いつき、ローダの首を刈り取った。

「命を賭してまで守ろうとした、愛しの人に別れも言わせず。すまないね」

エールはここで漸くローダの死を認識した。

「、、お前は、お前たちはなぜこんな仕打ちをする?自治者は俺達と同じNBではないのか?自治者は俺達ウェルズ国の民を守る為に存在するのではなかったのか?」

「すまないね。今から上司に連絡を入れて、、」

「答えろ!」

「、、NBというのは強さを示す事で存在す事を許される。そこで最後まで強さを示し続けたのが僕達自治者である。僕達は強さの象徴だ。それ以外の意味は持たない。そして民を守るのは警察の役目。僕たちの役目はウェルズ国を守ること、ウェルズ国の強さの象徴であり続けること」

「ローダは、、」

「ローダさんはNBとして弱いから粛清を受けた。僕も好きでこんな事しているわけではないよ」

「弱いから仕方がないか、、持ってる者の理屈だな、、」

「そうだな。持っている者は所詮持っている事を前提にしか考えられないものだよ」

「俺はお前とは違う」「同じさ」


「フィエル!何をしている?」怒号にも似た大きな声が響いた。

「ジョール副長。すまないですね。しかし事は成しました。目標のローダ・アンパ粛清完了です」

「、、フィエル。その首よく見ろ」「は?」フィエルの手に持つ首は、よく見ると男のものだった。

「これは、、!」フィエルの驚いた顔を確認すると、エールはニヤと笑った「ようやく気づいたかよ、とんまな奴だ」

「ローダ・アンパはどこだ!」フィエルは顔を歪ませて叫んだ。

「はは!アンタそんな顔するんだ。どんな時もさっきの仏頂面なのかと思ってたよ」

「ジョール副長!今からでも追いましょう!」「無理だ。これだけ時間が経ち、手がかりもないとなるとどうしようもない。」「うう、、」「粛清者を取り逃したとなると、、それだけの事は覚悟しておけ。こんなことは、前代未聞ゆえ、な」


「エール君、、といったね。大したものじゃないか。自治者をやり込めるとは」

「ふん、、俺を、代わりに殺すか?」

「とんでもない。私達は殺しのライセンスを持ってるわけではない。国からの命に従っているだけだ」

「ひどい国もあったもんだ」

「そう言わずに、俺から君に、贈り物をしたい。ホラ、遠慮無く」

「、、なんだ?熱くて赤い、、玉?」

「おいおい、君が愛してやまない、一番見慣れてる物じゃないか!とは言っても仕方がないかな?私も敬愛するウェルズ国の命に背く逃亡者、ということで、怒りに任せて強か殴ってしまってね。もう君の知っている面影は残っていないかもしれないね」


「おい、フィエル!行くぞ、、」「、、はい」「今回の件、お前がローダ・アンパを粛清した。そう伝えろ!」「ジョール副長、、感謝します!」「二度とあの様な失態は許さん」「はい、、肝に銘じます!」





NBは最初ウェルズという国で、国防や侵略戦争のために人体改造で生み出された。

NBになるともう人間には戻れず、子孫もNB同士でしかなせない、子供も当然NBとして生まれるため、一度NBとなると、その者の一族はNB一族となってしまう、その為昔は身分の低い人間NBになる作業が行われていた。なので伝統や歴史を重んずる所、王族や貴族などはこの卑しい行為について関わることはなかった。しかし度重なる戦争、、国防の需要でNBによる武力が必要性を増していきNBの家系は王国も無視できないほどの重要性を持つ存在になり、彼らは名家とか良家と呼ばれる事になる。

そうして彼らは歴史的には紆余曲折ありながらも、ウェルズのために時には国を守り、時には侵略を行っていった。


【ウェルズのファズ家】

NBは5歳になると自治者になるための訓練を行う。最初は家にいるお抱えの調律師が稽古をつけ、調律師の許可が出ると訓練学校に通う。訓練学校では、専門の調律師から毎日厳しい訓練をつけられる。訓練生選別杯で勝つことが目的であり、しっかりと期限とノルマが与えられている。20歳までに5勝。因みに訓練学校やその生徒、及び訓練生選別杯の事をまとめて【ベール】と呼ぶ。そしてここでのノルマを達成すると、【スィレブ】と呼ばれる高等訓練学校に進学し、そこでもまた選別杯が行われる。そこでまた勝ち残った者が自治者候補となりスィレブを卒業。自治者候補同士が戦い勝てばようやく自治者と呼ばれる者になり、国を守る英雄となる。

ファズ家の長女テイスは今年で15歳。12歳で調律師から許可が出て訓練学校に通っている。これは比較的早い入学であったが、そこからなかなか結果が出ず、伸び悩んでいた。

通学途中、彼女は最近自分と同じくらいの普通の学生をつい目で追ってしまうことが多々あった。

「、、、テイス、、テイス!」声をかけたのはテイスと同い年の同窓、ペイルであった。

「うぇ!、、は、はい!」驚いて反射的に変な声が出てしまった。「、、ペイル、脅かさないで」

「あーんたがボーっとしてるから、、」ペイルは朝から、いつも元気のいい女だ

「ペイル?ボーっとしてる子がいても大声を出してはダメ。ボーっとしているという事はね、意識的には寝ていることと同じなのよ?ペイルも寝起きで大声出されたらいやでしょ?」

「あらー、、まさか道端でそんな意識状態の子がいるなんて、、想像できなかった。申し訳ねぇ、、あはは!でもさー最近テイス、人間の学生さんよく見てるよねー。恋ぃ?それとも、私も人間になりたーいってやつ?どっちにしても感心しないなぁ」

「そんなんじゃないっての、くだらない」

「へへへ」


こんな感じの私たちだが、ベールに着くとそれぞれ別の顔をつけて生活する。私は名家のお嬢として、ペイルは良家の娘として。でもペイルは全然変わらないか。かく言う私も変えてるつもりは全くない、ペイルがいつも「ベールだと全然態度が違くて笑える」と茶化してくることがあって、ちょっと気になりだしてて。。

ところで名家とか良家とか、どちらも同じように聞こえるかもしれないが、この国では割と違いがある。名家と呼ばれる家かどうかは自治者という国の英雄を現在、輩出出来ているかどうかで決まる。つまり良家は過去にはいたが、今現在自治者を輩出できていないということだ。これが続くと家は取り潰しになりかねない。大体目安は10年、経済的な理由から潰れてしまう、会社と同じだ。これは都市伝説だが、25年で国からの取り潰し命令が来るらしい。まあ、どう頑張っても25年が限界ということだろう。問題は国がこのことに関して何の救済措置もとっていないことである。ところで名家というのは非常に少ない、ベールにいる者もほとんどが良家と呼ばれる生徒たちである。何十年と名家の地位を守り続けている家は数えるほどしかいない。その一つがファズ家、私はそこの娘だ。だからこんな選別杯に出たての、いいとこなく一勝もできてない私に、皆敬意を払い一目置く。そういう意味で「普通」のペイルはもう3勝もしてるっていうのにね、、名家だからとか関係ある?逆にみじめな気持ちになってくるよ。まあ私の場合は、少しすこし前まで最凶の兄貴がスィレブとして在学していて、それを知ってる人がまだ多く在学してるってのもあるのかな。それにウェルズ国のNB界の中では良血思想という考えが支配的である。『より強いNBを創るには強いNB同士の血、もしくは強いNBの血を引き継ぐNB同士をかけ合わせる事が定石』この思想が国全体にある程度根付いているために、名家とか良家とか言う制度が成り立っている。

「あの、テイスさん、お話しかけてよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」

「最近ベール戦《訓練生選別杯》に出てきた12歳の少年、ご存知ですか?」

「まあ、、それはとても勇敢で勉強熱心な方なんでしょう。それともとても才能に溢れている方なのか、、いずれにしてもウェルズ王国に貢献できる方が増えるのは素晴らしい事です」

「それがその少年、生まれはあのはぐれNBだとか」

「そんな言葉は口にしては、、」

「ああ、、!すみません。つい、、汚い言葉を、、」なあ、いまいち名も知らぬ少女よ、もうこのお嬢様ごっこはやめにしないか?お前いつもそんな言葉づかいで会話してないだろうよ、私もマンガでくらいでしか使い方知らないんだ。もう許してくれ。。最初は私もこんなことになるとは思っていなかった。名家の娘はこういった話し方と変に誤解され、こういう風に話しかけられるようになって、こっちも人の方言に引っ張られるように話し方が似てきて今ではこの様だ。もう許して。

それよりもはぐれNBとは、一言で言ってしまえば国に認められていないNBのことである、これはウェルズ国の闇の部分なのではぐれNBというのは現在差別用語となっている。先程、ベールでのノルマの話をしたと思う。ベールで期間内にノルマを達成出来なかった者、もしくはスィレブになっても自治者になれる素質無しと評された者などは、基本的に粛清の対象となる。それを恐れて家からはぐれた者同士が子を生してしまい、はぐれNBが生まれる(なんだか野良犬みたいで、、おっと、名家のお嬢様が失礼)

「それで、その方はベール戦で、どうだったのです?」

「はい、それが圧勝でして。それも2週続けての出場で、どちらも圧勝の2連勝です!次週のベール戦の出場届も提出したみたいでして、12歳という若さ、良家でもない者のベール戦連勝、3連続出場、、!どれも聞いたことがありません!前代未聞です!私たちの対戦相手にもなる訳で手放しで興奮しててもいけないんでしょうけど、、」

「そいつの能力、、解った?」この話に割って入ったのはペイルだった。

「ううん、、わかんない。多分誰もわからなかったんじゃない?試合が始まった途端、相手が吹っ飛んで試合終了じゃ、誰もわかんないよ」

「ええ!そんな超能力使うの?誰も勝てないじゃん!私も次週のベール戦出願しようと思ってたけど、やめよっかなぁ」

「その方がいいかも、、ってペイルまたベール戦出ようとしてたの?ちょっと前も出てなかった?10歳の子ほどじゃないけど、ペイルも出場しすぎよ。怪我しちゃうよー?普通は出願期限の3ヶ月ギリギリまで出願は出さないもんなのに、、」

「あんた達が悠長過ぎんの!大体、出願期限に迫られて出場してたら、年に4回しか戦わないって事でしょ?ノルマ的に年1勝はしないと二十までに5勝しないとなんだよ!」

「まあまあ、、年に1勝ずづしていこうよと、、ってかペイル!テイスさんにそんな言い方」

「ああ、失礼いたしました。テイスさん、言葉を知らないもので」

「い、いえ、いいんですよ、あはは、、」私は苦笑するしかなかった。

、、くはっ ペイルの小さな笑い声でこの鼎談は〆られた。


私が苦笑したのは、ペイルのいやらしい態度に対してだけではなかった。ベール戦出願期限の3ヶ月、私は次週、この期限を迎える。ベール戦、、週に一回行われるベールに通う者は必ず通らねばならない試験。内容はまず、個人と団体(5人編成のチーム戦)があり、どちらも一対一、団体はチーム同士が協力して相手チームと戦い、どちらかのチームが全員倒れれば試合終了。私は個人戦だ。出願人数にも依るが、大体10時間ほどかけて試合を消化する。個人、団体それぞれ10時間なので合計20時間程度、文字通り一日かけてベール戦は行われる。それだけ時間をかけるということは、それだけ試合数も多い訳で、先ほどペイルが今週の出願を悩んだ理由は例の少年と当たることを恐れたのではなく、少年の試合を見て能力を把握、実力の底を確かめたかったからだと思う。試合は各地で広く行われるため、自分が試合に出るとなれば場所と時間によっては目当ての試合は見れなくなる、と考えたのではないか。全く意識の高い女だ、頭が下がる。私は万が一が怖くて出場を恐れているわけだが。そもそも彼女は例の少年と当たっても負ける気など全く思っていないのかもしれない。ペイルは13歳で調律師からベールの入学を認められた。つまり私とは1年、入学が遅れた訳だ。それでもベール戦に出場する許可が出たのは私と同じ14歳の時、あっという間に追いつかれてしまった。どちらも初めてのベール戦の結果は惨敗。でもそこからが違かった。私は最初の惨敗が怖くて出願期限ギリギリに仕方なく出場、、3戦して0勝3敗という散々な成績が続いている。ペイルはその後もバンバン試合に出場し、最初の方こそ負け続きで5連敗したものの、何か掴んだのかそこから怒涛の3連勝、、3勝5敗と成績だけ見ればパッとしないが、内容からは優秀であることは明白で、勢いは今のベールで一番なのではないか、と思われるほどだ。何より15歳で3勝もしているのは現状ベールで数人しかいないはずである。


「テイス様、そろそろベール戦の出願期限が迫っています。明日にでも訓練学校の方に出願届を提出したいのですが、、よろしいですね」家に帰るなり、侍女のミモザが来て言った。

「ええ、お願いします」こう言うしかない。

「かしこまりました。テイス様。このミモザ、失礼を承知で言わせていただきますと、、もう少しお早めに、余りにも悠長に構え過ぎているように感じます」もう1ヶ月前くらいから同じ事を言われている気がする。

「ええ、気をつけます」

「お父様も心配なさっています、、私の言葉、お心に留めて下さいまし、テイス様。お食事の準備ができております、大部屋の方にどうぞ。皆様お待ちしていますよ」

大部屋に入ると父と母が三人(ウェルズは一夫多妻制である、なので正確には私の母と女二人だが、一応この女たちも母と呼ぶように言われている)腹違いの兄が二人、ノストとエズドラ。腹違いの弟ザーラ。私が部屋に入ると、皆食事を済ませた後のようで雑談していた。


私の父であるジョール 全NBの目標、自治者でありファズ家の当主。父親が全NBの目標であることは素直に誇らしい。私は父のことをほとんど知らないが、非常に畏れ多い。


ノスト兄さん 非常に物腰の柔らかい、名家の紳士にふさわしい性格。ファズ家のスポークスマンなどをやらせるならノスト兄さんだろう。19歳でスィレブにギリギリ進学。現在22歳だが、私と同じく成績は振るわない。立場はかなり悪いと思う。今年か来年辺りで結果が出ないと戦闘能力無しと判断されて引退かもという瀬戸際。


エズドラ 18歳。非常に乱暴な男。ファズ家の、いや訓練学校の問題児だ。ベール時代には反則2回、調律師のいうことを聞かずに暴走、自滅して負けたのが4回。こんなとこは前代未聞らしい。確かに自滅というのはたまに聞くが、ベール戦での反則は異常事態だ。こんなことまでしておいて、奴が現役でいられるのは、それだけ潜在能力が高いからである。現に16歳の頃までは手が付けられず自滅や反則を繰り返し結果が出なかったが、そこから4連勝でベールを卒業、スィレブに入学してからも3連勝で一気に自治者候補。次の試合で自治者選別杯に出場許可が出た。これに勝てば晴れて皆の目標である自治者になれる。最も格式の高い大会に出れるのだ。ファズ家は皆喜んだ。しかしそこは問題児エズドラ。また新たな問題を起こし、ファズ家の当主を困らせている。


ザーラ 7歳。私の弟。美少年。将来が楽しみだ。


軽く挨拶を済ませ、席に座って料理を待つ、その間父が私に小言を言ってきた。それはミモザから散々聞いた、とも言えず私が恐縮していると

「ジョールそんなに言わなくてもいいでしょう?テイスちゃんはまだ15歳よ、焦らなくても大丈夫、大丈夫」カン高い声で父の話を制したのはエズドラとザーラの母である。

「旦那様、、すみません」と私と同じく恐縮するのが私の母。

いつの間にか父とエズドラとザーラの母が、何故か私のことで言い合いしていると、私の下に料理が運ばれてきた。それを合図に弟のザーラとその母が席を立とうとした、父との言い合いはいつの間にか終わり、せめてそろそろ1勝くらいしなさいと父が私に言うことでこの茶番は終わっていたようだ。

それを合図に母同士が席を立ち始めた。次にノストの母、私はこの女が話していることろを見たことがない。最後に私の母がつられて席を立った、私は母の声も全然聞いてない、、私がベールに入学した時に聞いたおめでとうという小さな声の記憶、、それが最後だな、、声、、私が1勝したらまたおめでとうを言ってくれるのかな、、?私はそれを聞いたら、、うれしいの、、?

思いに耽って食べる食事は味がしない。味のしない食事を取ると、寝つきが悪くなる。焦燥と不快が頭の中で跳ね回る。

夢想する私を現実から引き戻したのは、またしても言い争いだった。しかし今度は夫婦漫才のごとき茶番のような言い合いではなくしっかりと怒鳴り声の入る言い争いであった。

「エズドラ、、いい加減にしろ。ファズ家の伝統をこれ以上汚すな」

「汚す?なんでそういう結論になるのか分からないな。父さん?、、ふふ、、あんたこの話になるとおかしいぜ、なんていうかその、、憑りつかれているようだぞ」人を食った様な笑いで父を挑発する。この男はいったい何を考えているのか。

「お前は、、家の伝統など何ということはない、、クズ切れのようなものだと思っているんだろう?」

「いやぁ、、へへ、、父さん誤解もいいところだ」

「その通りだよ。伝統などクズのようなものだ」

「?」

「こうなっているのはエズドラ、、お前がいるからだ。俺や他の者が、いくらファズ家の伝統を重んじようと、お前一人、、この伝統を馬鹿にするものがいれば成立せん。信仰と同じだ、、ふふ、お前は信仰なども理解はせんか。時間や空間もそうだぞ、今は20時13分、場所はウェルズ国ファズ区のファズ家屋敷。これは皆、区別できないと困るという生活上の不便から講じた嘘のようなものだ。これがなければ明日、お前は朝9時にスィレブに行くという事すらままならなくなる。10時という時間の区別、スィレブという空間の区別が無ければ、、お前は何も出来ない。わかるか?伝統もファズ家という家を区別するのに必要な噓だ。それが分からず駄々をこねるお前は子供だ。子供は親の言うことを聞け」

「驚いた、、父さんあんた年がら年中そんな小難しい事考えて、、いつから哲学者になったんだ?だったら早く俺を自治者にして隠居したいだろうに、あはは、、」笑いながらエズドラは席を立った

「待て!エズドラ!」

「父さん、、あんたの人を煙に巻くような講釈で、俺はもう頭が痛い。特に、このまま平行線で話が進まないという事を確信してな」

「バッグ賞には出場させんぞ!」

「ふふ、それが平行線だど言っているんだ。俺はバッグに出場して自治者になる」

エズドラは終始、馬鹿にしたような笑みを変えなかった。

「エズドラ!戻れ!笑うな!」

「テイス、お前も早く勝ちたいだろう?こうやって小言を言われるのはお前も本意ではないはずだ。俺がアドバイスをやる」

やめろ、話しかけるな。

「試合に勝つには運が必要だ。俺のようにな、、笑っていればチャンスは来るぞ。笑う門には福来るってな、、あははは」

エズドラが部屋を出ると、大部屋は私と父、ノスト兄さんと父の後ろに控える執事、数人の侍女となった。気まずい空間である。ノスト兄さんはいつでも席を立てたはずだが、恐らくこうなることを見越して私のために残ってくれたんじゃないかな。私と父だけじゃどうしたらいいかわからないもの。優しい兄だ。

「くそ!しっかりした後継者さえいれば、あんな粗暴な奴に、、」父の怒りはまだ収まっていなかった。

「ノスト!お前がしっかりしてないからこんなことになってるんだぞ!お前の責でもあるという事を自覚しろ!」この叱責は、私が食事を終えても終わらず、延々と続いた。私も大部屋を出るわけにもいかず、耐えるしかなかった。そんな中、私の胸に巣食う感情は理不尽な父への恨みでも、エズドラへの怒りでもなく、一方的に責められるノスト兄さんへの、これは将来の私の姿なのではという恐怖と、こうなりたくないと思う惨めさであった。私もエズドラや父の醜悪さを非難できないほど醜悪である事を、私自身が証明してしまった。ファズ家で真に気高いのはノスト兄さんであるはずである。それならテイス、兄さんを誇りなさいよ!それができないあんたはやっぱり醜悪だわ!


ベール戦当日、ペイルと試験会場に向かっている。ペイルは結局出場しなかったけど、私の試合を見に来てくれるそうだ。その後に例の少年の試合を一緒に見ようという事になった。どうやら近くの試合会場で出てくるらしい。良く調べるもんだ。

「おはよう、テイス」

「うん、、おはよ」

「オイオイ大丈夫かぁ?いまから戦いに行くんだぞ、死んじゃうぞ」

「、、集中してるだけよ」

「、、うん。そう言えば例の10歳の子、名前がハットっていうんだって。その子の試合の後にあんたの兄貴出るみたいね」

「エズドラは出ないわ。父さんが勝手に出願届出したんでしょう。アイツは了承してないと思うわ」

「あらら、、せっかくの自治者選別杯が。ウェルズ国最大の娯楽なのに、、聞きにくいんだけど、、あんたの兄貴、何考えてるんだ?自治者選別杯をバックレるなんて、反則とかはまあ、、気性の問題ってことでわかるんだけど。自治者選別杯のことはさぁ、、それ通り越して意味わかんないっていうか」

「バッグ賞を勝って自治者になりたいんだってよ」

「わお、五大大会。欲しいのは名誉って事?あの人そんなのどうでもいいって思ってそうなのに」

「さあ、アイツの考えは理解できないことばかりよ。試合の性質上、父さんは名誉どころか恥だと思ってるみたい。それがアイツを引き寄せるのかな。でも名誉云々に関して言えば、私はエズドラの考えの方が理解できる。バッグ賞はウェルズ国で最も野蛮な大会とされてるけど、それでも五大大会の一つっていうのは名誉だと思うんだけど」

「家の反対を押し切って、わざわざ困難な大会に出る、か。これに関しては、ある意味自分の信念があって行動してるってことだよな。それが意外で、、」

「、、、。確かにね。でもアイツは最低のやつよ」

試合場に到着。そこには教室で話しかけられた名もよくわからない少女、ペイルが「彼女はシンシアっていうのよ」って教えてくれた。彼女もペイルと同じく、友達の試合を見に来たようで、少し話した後、深々と会釈をして去っていった。さあ、私も覚悟を決めよう!


NBには、生まれ持って高い身体能力と、レゾナと呼ばれる固有の特殊能力が与えられる。レゾナは大体の場合、体の一部に私たち宿る。ペイルだったら両腕。ノストは右腕。テイスは身体全体を取り囲み守る、輪っかのようなバリアを張り(便宜上、ここではバリアと呼ぶがテイスはこれをセルクルと呼んでいる)、それに触れた者にダメージを与え、自らも守ることが出来る。これは非常に珍しい能力である。「身体全体」に能力が発動する事はウェルズ国の歴史でも初めてと言っていい。これにはファズ家の調律師も非常に驚いたようで、どう教えたらいいのか頭を抱えた。手探りで教える中、段々とわかってきたことがある。この能力は非常に安定しない。テイスが身体中にバリアを張って1分もしない内に身体から離れて飛んで行ってしまうのだ。これは今でも安定せず、常にこれがテイスの敗因となってしまっている。



今に段々分かる。私の勝負がどう転ぶか。一歩一歩、私が歩くたび。立ち止まっても結果は近づいて、、

ときは待ってくれない。嗚呼、届いてしまった。私の足が運命にね。

始まる!何をしてくる?セルクルを張る。、、なんで?相手はとても苦しそうな顔に見えた。渋面を作りながら、左手に力をため、私に迫る相手


渋面、更に顔を渋くし「何か」を投げた。セルクルにあたり「何か」が逸れるもセルクルが決壊。作り直せ!


「何か」が渋面の左手に戻る。ネタは左手にあり!

私のセルクルを貫く威力、如何にするテイス。


、、二破目が来ない。「何か」を出すにはタメが必要?まさしく大砲。ならば接近戦、セルクルで押しつぶせ!

私の覚悟が決まった時、渋面のタメも終わったらしい。

いいよ!あんたは二破目、絶対に逸れない覚悟を撃って来る!なら私は次ぐこそ跳ね返す覚悟を張ろう!


簡単に壊し、攻撃手段の少ない私のセルクル

時間をかけても逸れてしまう渋面の左手

でも、稚拙な戦いにも少なからずの「覚悟」がある。それが大切だ。


その時、私の余りにも稚拙な能力が空に舞った。シャボン玉みたいに儚く舞った。私のセルクル、私の覚悟、私の、、命?

つまらぬ敗戦。世紀の泥仕合。勿論泥をかぶったのは私一人。私はこのまま渋面の大砲を受けるだろう。死んじゃうんじゃない?ベール戦は飽くまで試し合い、とは言え致命傷を受ける事もザラと聞く。成程、こうやって事故は起きる。「いまから戦いに行くんだぞ、死んじゃうぞ」

ペイル、、私、、死ぬ?


しかし私は死なず、代わりに渋面が血を吐いて倒れていた。前回の試合で大けがを負いながら、今回出場してきたらしい。これもまあ、ない話ではない。3ヶ月間のベール戦出願がなく、成績の振るわない者は、場合によっては引退が打診される。まして怪我で出願できないとなれば尚更だ。そしてそうなれば、家によっては粛清の対象になるだろう。ベールの立場で怪我で引退というのは、余程の例外が無い限りは国から粛清命令が下る。文字通り命をかけて戦っていたわけだ。


試合が終わると、ペイルがおめでとう!と出迎えてくれた。でも私は情けなくて、、こんな心持ちのせいか、ペイルの優しい笑顔がとても苦しく作られたもののように見えた。

「、、、」ペイル、、

「なーに黙ってんの!」

「うるさいな、、試合終わって疲れてんの!あんたからしたらショボい試合過ぎて疲れなんてないって思うんでしょうけど、、」ペイル、、ごめん

「ごめんて、怒んなよぉ、テイス」ペイルは私の隣に座った。

「いいから一人にしてくれない?ハットとかいう子の試合を見に来たんでしょ。行かなくていいの?」ごめんなさい

「まだ時間あるから、、大丈夫。それにあんたと見に行くって約束、、」

「鬱陶しい、、」ペイル、本当にごめんなさい、、

「、、、」

「鬱陶しいって!ペイルはさ!朝だって聞かれたくもない兄貴のことばっかり聞いてきて!今日の試合だって勝手に見に来て!ハットとかいう奴の試合なんて私は見たくないのに、誘ってきて!鬱陶しいよ!なんでこんな私に付きまとうんだよ!名家の娘がそんなにうらやましいの!?」ごめんなさい、、ごめんなさいペイル、、最低な私を、いつか許して欲しい。

「テイス、、お前、、」

「、、、」

「自分を責めて、、さっきから謝ってばかりだな」

「え?」

「テイスの事、よく見てるからわかるよ、、今の顔で、、アンタの気持ち」

「、、、」私は言葉が出てこなかった

「大丈夫よ、、アンタは複雑な関係の中で、よくやってると思うわ」ぐしゃぐしゃになっていく中で、ペイルの温かい髪が私の頬を撫でた。朱くて長い髪、匂いまでも温かい。



「テイス、そろそろいこう」

「うん、、こんなんで遅れたら、バカみたいだしね。でもペイル」

「どした?」

「私試合より疲れちゃったわ、、ペイルのせいよ」

「そりゃあんだけ強く腕掴まれたらな。疲れるよ」

「、、デカい胸押し付けられて、酸欠起こしたのよ」

あはっ ペイルの笑い声を合図に私たちはハットという少年が出るという試合場に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ